24 潔の戦い

 十二月。イベントホール。トレーディングカードゲームの大型大会が開かれる。

 潔はこだわりのデッキを持ちこみ、いざ対戦に挑もうとした。

 去年は一勝もできなくて、本気で戦うことをやめた。

 それでも好きなことには変わらず、また本気で挑みたかった。

 鳴花のおかげで、火がついた。

(よし、やるぞ!)

『がんばって!』

 シルシルが潔を応援した。肩から生えてきた矢印に、あらかじめ釘を刺しておく。

(相手の手札は絶対に見るな。教えるな。わかってるな?)

『へーいへい。イカサマしたくないんだよね』

(そういうこと。おれは正々堂々と勝つ! 名前にも恥じないくらいにな!)

『【潔】、ねえ。潔癖とか、潔白とか。うんっ、汚しがいがあるねっ』

 悪の道へと落とそうとするのが、シルシルの持つ役割だ。

 コンピューターウイルスの開発者は、行動記録を取りたいらしい。

 シルシルは潔の心が読めるし、個人情報は筒抜けだ。

 ダイバーとなって、あらゆる端末に侵入したことも、知られている。

 いまのところは動きはないが、もし開発者が心変わりすれば、潔に危機が訪れるだろう。

 学校生活ができるのも、長くはないのかもしれない。

 だから、いまは、精一杯の本気をぶつけていくしかない。

 卑怯な手はもう、使わない。

 入院中の弟へ、心の中で呼びかける。

 過ちを二度としないために。

(廉、おれを見ててくれ。おまえのためにも、戦うから)

 願かけだ。勝ち進めれば、びっくりして、目覚めてくれるとも思ったのだ。

 潔は番号札をチェックし、指定のテーブル席に着いた。

 会場は人が多かった。大人もいたが、子どももいた。これほどの人数で対戦しても、成績を残せるのは、ひと握り。誰もが懸命に練習して、上位を目指す猛者ばかり。

「えーっと、オレの席はここかな?」

 同じくらいの年齢の男子が、潔の前へと腰をおろした。

 顔を上げた。男子は大きくのけぞった。

「ゲッ、本堂潔じゃねえか。【ゲーム制作コンクール】の!」

 相手は潔を知っているようだ。これ見よがしに舌打ちし、にらむように目を細めた。

「オレさー、あれ、入賞してんの。実力で。オマエはズルをしたんだってね? 弟のアイデアをパクったとか」

「……」

 他校にまで、ウワサは広がっているらしい。男子はコンクールの参加者だった。しかも、実力で入賞した。

 カードの束と六面ダイスを、テーブルの上に置いた。

 潔のダイスを、指でつまんだ。

「まさかさー、ここでもズルはしないよね? オレの中でオマエはさ、ブラックリストに入ってるから。公正に勝負ができないヤツは、ゲームやる資格はねえんだよ」

「……っ!」

 潔のくちびるが震える。

 言い返せない。正しいからだ。

 正々堂々を意気込んでいたのに、世間はそう見てもらえないのだ。

 一度きりの過ちで。

 カードをシャッフルしようにも、手からこぼれ落ちてしまった。床にも、一枚。

 拾おうとすると、潔の背中へ声が飛ぶ。周りにも聞こえる大きさで。

「おいおい、イカサマのお決まりじゃん。カードのすり替えをしようってかい? 対戦中にそれやられたら、ジャッジ呼んで、失格にするぜ? もう来んな」

『うーっ! こいつ、ムカつくんだけどっ!』

 シルシルが矢じりで体当たりした。すり抜けた。何度も、何度も。

『潔くんのことを知らないくせに、その言い方はひどすぎるよっ! 彼はねえー、ただ弱かっただけなんだからっ! 反省も後悔もいっぱいしたし、つらい目にも遭ったんだよ? 傷だらけでも前を向いて、大切な人たちのために、やれることをやろうとしたのっ! いまだって、不正はしないって、誓いを立てて――』

(シルシル、もういいっ! もういいんだ!)

『でも――!』

(おまえのおかげで、目が覚めた。アピールすれば、いいんだよな?)

『?』

 潔は、長袖をひじの高さにまで、まくる。

 立ち上がる。セーターを揺すったり、触ったりする。

 また座る。

 対戦相手の目を見つめる。

「そのダイス、百回振って、確かめてみてもいいんですよ?」

 出る目が、かたよっていないかを。

 相手は、ぎょっとした顔をした。

 潔は両手をテーブルに広げる。

「ギャラリーでも、集めましょうか? あんたの友だちを呼んでもいい。おれが不正をしないように、どこからでも見張っててくれ」

「ぐ……っ」

 これ以上は、なにも言えない。

 対戦開始をしたあとも、怪しい動きはまったくなかった。それどころか、相手の番には手札を裏向きにテーブルに置き、腕を組んで待つだった。

 潔は一勝を勝ち取った。男子は文句を言おうとしたが、周りの人が認めているため、悔しそうに引き下がった。

 シルシルが感心して言った。

『スカッとしたーっ。キミ、やるねえ?』

「ああ。やれることは、やるんだよ。信頼を取り戻す努力もな」

 このあとも順調に連勝した。運が味方をしてくれた。

 決勝トーナメントへ勝ち上がった。トップ8だ。

「ええっ、マジ? 鳴花に報告しとこっと」

 ここまで来れたのは、鳴花のおかげだ。博光たちとのゲーム作りで忙しいときでも、時間を見つけて、練習相手になってくれた。鳴花は初心者だったけれど、教えたらすぐに上達した。

 好きなことを、好きな人と、共有する時間が楽しかった。

 今日は応募締め切り直前なので、イベントホールに行けなかったが、遠くから応援してくれる。

 鳴花からメッセージが返った。

『部長っ、おめでとうございます! ううぅ、わたしも行きたかったです。部長の真剣なご尊顔を、拝見できるチャンスはめったに――』

『あああっ! 間違えて送信しました! 下心持ってて、すみませえええんっ!』

 緊張が、どこかへ飛んだ。鳴花は相変わらずだった。

『そっちもがんばれ!』

 ほほえみながら、メッセージを返す。

 いざ、決勝トーナメントだ!


   ☆


「…………お兄ちゃん?」

 廉は起きた。目を開けた。呼吸器をはずして、周囲を見る。

 病室だ。白いカーテンで区切られている。

 モニターを、すぐにつけた。

 今日の日付と時事ニュースを見て、十二月だと確認した。

 一ヶ月も眠っていたらしい。十一月のことを思い出して、泣きそうな気持ちになってしまった。

 兄はなぜ、あんなことをしたのだろう。

 答えはもう、かんたんだ。コンプレックスだ。

 兄はいつもほめてくれたが、本当は少し複雑な気持ちを、抱えこんでいたのだろう。

 ゲームを作るということを。

 ――「おまえはすごいな。おれには得意なことがないから」

 そんなことを、言っていた気がする。

 だけど得意とはいえなくても、兄はゲームが好きだった。ビデオゲームも、カードゲームも。病室にカードを持ちこんで、対戦だってやっていた。

 そう、去年の十二月に、兄は大会に出たのだった。

 ここまで本気で打ちこんでいたのが、めずらしいと、廉は思った。うれしかった。

 ところが結果は惨敗で、やる気をすっかりうしなった。

 心に穴があいたように、本気でなにかをやらなくなった。

 得意なことを、探すことさえやめてしまった。悲しかった。

 兄には、自信がほしかった。【ゲーム制作コンクール】で、賞を取ったとき、送ってしまった。

 盗まれたと、知っていても。

 ――『よかったね、お兄ちゃん』

 それからのことは、覚えていない。長く昏睡していたらしく、起きたのが一ヶ月あとだった。

 モニターに映るサムネイルを、リモコン操作で移動させた。地上波ではなく、動画配信サービスだ。十二月だということを知って、大会の動画を探したのだ。配信しているかもしれないと。

 去年も病室で、見守っていた。兄が会場で味わった空気を、廉もモニターで共有していた。

(もしかしたら)

 廉は祈った。ライブ配信をやっていた。

 兄の顔が映りこんだ。

 決勝トーナメントの準々決勝。

(いる!)

 見間違うはずがない。あれほど整った顔立ちだ。手もきれいだ。カードさばきにも、キレがある。ファローシャッフルが、なめらかだ。

(お兄ちゃんが、トップ8に)

 いままでになく真剣で、廉は感動してしまった。

 それ以上にプレイングに、たしかな意志が感じられた。

 ――卑怯なことは、絶対にしない。正々堂々と戦うと。

 廉には、兄が大きく見えた。

 やっと見つけたのかもしれない。

「お兄ちゃん、がんばって」

 こぶしを固く握りしめて、潔の戦いを応援した。




   (終わり)

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