第3話 浮気の定義ってどこからだろうね?
俺、渡里 悠哉は考える。
傍観者とは、ある意味では加害者よりも罪が重い存在であると。
傍観者とはすなわち、悪意を持って害をなす存在を、どうすることもなく黙認しているということなのだ。
つまり、加害者にとっては傍観者も加害者同然である。
そして、加害者による強行を止めることができたにもかかわらず止めなかったのであればそれは、その強行に加担していることに他ならない。
傍観者とは、悪の根源である。
Q.E.D
それはそれとして、では人の噂になるとどうだろうか。人が広める噂というのは、その中に悪意がない場合も少なくはない。
そしてそういった噂の類は、誰から始まったものなのかを判断することはほぼ不可能に近い。その場合、加害者と傍観者の区別がつきにくく、誰を裁けばいいのかもわからなくなってしまう。
今回のその被害者が俺である。
「はよっすー」
俺がいつも通りの時間に教室に入ると、俺の座席はもうすでに取り囲まれていた。教室の一番後ろ、そして窓際という最高のロケーションに位置するこの席は、数少ない俺の癒しスポットである。そんな癒しの場が侵されつつあることに不満を覚え、テロリストたちに抗議の声を上げる。
「朝から人の席で何してんだよ」
「被告人、前へ」
人の顔を見るなりまじめ腐った声でそんなことを言ってのけたのは、バスケ部員で高身長イケメンの
きりっとした目元。緩めの七三分け。高く通った鼻筋に服の上からでもわかる筋肉。こんなハイスペックでありながら、高校で彼女ができたことがなくなぜかモテない。本人は本気で悩んでいるらしいが、どうせ気が付けば彼女ができていそうなので、俺はその悩みに耳を貸したことはない。
「被告人には逮捕状が出されている」
そういって響希のノリに乗ってきたのが軽音楽部の
本人はこれでも垢抜けたつもりらしいが、女子に話しかけるたびにキョドってしまっており、これ以上の成長が見込めない。
ちなみに軽音楽部に入った理由は『なんとなくモテそうだから』である。当然モテない。本人は本気で悩んでいるらしいが、協力したところでモテる未来が見えないので、俺はその悩みに耳を貸したことはない。
仕方がないので俺もこのノリに乗ってやることにした。
「黙秘権を行使します」
「んなもんあるわけないだろ考えろ」
「これは裁判じゃねぇんだぜ?」
二人から同時に罵倒され少ししゅんとしてしまう。
じゃあなんであんなノリを始めたんだよ。乗ってやった俺のやさしさを返せよ。
「それで?結局罪状はなんなんだよ」
「お前には小山先輩とかかわりを持っているという嫌疑がかけられている。」
やっぱり裁判じゃねーか。
「おいおい、冗談はほどほどにしろよ。あの小山先輩だぜ?悠哉がなかよくなれるわけねぇじゃねぇか」
なぜこんなにも俺に対する評価が低いのか。甚だ疑問である。あとその口ぶりを聞く限り今の今まで透也は俺の嫌疑とやらが何か知らなかったみたいなのによく響希のノリについていけたな?
「まぁ、関わりって言っても……一緒に昼ごはん食べてるだけだけどな」
「いやあるのかよ!!ていうかなんだその関係!」
「でも誰にも知られない場所で食べてたはずなんだが、いったい誰から聞いたんだ?」
「なんだよ誰にも知られない場所って!羨ましすぎるだろ!」
背景で騒いでいる透也は放置して響希は話を進める。
「いや実は俺も噂で聞いただけだし、男子側の実名が出てたわけじゃないから確信はなかったんだけどな。あまりにも特徴が当てはまってたもんだから鎌をかけてみたってわけだ」
「それにしてもいったい誰からそんな噂が.......」
俺はそう言いながら、ある一つの可能性に思い当たった。
しかしそれはあまり考えられないような可能性だったので信じたくはなかった。
そんな俺の様子に気がついたのか、響希が首を傾げながら俺に訊ねる。
「どうした?何か心当たりでもあったか?」
「いや、それが......」
俺が言いかけたところで朝礼の開始を告げるチャイムがなった。
いつの間にかクラスメイトが勢揃いしている。
話に夢中になりすぎていて周りに目がいっていなかった。
そんな中であの話をしていたのだと思うと、誰に聞かれていたとしても不思議ではない。
響希と透也が自席に座るのを見届け、俺は朝礼の話を始めた担任に目を向ける。
どこか冷たくお堅い印象を与える目元。お団子で纏められた髪に、シワの一つも見当たらないピシッとしたスーツの佇まい。
よく生徒に誤解されがちなのだが、こう見えて吉岡先生は乙女な思考の持ち主だったりする。
最近はよく同年代くらいの男性と一緒に歩いてるところが目撃されており、婚活中なのではないかと密かに考察されていた。
そんな吉岡先生の目元にうっすらと隈があるのが分かった。
先生にしては珍しいことだったので、俺は隣の席で数学の問題集を解いている美鈴に声をかける。
こいつ朝から何してんだほんとに。勉強のしすぎも脳に深刻なダメージを与えるのかもしれないなと思った。
「なぁ、なんか、吉岡先生やつれてないか?」
美鈴はシャーペンを動かす手を止めこちらを見る。
「二日酔いらしいよ」
「二日酔い?先生に限ってまたそんな」
「私もそこには驚いたけど、理由を聞けば納得だったね」
ヤケ酒する理由なんてほとんど失恋ぐらいしかないんじゃ、、なんて思ったものの、そういう決めつけはよくないと思い直し話を聞いてみることにした。
「理由と言いますと?」
「私もあんまり詳しくは聞いてないけど、マッチングアプリで知り合った人にドタキャンされたんだって。可哀想だよねー」
それはまたお気の毒に......。
ていうかあんまり人の失恋話きいてケラケラ笑うんじゃないよ。人の心とかないんか。
「そこ!静かにしなさい!」
俺たちの会話が耳に入ったのか、先生は般若のような顔でこちらを指さす。
目を合わせたらそのまま地獄に連れていかれそうな気がしたので俺は慌てて俯いた。
「おいお前のせいで俺まで巻き込まれたじゃねーか!」
「知らないよゆーやが聞いてきたんじゃん!」
俺は反省を活かしボリュームを抑えて抗議する。
そうこうしているうちに朝礼が終わり、先生はドスドスと大きな足音を立てながら教室を出ていった。
これは数日引きずりそうだなー、なんて考えていると、ニヤニヤとした気持ちの悪い笑みを浮かべた響希とその背後にぴったり引っ付いた透也がこちらに近づいてくる。
ドラ○エかお前は。
「それで、悠哉さんよ。先程の弁明の続きを聞こうじゃないか」
「弁明とかそういうんじゃねーから」
俺たちが話していると、内容に興味を持ったのか美鈴が首を突っ込んでくる。
「なになになんの話?」
こいつが絡んでくるのはマズイ......!俺は瞬時にそう悟ったが、響希はそんなことお構いなしに話し始める。
「水野さんはもう聞いたか分からないけど、なんか悠哉が先輩と2人で仲良く昼ごはんを食べてるなんていう噂が広がっててさー。その真偽を確かめてたんだよ」
「あぁ!それ私も聞いた!で、どうなの?」
くそぅ、また1人敵が増えてしまった。
「それは本当なんだが、いったいどこから広まったのかがわからないんだよ」
「けどなんかさっき心当たりありそうじゃなかったか?」
「あぁ、それが昨日昼ごはん食べてたら......」
俺が昨日の昼休みに起きた出来事を説明し始めようとした時、突然教室の扉が勢いよく開かれた。
「渡里先輩の教室ってここですかー?」
俺はその妙に甘ったるい、心臓を三本の指で撫でるかのような声を知っていた。
嫌な予感を抱きながらも声のした方に目をやると、そこにはやはりツインテールの女子生徒が立っていた。
そして俺と目が合うと、こちらを指さして「いたー!」と叫び、ツインテールを風に靡かせながらこちらに走ってくる。
俺は内心頭を抱えていたのだが、ここからの打開策が思いつかず
「ええと、君はたしか、、」
という時間稼ぎしかできなかった。
「昨日地学室でみかけた
蒲谷はそういって自己紹介をすると、俺の目の前にピースサインをしてくる。
主張が激しいななんだそれは。
俺がどう対応しようか考えていると、隣で話を聞いていた美鈴が立ち上がった。
「えーと、それで蒲谷さん.......は、ゆーやとどんな関係なの?」
「えー、私ですかぁ?なんて言うかー、運命の相手?っていうかぁ、一目惚れ的な?」
蒲谷は首を傾げ、ダボッと着たセーターの裾から少し出た手の人差し指だけをたて自身の頬に指を当てる。
いちいち仕草があざといなこいつ。わざとやってんのか?
「はぁ?一目惚れ?」
「先輩こそどんな関係なんですか?もしかして彼女とか?」
蒲谷は鼻で笑いながらそう問いかける。
なんでこんな喧嘩腰なんだよ。
「い......幼馴染だけど」
ここで補足説明なのだが、実は学校では俺たちがいとこなのは秘密にしてある。
特に何か理由があったわけではないのだが、美鈴がどうしても隠しておきたいというので俺は了承した。
たしかに俺といとこと思われるのは美鈴のイメージのマイナスに繋がるのかもしれない。
説明終わり!
「幼馴染ですかー。彼女じゃないなら私が渡里先輩と仲良くしても問題ないですよね?」
「だめ!大あり!」
どこにあんだよ問題は。
「でもー、"ただの"幼馴染なんですよね?そんなこと決める権利あります?」
えぇ女子の初対面ってこんな感じなの?怖くない?
しかしこうして近くで見ると全体的にふわふわした印象というか、身長も低いし細身だし、双丘は控えめではあるが、顔も小さくて二重の丸目。小さくキュッと閉じられた口。あざとくなかったらモテてたんだろうなーと思うような容姿をしている。
「ちょっとゆーやもなんとか言ってよ......!」
そんな邪な考えをしていると美鈴から救援要請が来たので俺も参戦する。
「えーと、蒲谷さん......だっけ。仲良くしてくれるのはありがたいけど、まず俺の名前はどこで知ったの?昨日は顔みただけだったよね......?」
俺の疑問に蒲谷は不思議そうに目を瞬かせると
「ふつーに友達に聞きましたよ?」
なんて言ってのけた。
まだ入学して全然経ってないよね?もうそんなに交友関係広いの?
友達、ゲットだぜ!じゃないよおこがましいよ。
ていうか俺のプライバシーはどうなってんだよ筒抜けすぎるだろ。
「あー、そっか。まぁなんでもいいんだけど......とりあえずもうすぐ一限始まるし教室に戻ったらどう......?」
俺がそう促し、その場を収めようとした時。閉められていたか定かではない教室の扉が再度勢いよく開かれた。
それと同時に教室がざわめきだす。
「渡里くん大変だよ......!」
皆さんお待ちかねの小山先輩である。
えぇ本物じゃん!え、渡里になんの用?なんか怪しくない?
そんな声が教室に蔓延する。
先輩はそんな声を気にもとめず、俺の席に一直線に向かってくる。
「先輩って小山先輩のことなの!?信じらんない!」
なぜかブチギレる美鈴。
「あ!昨日渡里先輩とイチャついてた先輩だ!許しませんからね!」
蒲谷の爆弾発言により一層ざわつく教室。なぜかブチギレる美鈴。
「イチャついてなんかないから......!」
昨日のことを思い出したのか赤面しながらも否定する先輩。なぜかブチギレる美鈴。
俺たちの教室は混沌に包まれていた。
その後、一限目の担当教師が来て事態は収束したが、俺には女たらしの三股男という世界一不名誉な称号が与えられた。
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