21 トラップ・トリガー

 教室へ戻ると、ランドセルを背負って、潔はすぐに早退した。このまま教室にいたところで、悪評はすでに広がっている。授業にも身が入らないだろう。

 家に帰る。潔の部屋だ。母はパートで働いているため、とがめられることはなかった。

 スマホを机の上に置いた。

「ダイブイン!」

 潔の体がデータ化した。スマートフォンへ、入りこんだ。衣装が変わる。

 矢印の仮面と、燕尾服をまとった姿。

 シルシルを腕の中から呼んだ。

「おれのスマホに音楽アプリが入っている。そこのネットワークから、配信サービスへ侵入する」

『りょーかいっ。アカウントも、しぼっておこうか。鳴花ちゃんの作風に近いAIシンガーがいいよねえー?』

「ああ、頼む」

『調べる順番も必要かな。人気順?』

「どうだろうな。人気があったら、盗作なんかしねえだろ」

『そうだねえー……』

 大滝のアカウントを特定するのは、思ったよりも難しそうだ。

 ひとつひとつを調べているうちに、公開されてしまうかもしれない。

 シルシルは、くにゃんとハテナの文字へと、ひねり曲がる。

 潔もあごへと手を添えて、打開策を考える。

 公開はいつになるのだろうか。

(……いちおうは思いついたけど……失敗のダメージが大きいな)

『どんな作戦? 言ってみてよ』

 潔はシルシルへ考えを伝える。

 その作戦は危うかったが、確実に見つけられる方法だ。

 コンピュータープログラムとしての特性を持ったシルシルであれば、作戦の実現は可能だろう。

『へえー。よく考えたものだねえ。さすがパソコン部元部長っ』

「……だけどこれ、長期戦だ。シルシル行けるか?」

『まっかせてーっ!』

 潔の背中へと移動して、飛行形態に変形する。

 行き先は、音楽配信サービスだ。この島の音符のアイコンから、虹色の橋が伸びている。

 橋にそって、飛んでいく。

 雲が見えた。音楽配信のクラウドだ。音符の入ったしゃぼん玉が、全方面に浮いている。利用者が多いという証拠だ。

 はだかの音符も飛んでいる。潔のほうへ向かってきたので、当たらないように、ひょいと避けた。余計なアクセスはしたくなかった。

(まずは、音符の出どころを探す。トリガーを仕掛けるぞ)

『トラップってことだよねっ』

 シルシルは、楽しそうだ。

 音符が飛んできた方向をたどると、宝箱のような箱を見つけた。

 箱の開いたすき間から、音符が続々と流れ出した。

 ここにも、しゃぼん玉が多かった。新しい曲を待ち構えていて、すぐに聴きたいユーザーたちだ。

(新着情報は、たぶんこれだ。ユーザーの目は邪魔だよな。悪いけど――)

 潔はシルシルをムチのように振るい、周りのしゃぼん玉を割った。

 割られてしまったユーザーは、音楽アプリがしばらく使えなくなるはずだ。

『いいねえー。そういうワルっぷり。開発者がきっとよろこぶよ。序の口だけどっ』

(ふんっ。おれはてめえらのために、働いてるんじゃないっての)

 軽口を叩いたシルシルに、潔はすまし顔で返す。

 仮面の奥のブラウンの瞳に、芯の通った決意があった。

(さあ、釣るぞ)

 宝箱の口に、シルシルを投げる。矢印の錨は、新しい音符を探索する。

 潔はそのあいだ、外を見張る。

 待機する。何時間も。

 この作戦は「待ち」なのだ。

 大滝が、曲を公開するまでの……。

 公開の操作をした瞬間、シルシルが音符を捕まえる。その音楽データから、大滝のアカウントを特定する。

 公開がいわゆる引き金であり、トラップをシルシルは仕掛けたのだ。

 潔はというと、近づくしゃぼん玉を割るだけだ。シルシルがいなくても、素手で割れる。

(早くかかれ! てめえの曲じゃねえんだよ!)

 トラップには、動きはない。

 公開の操作がされていない。

 待たされると、あせりはじめる。

 オリジナルデータに手を加えるような、編集をやっているのだろうか。

 その場合は、オリジナル曲と見分けることができるだろうか。

(シルシルを信じるしかねえな……)

 しゃぼん玉を、またつぶす。

 時間との戦いだ。

 ユーザーのひとりが通報すれば、サイバー警察の出番となる。

 来ないことを祈るしかない。

「そこの君! なにしてる!」

 見つかった。潔はとっさに宝箱のかげに隠れる。

 二足歩行のシェパード犬が、橋の奥から歩いてきた。

 シルシルのほうは、動きがない。

(やべえな……っ。こんなときに!)

 水鉄砲のような拳銃を、シェパード犬は構えている。撃たれたら潔の体ごと消去されてしまうだろう。

 ウイルスも、ダイバーも、彼らにとっては悪なのだ。

「隠れてないで、出てきなさい」

「…………っ」

 絶対絶命の大ピンチだ。シルシルをいますぐに引き戻して、隙をついて逃げるしかない。

 だけど、この場を離れれば、公開操作の探知ができない。【ノロイバナ】は大滝の曲として、音楽配信されてしまう。

 博光の要求を果たせなくなる。鳴花の願いが叶えられない。

(こうなったら……!)

 イチかバチか、賭けに出る。

 潔は立ちあがって、手を上げる。

「おれの負けだ。命だけはカンベンしてくださいよ」

「……。ふんっ」

 時間稼ぎ。サイバー警察も人間だ。降参したばかりの相手を、撃つようなまねはしないだろう。

 ところがシェパード犬は目ざとく、潔の足へと注目する。白い帯が、宝箱の口へと伸びている。

「ウイルスのほうも、しまいたまえ」

「!」

「できないというのかい? だったら君の命はないよ」

 拳銃を胸へと突きつけられた。

 潔は奥歯を噛みながら、シェパード犬をにらみつけた。

 この前のサイバー警察と、なにかが違うと、そのとき気づいた。

 胸だった。桜紋のバッジがなかったのだ。

 警察の身分という証が。

「あんた、大滝先生だろ」

 潔は腕をつかみ取った。拳銃は怖くなかった。ニセモノだとわかったからだ。

「シルシル! こいつにアクセスしろ! アカウントだ!」

「させるかあっ! デルデル、行け!」

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