23 愛しいあの方
放課後、鳴花はパソコン部へと訪れた。
たったひとりだ。潔はいない。
不安な気持ちを押し殺して、博光の席の正面に立つ。
「なんの用? 忙しいんだけど」
博光はいっさい顔を上げずに、タブレットのキーを叩いたままだ。
チラシの裏に書かれたことなど、知らないような態度だった。
「あのっ……、【未来のゲームコンテスト】のことで……」
「ああ。うちの部はピンチだよね。誰かさんのせいで」
「……ごめんなさい。私にできることなら、なんでも! ……部長から、聞きました」
「いまの「部長」は、ぼくなんだけど。メイがやることは、もうないよ。ぼくたちだけで、賞を取るから」
「えっ? そのっ、チラシの裏に書かれてたことは……? わたしがパソコン部のために、ゲームの曲を作るって……」
すると、博光は笑い出す。鳴花があまりに想定どおりに、動揺しすぎているからだ。
「あれ、ウソ。君の協力なんていらない」
「!」
「だって、役に立たないでしょ? ワンパターンな曲しか作れないし」
「わたし、やります! やらせてくださいっ!」
博光がどれだけいじわるを言っても、鳴花は決して引き下がらない。
部を存続させたい気持ちは、鳴花も同じだだったからだ。
退部をしたのは、潔をひとりにしたくなかった理由がある。
全校生徒や教員すべてを、敵に回すことになり、生真面目すぎる彼のとなりに、味方が必要だと感じたからだ。
それに、潔に惹かれていた。ルックスも、性格も。
はじめて知ったのは、去年の春。
鳴花より一学年上に、美少年の転校生がやってきたことで、ウワサになった。
気になってこっそり見に来てみたら、本当に彼は美しかった。天使かと思うくらいだった。一目惚れした。……けれど、高嶺の花だった。王子様だ。毎日のように女子に囲まれ、近づけそうになかったのだ。
そんなある日。
思いがけない場所で、彼と会った。
――「メイ。ゲーセンに寄ってみない? あたし、パァーッと遊びたいんだ」
姉に連れられて行ってみたら、夢中になっている彼がいた。対戦格闘ゲームをしている。反対側には、若い男性が座っていて、相手をしているようだった。
彼は負けた。
――「ちっきしょーっ! もう一回!」
ムキになっている男の子。学校での姿とは違っていて、かわいいと思ってしまった。
手の届かない王子様じゃなくて、ふつうの男の子だったのだ。
結局、一度も勝てなかったらしく、半泣きになって場を離れた。
そのとき、鳴花と目があって、「見るんじゃねえ!」と、強がった。
二目惚れで、さらに落ちた。
それからは潔のファンとなり、ひそかに写真集めをした。
パソコン部に入部したらしく、四年生になってからすぐに、鳴花も入部届を出した。
博光も、入部した。幼なじみの関係は、すっかり冷えきっていた。
原因は、わかっていた。悪いのはこちらにあることも。
――「あっ、あの」
――「なんだ、メイも入部したんだ。ゲームを理解してないくせに、よくも入ったもんだねえ。ずうずうしいにも、ほどがあるよ」
謝りたくても、相手にしてくれなかった。緊張すると、うまく声が出なかった。昔から、あがり症なのだ――。
(わたし、ヒロくんと仲直りしたい!)
今回も、緊張した。けれど、なんとか伝えられた。
協力したい、と。
パソコン部のために、ゲームの曲を作りたい、と。
潔の言葉が、勇気づける。
――「やろう、鳴花。もう一度、共同制作を」
――「あんたなら、できるはずだ」
鳴花は深く頭を下げる。博光に。
「わたしに曲を作らせてください。最高のゲームを作らせてくださいっ!」
「…………。最高のゲーム、ね……。君が言うとは、思わなかったよ」
博光はいらだちをつのらせたように、タブレットの画面を鳴花に見せる。作りかけのゲームを説明する。
チャンスを、やっと手に入れた。
鳴花はひとことも聞き逃さずに、ゲームの仕様と画面を覚えようとする。
今回はロールプレイングゲームで、様々な特殊能力を持った妖精が出てくるお話だ。妖精の組みあわせによって、主人公たちの戦い方が変化するというシステムだ。
イラストも、博光が担当した。シンプルな線で、生き生きとしたキャラクターを描くのが得意なのだ。妖精はどれも、かわいらしい。早く使いたくなってしまう。
(作らなきゃ。ゲームの魅力を最大限に引き出せる曲を。……でもわたしに、できるかな……)
やるしかないとわかってはいても、過去の出来事がよみがえる。
博光は叩きこむように、鳴花に課題を吹っかけた。
「言っておくけど、【ノロイバナ】は入れるんだよ。ラスボス戦に使うから」
「う、うん……」
ラスボス戦なら、クラシカルな曲も、問題はないのかもしれない。
けれど、あの曲は、ゲームのために使われる構成になっていない。
そもそも盗まれてしまっているため、手元には、曲がない。
(部長は、破壊するかもって。【ノロイバナ】を。でも、あのとき……)
思い起こす。
潔はいつも情熱的で、鳴花を光に導いてくれる。
――「旋律は頭に入ってるか? あんたなら、できるはずだ」
曲の再現を、アドバイスした。
本当に、そうだろうか。
(わたしになら、できるはず……。………………あっ!)
完全な再現をする必要はないのでは?
アレンジだ。主旋律の流れはそのままに、曲の雰囲気を変えること。
ゲームの世界観やシーンにあわせて、編曲をすれば、クリアできる!
鳴花は明るい顔をして、博光の手を握る。振り回す。
「わたし、できます! 【ノロイバナ】でもあわせられます! あの方が教えてくれたんです! わたしの愛しいあの方が!」
「……潔さん、か。……あーあ、いじわるしたのになあ」
答えを見つけてしまった鳴花に、博光は長く息を吐いた。
右手は握られたままだった。振りほどく気にもなれなかった。
「ぼくの負けだ。潔さんに伝えておいてよ。盗作をバラしたの、ぼくだってこと。あの人は態度によく出るから、悪事にはほんとに向いてないよねえ」
肩をすくめて、せせら笑う。
博光は、気づいていた。顧問に知らせたのも、博光だった。
鳴花をかばってしまったために、潔が気に食わなかったようだ。
それ以前に、ゲームへのアドバイスが的確すぎて、腹が立っていたのもあった。
鳴花は両目を広げたあと、ふふっと笑い声を立てた。
「悪事には向いていないよね。わたしも同感!」
「そうそう、不器用すぎるんだよ。あの顔なら、もっとうまくやれるのに」
「そこが、あの方のよいところです。ヒロくんも、推しましょうよ」
「男を推す趣味なんてないから! あんなヤツ、ぼくは嫌いだっ!」
そうは言いつつ、博光の顔に赤みがさしているのを、見逃さなかった。
後日、鳴花は博光の机に、潔の写真をこっそり入れた。
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