第18話 急接近


 

 西馬社長は最近茉莉子のことが気がかりになっている。


(今までは子供たちから厳しいダメ出しを食らい中々結婚に漕ぎつけなかった。母から父を奪った憎き女たちということで、彼女たちとは結婚に発展できなかったが、茉莉子は勝手が違う。特に娘の光子が茉莉子を母のように慕っている。女中まがいの女を嫁にするのは世間体が悪いが、ひょっとして茉莉子だったら結婚しても丸く収まるかもしれない)


 こうして茉莉子と西馬は一歩ずつ距離を縮めていくことになる。


「明日、日曜日だろう。光子は友達と朝から出かけるといっていなかったかい?」


「ハイ!もうすぐ大学生ですから?お友達とお勉強するといっておられました」

 

 息子忠司は東京の大学は軒並み受験に失敗していたので京都の立命館大学理工学部電気電子工学科に通いだしていた。社長西馬は東大卒の発明オタクだったこともあり家族からは煙たがられていたが、どうして町内では成績優秀で子供の頃は神童と持て囃されていた。


 それに引き換え忠司は誰に似たのか、東京の国公立は全滅で京都くんだりに落ちることになってしまった。跡継ぎの長男がこのような出来ではと頭を抱えている。


 それというのも今でこそ「関関同立」と呼ばれ偏差値優秀な大学に成り上がったが、1950年代前半はそうでもなかったらしい。昔は大学に入学する絶対数が限られていた。


「全く忠司には困ったものだ。名前さえ書けば入学できる大学にしか合格できないとは……これでは跡継ぎに出来ないではない。まったく困ったやつだ!」


「旦那様あんまりです!そんなことは忠司様には、おっしゃらないで下さいませ。もっとレベルの低い大学はいくらでもあります。お父様に似て妹の光子様が成績優秀なので差が出ているだけです。只でさえコンプレックスを持っていらっしゃるのに……」


「それでもだなあ……家系的に見てあんまりでなあ。まあそのことは置いといて、忠司は日曜日には帰ってくると言っていたかい?」

 

「いえいえ最初のうちは親元を離れ寂しかったのか度々帰って見えましたが、最近はめっきり帰っていらっしゃらなくなりました」



 ★☆

 光子は東京の国公立を十分狙える成績なので今日も友達と猛勉強だ。光子は今日も9時には家を出て行った。


「茉莉子今日は夕飯まで帰ってこれないから」


「お友達としっかりお勉強してきてください」


 それから暫くして社長が起きて来た。


「おはようございます!今日も仕事関係の方とゴルフですか?」

 社長が付き合いでゴルフをする話はよく耳にする。


 その理由は特権階級のたしなみとして必要だからと言ってしまえばそれまでだが、そこには経営者の思惑があった。コースに出るようになるとたくさんの人と関わりを持つことになるので、まずは人脈づくりのため。そして…参加者の知人、友人、仕事関係の人が参加するので、新しい出会いがあり人脈が広がっていくということだ。


 気の合う仲間と一緒にプレーするのだが、時には友人の知り合いと同伴することもある。このように、ゴルフがきっかけで知り合いが増えることはよくある。会員になると、1人で予約した方たち同士が4人ないし3人集まってプレーすることも多々ある。知り合いが増えていけば、自然と仲間も増え、そこから広がる人脈は膨大な数だ。人生を豊かに生きていく上で仲間は大切な存在だ。それを知っているお金持ちの人たちは、好んでゴルフをするのだ。ゴルフをすることで仕事につながるから


 お金持ちでゴルフをされている方は経営者であるケースが多く、ゴルフがきっかけで知り合うと、共通の趣味を持っている仲間意識から仕事の話も気軽にできるのかも知れない。


「嗚呼……今日はゴルフはやめておく」

 茉莉子は社長に朝食の卵焼きと鮭の塩焼き納豆にサラダとみそ汁を出して、慌ただしく掃除に洗濯と動き回っている。


 今日はゴルフに出かけないのであればどうせ愛人宅に、もうじき出て行くだろう。そう思っていたが、今日は腰が重い。


「茉莉子コーヒーを出してくれ」


「ハイただ今お持ちします」

 コーヒーと社長の大好きな大福を出した。すると社長が言った。


「茉莉子、君も座りなさい」


「あっハイ何かお話でも?」


「息子の事だが、忠司が京都の大学に行ってから夜中に誰かに覗かれていることはないのかい?」


「ハイ今のところ……」


 実は今まで社長が茉莉子に手を出さなかったのは子供達が家にいて、女中に手を出せば子供たちの教育に良くないと思い手を出さなかっただけの事。直ぐにでも自分の女にしたかった。ましてや娘の光子も茉莉子を慕っている。


(だが、こんなどこの馬の骨とも分からない女との結婚だけは絶対に避けたい)

 そう思う西馬だった。それでは何故今更茉莉子に近づこうとするのか?


 実は西馬は息子に困り果てていた。成績優秀でないのは当然の事、他に重大な問題を抱えていた。


 だが、それは一方的な意見だ。それは西馬社長の意見であって、忠司は忠司で父親に対して大きなプレッシャーを抱えていた。


「東大に合格出来なくてどうする。お前は日本有数の「西沖電気」の跡継ぎだ。私の家系は代々町長職にあり、まあ私だけは弟に町長職を譲って自分で会社を興したので継がなかったが、代々帝国大学(トップはもちろん、東京大学、京都大学・大阪大学、東北大学、名古屋大学、九州大学、北海道大学)そう東大出身者ばかりだ。何としても東大に入りなさい!」


「だって……僕は成績がそんなに良くないし……」


「バカモン!俺の子供じゃないか、妹光子だって優秀だ。絶対に頑張れば東大に入れる。絶対に東大に入れ!」


 だが、元来勉強嫌いな忠司は、父に怒られ勉強するのだが直ぐに眠ってしまう。そこで友達に相談した。


「オイ!清正オヤジが『勉強しろ』とうるさくて、でも直ぐに眠ってしまう訳さ。何か良い方法はないか?」


「嗚呼……それなら『ヒロポン』が良いらしいよ。薬局で安くて買えるよ」


「そうかい?じゃあ買ってみる」


 ※この「ヒロポン」が、一般の薬局で安価に市販されていたために、学生や勤労青少年など多くの若者たちに「眠くならない薬」「疲れのとれる薬」として広まっていった。その結果、「ヒロポン」の依存症に陥る青少年が激増し、これを原因のひとつとする青少年犯罪が多発したため、政府は1948年に覚せい剤を劇薬として指定した。1950年には、覚せい剤の販売・誇大広告・製造の制限を決定したが、何の効果もなく、ついに1951年覚せい剤取締法を制定した。


 

 だが、これが原因で「ヒロポン」中毒に陥ってしまい取り返しがつかなくなってしまった。 興奮、情動不安、めまい、不眠、多幸症、振戦、頭痛、食欲不振、口渇不快な味覚、下痢、便秘、過敏症 、じん麻疹、性欲の変化等々。


「ヒロポン」を服用した最初は興奮して気合が入ったが、やがて……眠れなくなって怒りやイライラが止まらない。そして益々「ヒロポン」を乱用するようになる。見境なく興奮して、セックスしたくなる。このような悪影響が出始めてきた。


 こうして色んな副作用が原因で成績は地に落ちてしまった。


 ★☆

 西馬社長は考えた。息子では到底跡取りにはできない。だが残念なことに愛人が何人もいるというのに、未だ且つて子供が生まれたためしがなかった。よくよく考えて見ると30歳の時におたふく風邪を併発していた。


 確かに高熱と痛みが強くでて、ぐったりして入院をしていた。 特効薬がなく、安静と解熱鎮痛剤が治療となり、予防接種が唯一の予防手段となり、 約1週間仕事を休み、自宅待機だった。


「成人男性がかかると睾丸炎(精巣炎)を引き起こして不妊になる可能性があります」そうお医者様から言われていた。



 どうも…… 睾丸炎は、 炎症と痛みを伴い、精巣の中の精子を作る細胞が死んでしまうため、30歳の時のおたふく風邪が原因で西馬社長は無精子症になってしまったらしい。


 ★☆

 西馬は病院で検査してもらうのが怖い。不妊で子供が望めないともなれば大変な事だ。なんとしても優秀な子供が欲しい。


 こうして女中茉莉子に手を出した。


「茉莉子俺は茉莉子と喫茶店で会ったあの日から君に惹かれていた。もし……親戚や子供達が賛成してくれたら結婚したってかまわない」


「私は社長と結婚なんて……そんな大それたことは望んでいません。今まで通り社長のお側を離れません」


「茉莉子、子供達もいないことだし……肩を揉んでくれ」


「ハイ!」


 社長の肩を揉み始めた茉莉子。暫くすると社長が肩を揉んでくれている手を、そっと掴んできた。

 だが、その力はだんだん強くなり茉莉子を膝に乗せ熱い抱擁とキスを交わした。



























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔の囁き あのね! @tsukc55384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ