18 曲を盗んだ犯人は

「忘れものを取りにきた。そういえばおれの荷物って、ロッカーに置いていたっけな?」

 席のあいだを通り抜けて、潔はロッカーへと向かう。

 シルシルが、背中から伸びた。矢じりの頭で博光を突いた。すり抜けた。

 ふつうの人には、シルシルは見えず、さわることすらできなかった。

『やっぱり彼は、ダイバーじゃないよ』

(ならば全員、調べるまでだ!)

 シルシルは縦横無尽に伸びた。残りの部員の四人へ突き刺し、すり抜けることを確認した。

 顧問の大滝が、ドアへ向かった。

「私は用事を思い出した! 各自、部活に励むように!」

 廊下へと、飛び出した。逃げるようにダッシュした。

 潔は身をひるがえした。

(逃がすかよ! 追え、シルシル!)

『ボクにまかせてっ!』

 部室の外へと、胴体を伸ばす。矢じりが大滝を追いかける。まるでホーミング弾のように。

「デルデル・シックス! 私を守れ!」

『……承知』

 潔が廊下へおどり出た瞬間、黒い矢印が目に映った。

 大滝の手から、射出していた。シルシルの矢じりを弾き返した。

 ――犯人は、確定した。

「あんただったか。大滝先生」

「ぐっ、君がダイバーになるとは……っ。私の邪魔をしないでくれ!」

 大滝は、黒い矢印を従える。【デルデル・シックス】というらしい。

『あー、デルデルシリーズかあ。なつかしいなあー』

「知ってるのか?」

 シルシルは黒い矢印に、見覚えがあるらしかった。

 ウイルスのかたちは、よく似ている。

『ボクよりも、一世代前のウイルスだよ。開発者が同じなんだっ』

(つまり、シルシルの先輩だな)

 同じような性能を、持っているとみなしていいだろう。

 潔は槍を手におさめ、大滝へと身構えた。

「盗んだデータを返しやがれ」

「君だって盗んでいるくせに! どの口が「返せ」と言っている!」

 あのときの犯人と同じ言葉――。

 鳴花に化けてはいたけれど、中身は大滝で間違いなかった。

「私は、もっとビッグになるんだ! 君ならわかってくれるはずだ! 手にしたときの栄光を! ――ダイブイン!」

「なっ……」

 この廊下には、電子機器が見当たらない。

 ダイブインができないかと思いきや、大滝は黒い矢印と共に、天井へと吸いこまれた。

 見上げると、小さなレンズがあった。防犯カメラだ。ネットワークの奥は、警備会社につながっていることだろう。

(これって自滅してないか……?)

『デルデルだったら、映像の書き換えはできるはずだよ。しかも閉じられた回線だったら、サイバー警察はいないしねっ』

「むしろ、安全ということか。しかも防犯システムから、ほかのカメラにも移動できる?」

『そういうこと。逃げられちゃった』

 捕まえることができなかった。あと一歩のところだった。

 鳴花の新曲【ノロイバナ】は、いまだに大滝の手の中だ。

 逃げる前に、潔に言っていた。

 ――「君ならわかってくれるはずだ! 手にしたときの栄光を!」

 同類だと、決めつけられた。

 潔はこぶしを握りしめた。違う、と。

(……わからねえよ。あったのは罪悪感だけだ)

 弟の廉を、傷つけた。後悔した。反省した。

 二度と、あんなことしたくなかった。しないと、心に強く誓った。

 だけど、大滝はどうだろうか。

 被害者の気持ちを、考えてはいないだろうか。

 悲しんでいる鳴花のことを……。

(少し前のおれみたいだ。想像できたら、盗むことなんてしなかった)

 時間は元には戻らない。進むだけ。

 だから、潔は前へ行く。大滝を止めなくてはならない。

 あの新曲は、鳴花のものだ。潔にとっても、大切な曲だ。

 左手の紙を、握りしめる。博光にも、渡せない。

『どうするの? 先に配信されちゃうよ?』

「だったら大滝のアカウントを、特定するしかねえだろうが」

 鳴花が【花鳥】として活動するなら、大滝にも別の名前がある。

 活動ジャンルも近いだろう。鳴花の曲を使うのならば、AIシンガーの配信者である可能性が高かった。

「疑いのあるヤツ全員を、しらみつぶしにやるしかねえ」

 潔の「やる」は、ダイブインだ。スマートフォンは五年二組の教室にあるため、取りに戻る必要があった。防犯カメラを通るよりも、配信サービスへは近い。

 潔は階段を降りていった。登校する生徒たちがいた。

 男子も女子も潔を見て、遠巻きに話し声を立てた。

「あいつだろ? 盗作で賞を取ったヤツ」

「しかも弟の作品だってよ。ダセェよな」

「イケメンでも中身は最低よね。あたし無理」

「本堂潔って、ルックス以外のスペックが低くて有名でしょ? 性格も終わっているなんてねー」

 みんなが潔を非難する。

 顧問やパソコン部だけでなく、生徒たちにも広まっている。

(こうなるよな……。おれが愚かだったから……)

『だからって、人格攻撃をしていいことにはならないけどねっ』

 シルシルがまともなことを言った。コンピューターウイルスという悪なのに、救われたような思いだった。

 それでも廊下を歩いているあいだ、ヒソヒソ話はやまなかった。

 さらには足を引っかけられ、潔は廊下に倒れこんだ。

 笑い声が、通りすぎた。

 悪者が受ける罰だった。

 そんなときに。

「やめてください! これは、弱い者いじめです! みっともないのはどちらですか!」

 張りのある声が、上から降った。

 潔はそっと目線を上げた。

 鳴花がいた。転んだ潔へ、手を伸ばした。

 もしもこの手をつかんだら、鳴花まで標的にされてしまう。

 ただでさえ、四年生からも疎まれている彼女なのだ。

 潔のぶんの悪意まで、鳴花に背負わせたくなかった。

「自分で立てる。手をどけろ」

 すると、鳴花がつかんできた。――自分から。

 潔を起こした。握られた手が、あたたかった。

「いいえ。わたしが味方になります。部長も言ったじゃありませんか。「おれがあんたの味方になる」って。わたし、うれしかったんです」

 鳴花は潔にほほえみを見せた。下級生なのに、女子なのに、周りに臆することなかった。

 強かった。

(敵わねえな……。鳴花には)

 だからこそ好きになったのだ。この強さに、あこがれた。尊敬できる人だった。

 追いつきたいと、潔は思った。

(おれはまだまだ情けねえ。「弱い者」って言われてんだ。好きな子に)

「ひゃあああっ! 部長っ、ごめんなさいいいいいい! わたしったら、勝手にお手を! 部長の尊いすべすべお手をおおおおっ!」

 鳴花は赤くなり、パッと放す。両手の平をほおずりする。変態だと気づき、またなげく。

 さっきまでかっこよかった鳴花が、推しを前にし、ひとりコントだ。

「なにあの子。下級生?」

「本堂潔の彼女とか?」

「あの子ってたしか、四年生のあいだでウワサになってる……」

(やべっ。注目されている! 早くここを離れないと)

 やはり鳴花を巻きこんだ。鳴花が選んだ道とはいえ、悪く言われる筋合いはない。

 潔は生徒たちをにらむ。鳴花を背中へと隠す。

「こいつとは、友だちだ! 友だちの悪口を言ってみろ! 許さねえぞ!」

「ひっ」

 生徒たちは縮みあがった。潔はすぐに鳴花を連れた。

 ふたりは走った。

 人目のつかない場所を探した。

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