20 鳴花の過ち
早く登校したせいか、時間にまだ余裕があった。
家庭科室のドアの奥には気配はなく、落ち着いて会話ができそうだ。
潔は鳴花の話を聞いた。博光との関係と、ふたりの過去。
話しなれていないのか、しどろもどろに答えていった。
「ヒロくんとは、家が近所で幼いころから遊んでました……。親同士も仲がよくて、家に行ったり、来たりしました……。お姉ちゃんのパソコンを見せて、作った曲を、聴かせていたんです。そのときは、すごく褒めてくれて、ヒロくんのために、曲を作ったりしてました。たとえば、お誕生日とか……」
「!」
情報が一致する。潔がダイブインしたときに、博光のパソコンにあったデータ……【ヒロくんの七歳の誕生日】。
やはり、昔は仲がよかった。鳴花はそのころから作曲ができて、【花鳥】になる前のひとかけらを、見せてもらったような気がした。
潔はもっと知りたくなった。
「鳴花ってやっぱりすげえんだな。作曲はいつからはじめたんだ?」
「えっ……と。……年長のころだと、思います。ピアノをやっていましたけど、あがり症だから弾けなくて……。お姉ちゃんがパソコンを貸してくれて、作曲をすすめてくれました。あのときは旋律とか考えてなくて、めちゃくちゃですけど、楽しかったなあ」
懐かしむように、鳴花は口元をゆるませた。
潔の鼓動は高鳴った。
好きな人をさらに知って、ますます好きになってしまった。
鳴花はピアノをやめたのに、音楽から離れなかった。立ち直った。
「……そっか、ピアノを弾いてたのか……」
「ええ。才能はなかったです。音楽は大好きでしたけど」
――鳴花にも、才能がない。
いまではカリスマ音楽家だ。
挫折した影は表には見えず、光ばかりが注目される。
ねたみが積もる。潔もだ。ほかの四年生もそうだろう。だから、悪口を言われ続けた。
間違いだと、気づかずに。
「……あっ、話がそれましたね。ヒロくんのことですけど、おもしろいなにかを作ってました。ゲームのような、なにかです。プログラミングって最初のうちは、動くだけでも楽しいんですよね」
「ああ。おれたちもそうだったな」
潔も、廉も、プログラミングは、動かすことからスタートした。たとえば、猫のようなキャラクターが、右へと進むだけでよかった。できたことに、感動した。
そのうち少しずつ上達し、ゲームと呼べるものになった。
博光も、同じ経験をしているだろう。
鳴花は言った。
「わたしは曲を、ヒロくんはゲームを、それぞれ見せあっていたんです。七歳くらい、だったかな……? ヒロくんから、「ゲームを作ろう」って、誘われたことがあったんです。わたしは曲を頼まれていて、夢中になって作りました。ヒロくんにも負けないくらいのすごい曲にしたいって……。でもそれが、よくなかった……」
前髪が目元を暗くさせた。ふたりのあいだに決定的な亀裂を入れたのが、そのときだ。
予感がする。紙の裏に、書かれた要求。
博光はもっと素直になって、コミュニケーションを取るべきだ。
ふたりとも、作家性が強いから。プライドだって、あっただろう。
「ヒロくんに、作った曲を聴かせてみたら、「わかってない」って怒られました。このときのわたしはわがままで、自分のために作っていたんだと思います。ヒロくんのゲームを理解してなくて、「すごいでしょ?」って思われたくて、作曲していたんです……。そのせいでゲームは制作が止まって、完成に行き着きませんでした……」
――やっと、道すじが見えてきた。
鳴花は自分の欠点を「浅はか」とも、言っていた。
博光にアピールするために、鳴花は曲を作っていた。クラシカルに。派手に。豪華に。
そんな曲は、博光のゲームにあわなかった。もっとポップでかわいい世界が、博光の作風だったのだ。
ふたりの合作は、かなわなった。決別した。
そのあと鳴花は【花鳥】として、音楽配信をはじめたのだ。
やりたい曲を、自由にやった。着実にファンを増やしていき、いまではカリスマ音楽家だ。
(そういうことか。一度、決別した相手が、ビッグになったのが気に入らないと……)
鳴花を否定するために、博光は嫌がらせをはじめた。
まず最初にやったのが、【花鳥】の正体をバラすこと。
よく思っていない人たちが、博光の味方に加わった。
鳴花は孤立していった……。
「いじめられるのも、とうぜんですよね……。わたしが調子に乗っていたのは、まぎれもない事実ですから……。だから、これでいいんです。罰だと思って受け入れますから、部長は気にしないでください」
目を細めて、にこっと笑う。
力のない笑顔だった。
強がっていたわけではなかった。
傷つくことを、受け入れていただけだ。
潔と同じようにして。
「よくねえよ。ただの嫉妬じゃん」
潔は才能に嫉妬していたから、博光たちの気持ちがわかった。
ただし、いじめは正しくなかった。
鳴花の前で、はっきりと言える。
「鳴花がすごいのは事実だろ。態度に出てなきゃ、調子に乗ってみたっていい。そういう気持ちは誰だってある。罰だと思うのは、間違ってる。堂々としてれば、いいんだよ」
「でも……っ、わたしは、ヒロくんと仲直りをしたい!」
鳴花の本音の願いを聞けた。笑顔の仮面は外れていた。
博光にひどいことをして、ひどいことをされたとしても、鳴花は想い続けていた。
(後悔していたんだな……。博光を傷つけ、怒らせたこと)
潔はチラシへ目を落とした。――【未来のゲームコンテスト】。
裏には、要求が書かれている。潔がやらなければならないこと。
鳴花を説得させること。
曲を、部へと捧げるように。【ノロイバナ】も、含めてだ。
(博光はなぜ、こんな要求をさせたんだ?)
仲直りのチャンスともいえる。鳴花を試しているのだろうか。
ただ、【ノロイバナ】については、完成してしまっている。あれは鳴花の作風が強く、博光のゲームにあわないはずだ。
(やっぱり嫌味を言うことが、あいつの目的になってるのか……?)
『どうだろうねー。半分半分くらいじゃない?』
シルシルがにゅるっと肩から生えて、潔の耳元でささやいた。
ちょうどいいタイミングで、相談相手になってくれた。
『博光くんとパソコン部をどうするかは、鳴花ちゃん次第だよ。ボクたちがただやることは、どろぼう先生に新曲を公開させないこと』
(そのとおりだ)
仲直りの条件が、この紙に書かれたことだとしたら、盗まれた新曲の公開ひとつで、達成できなくなってしまう。
それだけは、避けたかった。
潔は鳴花の肩をつかんだ。反対の手で、紙を見せた。
「やろう、鳴花。もう一度、共同制作を。博光たちはピンチなんだ。あんたの助けが必要だ。みんなの手で、未来のゲームを作ってくれ」
その「みんな」に、潔自身は入っていない。
託すだけだ。加われない。
代わりに、やるべきことがある。
コンピューターウイルスに、身も心も汚染されたダイバーにしか、できないことだ。
鳴花は察した。
「部長はそのっ、曲が盗まれたことを知って……!」
「旋律は頭に入ってるか? あんたなら、できるはずだ」
「でも、そのまま再現しても……。あの曲はヒロくんにはあわない……」
「おれは、犯人をなんとかする。最悪の場合、曲のデータをぶっ壊す」
「! はい……」
潔にとっても、鳴花にとっても、つらい選択になるだろう。
あれは、潔をイメージした特別な曲なのだ。ジャケット画像にも起用した。
ふたりの思い出を壊す覚悟を、強いられなければならなかった。
潔は笑った。美しく。
「また、作ればいいじゃねえか。おれはもっと成長できる。弱さを乗り越えられるくらいに」
「はいっ! わたしもまだまだ行けます! 部長の大ファンなのですから!」
『ボクだってファンになってるよー。おもしろいデータがいっぱい取れそうっ!』
シルシルも加わり、笑いあった。
やることは、もう決まった。
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