22 決着

 至近距離は、危険すぎた。

 シルシルの矢じりがたどり着く前に、デルデルの頭が潔を突く。胸を刺す。

「がっ……」

 データ化されているとはいえ、体のダメージは大きかった。

 デルデルが胸から抜かれていった。

 光の粒子が、ふきだした。

『潔くん!』

 シルシルは杖のかたちへと変わり、データの修復を試みる。

「そうは、させん」

 デルデルがシルシルの杖を弾く。集中できない。

 そのとき潔の腕が伸びて、デルデルの首を手で握る。

 瀕死の状態で動こうとするとは、大滝にとっては想定外だ。

 デルデルがつかまれているあいだに、シルシルは潔の体をなおす。

 胸の穴はふさがれたが、体力の消耗は大きかった。

「……ってぇー。死ぬかと思った」

 デルデルは手の中に握られたままだ。大滝の武器は使えなくなった。

「観念しろ。大滝先生」

「ふふっ、それはどうかなあ?」

 クラウドの中央に建っていたデジタル時計盤が、正午をさした。

 宝箱から音符があふれ出てきた。

 しゃぼん玉が、集まった。

「まずいっ、シルシル! すべて、すべてっ! 叩きつぶせ!」

 大滝がいま、この場所にいるなら、手動での公開作業はできない。

 公開は、時刻指定での自動起動。

 正午になった瞬間に、【ノロイバナ】が配信公開とされるのだ。

 宝箱から出てきた音符の中に、【ノロイバナ】が入っているはずだ。

 曲を見分ける余裕はない。

 ユーザーの目にふれる前に、音符としゃぼん玉をすべて割る。

 大滝は青い顔をして、潔へと、どなりつけた。

「自分がなにしてるか、わかってるのか! 君は配信サービスを、丸ごとつぶそうとするつもりか!」

「……あんたのせいだよ。大滝先生。人の曲を盗むから」

 潔は手のひらに力をこめて、デルデルの首を強く絞めた。

 黒い矢印が胴体ごと、光となって飛び散った。

 大滝は血相を変えてなげく。

「私のデルデル・シックスがあーっ! まさか、ダイブアウトできない……?」

 コンピューターウイルスを破壊され、現実世界へ戻れる切符をうしなった。

「嫌だ! 私は戻りたい! 生徒たちが待ってるんだ! 君の退部だって取り消す! お願いだっ、助けてくれえーっ!」

 泣きそうな顔で、しがみつく。

 見捨てることもできただろうが、潔にはそれができなかった。

 大滝も弱い人間だから。去年は吹奏楽部の顧問で、結果を出すことができなかった。パソコン部顧問に異動してからは、部員たちには相手にされず、日陰で座るばかりだった。

 パソコンを扱う能力は、決して低いわけではなかった。作曲ソフトは扱えたが、ビデオゲームをやったことがないため、頼りにされなかっただけだ。

「鳴花の曲を、なぜ盗んだ? そんなことをしなくても、あんたなら作れるはずだろう?」

 承認欲求を、インターネットで満たしたい気持ちはあっただろう。

 大滝は、アカウントを作り、音楽配信をはじめたのだ。

 そこまでは、想像できた。

 答えは悲しいものだった。

「あの子が【花鳥】だからだよ。私の曲はヒットせず、【花鳥】ばかりが人気だからだ! なぜ? なぜ! だったら彼女が作った曲を、私が配信してやろうと。民衆の耳がたしかであれば、私が評価されるからね」

「………………」

 痛いくらいに、気持ちがわかる。

 潔も、廉が作ったゲームで評価をされていたからだ。

 盗んでしまった。傷つけた。

 大滝は鳴花がどれほどに、悲しむか想像できてない。

 潔はシルシルを呼びつけた。

「先生のアカウントの特定を」

『はいよーっと』

 きれいさっぱり片づけられた背景をしり目に、引き戻った。

 頭の先端を大滝に小突き、個人情報を読み取った。

『【ナイアガラ】ですってさ』

「そうか、あんたが【ナイアガラ】……」

 潔は名前を知っている。鳴花と似たような作風を持ったAIシンガーの音楽家だ。

 最近は話題になっているらしく、潔も知ったばかりだった。

 しかし人気の急上昇も、他人の曲での配信である可能性は高かった。

 大滝の腕をつかんだ。

「あんたのパソコンの曲データを、すべて消去させてもらうぞ」

「ああ……。やっぱりそうなるのか……。私はこれからどうすればいいんだ……」

「そこは自分で考えろよ。あんたが傷つけた人たちのことを」

 潔は、大滝が自分で気づいて、鳴花に謝ってほしかった。

 罪を考えてほしかった。

 その上で大滝がどうするかは、潔の知るところではない。

「シルシル、先生を帰せるか?」

『ダイバーと手をつないでいたら、現実世界に戻れるよー。たぶん、だけどっ』

「! 私は帰れるのか! お願いだ!」

 サイバー警察の目をかいくぐり、大滝のパソコンの島へ着く。

 すべての曲データを消去したあと、潔たちはダイブアウトした。

 大滝の体は無事に、現実世界へ舞い戻れた。

 ひとり暮らしの部屋だった。パソコンのとなりに、キーボードやサックスなどが置いてあった。使いこまれた楽器たちを見ると、音楽を愛していたことがわかる。

「……っ」

 潔は、胸を押さえた。刺された傷は深かった。肉体データは修復されても、完全ではないようだ。

 あぶら汗がにじみ出る。

「すっ、すまん! 教師の私がこんなことを……」

「……なんだ、わかっているじゃねえか。おれのほうからは、言うことないぜ。痛み分けだ。……すまかった」

 部員たちに疎外された大滝をフォローできなかったこと。

 潔のせいで、顧問としてのプライドが地に落ちたこと。

 潔は大滝に頭を下げて、再びダイブインをした。

 取り残された大滝は、【ナイアガラ】として謝罪文をネットへと残し、後日、警察に自首をした。

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