17 けじめをつけろ
潔は眠い目をこすりながら、早朝の七時に登校した。
体がいつものリズムだった。学校に着いてから気づいた。
(やべっ。退部してたんだ)
朝練に参加するつもりで来たが、それができなくなってしまった。
盗作で賞を取っていたことが、どういう流れか知られてしまい、退部を言い渡されたのだ。
(これで、よかったのかもな……)
部室から離れる寂しさはあるが、プレッシャーから解放された。
ゲームが好きで入部していたが、ゲーム作りに向いていないかもしれなかった。
(ホームルームまで時間あるな。せっかくだから、謝っておくか)
けじめはつけるべきだと思った。顧問や部員に、よい印象を抱いてはないが、迷惑をかけたのは事実だった。
廊下を歩くと、音楽室からオーケストラが聞こえてきた。
吹奏楽部が吹いたのだろう。心地よい音が響き渡る。
(そういえは今年は音楽会で、金賞をもらっていたんだっけ。学校だよりに書いてあったな)
胸が痛んだ。学校だよりには吹奏楽部のほかに、パソコン部のことも書いてあった。
ゲーム制作コンクールで、潔が最優秀賞を獲得したことだ。
顧問の大滝は、さぞかし鼻が高かっただろう。
ところが、あれは不正だった。大滝があれほど怒るのも、無理もない話だった。
(おれのせいだ。行こう、部室へ)
潔はドアを引き開けた。
「失礼します」
部室に入ると、中にいた全員に注目された。
博光がいた。大滝もいた。鳴花は自主退部のため、この部屋にはいなかった。
大滝がどなりつけてきた。
「き、君は! 部外者はここから出ていきたまえ!」
「ひょっとして、謝りにきたの? 潔さん?」
博光が大滝を押しのけた。「部長」とは呼ばなかった。
潔は身をひきしめた。博光の本当の顔を、見極めなければならなかった。
鳴花といっしょに写っていた幼い写真を思い出した。
メッセージに残った悪口も。
頭を下げる。
「申し訳ございませんでした。深く反省しております」
「謝れば許されると思ってる? あなたのせいで、部の信用はガタ落ちですよ!」
「まったくだ! 私がこんな部を受け持つなんて……。去年の吹奏楽部だって、レベルの低いヤツらばかりで……、ああっ、なんて運がない!」
博光は責めて、大滝はなげく。
潔が謝罪をしたことで、火に油を注いだようだ。
シルシルが肩からにゅるっと生えた。
『とんでもない人たちばかりだねえー。謝ることなんてなかったのに』
(それでも、やらなきゃいけないんだよ。一番に謝りたい人には、まだ謝れていねえしな)
弟の廉だ。病院でずっと眠っている。
潔は起きるのを待っている。回復を、信じている。
廉の耳に届くようになるまで、謝ることはできなかった。
博光は潔へ詰め寄った。
「潔さんには責任を、ちゃんと取ってもらわないとね。うちの部の存続に関わりますし」
「!」
パソコン部はピンチなようだ。潔に続いて、鳴花も退部をしたのだから。
博光は、重いため息を吐いた。
「あーあ、メイもやめちゃったし。君の顔が目当てだから、そうなるのもわかってたけど。それにしても、勝手すぎない? 君も、メイも。どれだけ迷惑かけてるかなあ?」
「…………」
人懐っこかった博光が、いまは潔に怒っている。
これが本気の怒りなのか、演技なのかは、わからない。
(「メイ」……)
鳴花のことだろう。ふたりは、おそらく幼なじみだ。
シルシルも同じことを思ったのか、ゴマ粒の目を薄めている。
博光はなぜ、このような態度になったのか。
紙を、潔へ突きつけた。これを見ろ、という合図だ。
「……【未来のゲームコンテスト】? 大賞を取れば、大手企業からゲーム機デビューできるだとぉ!」
クリエイターになりたい小学生には、夢をかなえるチャンスだろう。
潔はこれには驚いた。去年はなかった情報だ。今年から開催されたのか。
博光は紙を机に置いた。メガネのフレームに指をかける。
「うちの部を立て直すには、もうこれしかないんだよね。ぼくたちは賞を取りたいんだ。そのために君がやるべきことを、紙の裏に書いておいたよ」
トントン、と指でさししめす。潔が紙を取ろうとすると、手首をつかまれ、引っぱられた。
博光の、ささやき声が耳元へ。
「けじめをつけられないほどに、「部長」はクズじゃないですよねえ?」
背筋が凍る。潔は大きく目を開けた。
良心が天秤にかけられた。
潔が断れないことを、博光にはわかっていた。
紙を、潔の手に持たせた。
博光は薄目で笑っていた。
「頼んだよ。ぼくたちのために」
背中を押されて、部室を出る。
いったいなにを頼まれたのか、潔は紙の裏を見た。
「……っ、これって!」
『博光くんは、犯人じゃないねえー』
シルシルが横からのぞき見た。
紙に書かれていたことは、以下のような内容だ。
――桐野鳴花を説得し、パソコン部へ曲を提供させよ。新曲【ノロイバナ】も含む。
(どういうことだ? 新曲のデータは盗まれたはずだ)
潔は文章を読み返した。
博光が与えた要求は、鳴花に作曲させることだ。【未来のゲームコンテスト】用に。
もしかしたら【ノロイバナ】も、ゲームに使うつもりなのだろう。テーマ曲とか。企業のゲームでは歌つきの曲もよく見られる。
ところが謎のダイバーに、鳴花の新曲が盗まれた。ダイバーは鳴花の姿だった。疑いが一番高いのは、博光だと思っていた。
「シルシル! もう一度、部室に戻るぞ!」
『りょーかいっ。忘れものを取りにとか?』
「そんなもんだ!」
戻る口実を打ちあわせ、勢いよくドアを開けた。
潔へと視線が集中した。
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