19 一学年の差の友だち

 家庭科室に、そっと入った。ほかに、人はいなかった。

 潔と鳴花のふたりきり。ただし、潔に取り憑いているコンピューターウイルスはいる。

 シルシルはつまらなそうに言った。

『友だち、ねえー。いっそ恋人宣言でも、しちゃったほうがよかったのに』

(できるかよっ!)

 潔は恥ずかしさに、そっぽを向いた。鳴花が好きなのはたしかではあるけど、強引なことはしたくなかった。

(それに、おれにはつりあわねえよ。弱いし、けがれちまっている)

『鳴花ちゃんなら、そんなキミでも、受け入れるとは思うけどねっ』

(……そうだろうな。鳴花なら。だからこそ、おれではダメなんだ。自分自身が許せねえ)

『はあー。キミってめんどくさいねえー。ボクはそこが気に入ってるけどっ』

 家庭科室は静かだった。沈黙だ。

 となりには鳴花がいるというのに、潔はシルシルと会話ばかりだ。

 心の声も、シルシルの声も、鳴花には聞こえていなかった。

 反対に、鳴花の視線を、潔は気づいていなかった。

 顔をそむけてくれたおかげで、鳴花は潔を見放題だ。耳のうしろにほくろを見つけ、人知れずに、テンションを上げた。

 潔が鳴花のほうを向いた。

「あの、さ……」

「はいいいいっ! なにも、やましいことをっ」

「?」

「はわわっ、なんでもないです! ご用件を!」

 いつものあわただしい反応を見て、潔はこそばゆくなってしまった。

 好きな人に見つめられて、うれしいけれど、変な気分だ。

(そんなに、この顔がいいのかな)

『イケメンに生まれてよかったねえー』

(嫌味かよ)

 潔はやかましいシルシルを、体の中へと押しこめた。

 気を取り直して、咳払いする。

 まずは、鳴花に礼を言った。

「さっきはその、ありがとな」

「いえ。こちらこそ、ありがとうございますっ。わたしのこと、「友だち」って思ってくださって。もったいないお言葉です……」

 鳴花はほほえみを見せるけれど、ほおに涙がこぼれ落ちた。

 いきなりのことで、潔はあわてた。

「あれ? わたし、泣いている? 友だちがいなかったせいなのかな……? あのっ、部長、ごめんなさい。あまり心配しないでくださいっ……」

「心配に決まっているだろうが! あんたはおれの友だちだ!」

 鳴花を胸へと引き寄せる。とたんに、小さく泣きじゃくった。背中が震えた。

 一学年の差が、もどかしかった。

 見えないところで、さぞかし苦しんでいたのだろう。

(おれが側にいられたら。クラスメイトになっていたら)

 盾になれたかもしれない。鳴花への攻撃を防ぐ盾。

 悪意は、潔へ集中する。それが、潔の守り方だ。

『一学年の差があるって、さいわいだったと思うけどなあー……』

 背中に生えたシルシルは、潔の考えを読みとった。危うかった。さすがに不安になってしまった。

 鳴花もまた、潔が攻撃されることを、いっさい望んでいないはずだ。

『もうちょっとキミは、自分を大切にしてほしいよ。ボクが言えたことじゃないけど……』

 もぐるように、引っこんだ。潔をそのように誘ったことに、引け目があったのかもしれない。

 潔は鳴花の頭をなでる。この胸が役に立つのなら、思いきり泣いてほしかった。

 我慢して強がってほしくなかった。せめて、自分の前だけでは。

 ポケットへと、折りたたんだコンテストのチラシを、思い起こす。

 裏に書いてあったことは、鳴花の曲を差し出すことだ。

 博光たちはこれほどに、鳴花を従わせたいのか。

「許せねえ。博光のヤツ。本当なら、幼なじみのあんたが守るべきだろうがっ」

「それはっ……、わたしが悪いんです……。ヒロくんを怒らせてしまったから……」

「どういうことだ?」

 鳴花は顔を上げていった。まぶたが赤くはれていた。潔は親指で目の下をさわり、涙をすくい上げていった。

「はっ……あ…………っ」

 息が止まる。

 鳴花の目の前にいる男子は、元モデルで、ルックス抜群の超絶イケメンな先輩だ。

 ヒロインの涙をぬぐうといった、恋愛イベントを経験した。

「わ、わたしっ、部長のスチルを回収した気がします……っ」

「おっ、おう……。いつもの鳴花に戻ったな」

「それであのっ、ヒロくんのこと……。部長に話したほうがいいのかな……」

 ためらいがちに、顔を伏せた。

 潔は大きくうなずいて、鳴花の目をまっすぐ見た。

「教えてくれ。パソコン部を救うためにも。おれのせいで、廃部になりかけてるみたいなんだ」

 なんだかんだであの部には、愛着があった潔だった。

 部員の作ったゲームを見たり、プレイするのが楽しかった。

 部活の空気は、よいほうだとは思わなかったが、ゲーム作りへの情熱は、たしかなものだと感じていた。

 廃部には、させたくない。存続させていくためには、【未来のゲームコンテスト】で、結果を出さなければいけないらしい。

 潔はポケットから紙を出した。表を見せて、裏を見せた。

 鳴花は瞳を震わせた。

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