第7話 2つ名って付けられる方も嫌だよね

 俺、渡里 悠哉は考える。

 絶対的な権力者とは、その一方で大きすぎる危機感を抱えているのだと。

 絶対王政、独裁者、将軍、教祖、傾国の美女。

 たった一人で大量の勢力を意のままに扱える人間というのは、いつの時代にも存在し、そして危険視されてきた。

 それは現代でも同じであり、規模は小さくなったものの、集団において、必ずその役割を持つ人間は存在している。

 つまり、小規模であれなんであれ、クーデターを起こそうと思えば起こせるということだ。

 尤も、現代にそのような危険な思想を持った人間がいるとはあまり考えられないものではあるが、起こそうと思えば起こせる。というのが問題である。

 とはいえ、絶対的な権力者が反旗を翻し、自身の利益だけを追い求めた場合、ではその権力者に追随していた者たちはどのような反応をするのだろうか?

 以前と変わらず盲信する人もいるかもしれないが、その権力者に手を貸すことをやめる人も出てくるだろう。

 すなわち内部分裂である。

 つまり、絶対的な権力者とは常に誰かに狙われる可能性があるということだ。

 Q.E.D.


 俺は今、究極の選択を迫られている。

 とはいっても、そこまで緊迫している状況ではないのだが、ここでの立ち回りを失敗すると文化祭の責任を全て押し付けられるなんていう大惨事になりかねないのだ。

 そこで、自分の仕事を少なくして楽をする方向にするか、絶対的な権力者である生徒会長に屈して与えられた仕事だけを淡々とこなしていくのか。

 俺は今、この2つの選択に板挟みにされている。


 「いいか?私たち文化祭実行委員には、青葉祭を完璧に近いクオリティで終わらせることが義務付けられている。それが私たち実行委員の責務であり、代表としてこの場にいることの責任だ。この前の委員会では文化祭の概要を説明しただけに終わったが、今回から本格的に文化祭へ向けた活動を始めていく」

 文化祭実行委員会。

 文化祭実行委員が一堂に会し、文化祭へ向けた作戦会議を行う場で、堂々と実行委員の前に立ち冷たく鋭い声で指揮をしているのは本学校の生徒会長の湖崎 美咲こざき みさきである。

 腰まで伸ばした綺麗な黒髪。もう高校3年生だというのに1年生の中でも小柄な身長。固く閉ざされた唇。つり目気味な目元。

 そうした容姿も相まって、生徒からは畏敬の念も込めて『氷上の女神』なんていう2つ名で呼ばれていたりする。


 彼女は俺たちが1年生の頃から生徒会長を務めている。

 そうした実績からか、それとも元々そういう性格なのか、自信に満ち満ちた目をしている。

 「なんか、ちっさくない?」

 そんなこととは露知らず。

 いつも通り美鈴は俺の隣でとんちんかんな感想を抱いていた。

 「あの人生徒会長だぞ」

 「嘘でしょほんとに!?」

 俺が教えてやると美鈴は驚いたようにこちらの肩を叩いてくる。

 なんで叩いたの?


 「なんで知らねーんだよ去年からそうだったじゃん」

 「会長とか興味なかったししかたないよ」

 俺たちが雑談していると、委員会は構わず進行しているらしく、会長の隣に立っていた女子生徒が進行役を務めていた。

 「今日の議題は、2日目の文化部発表のステージなのですが、設営から運営まで全て実行委員で行います。具体的には音響、照明、アナウンス、小道具や背景の移動など、各ステージごとに必要なものを我々で担当します。あとは保護者や地域住民の案内なども行います。各クラス2人ずつに加え生徒会メンバー数名。もちろん全員稼働となっていますので、仕事の分担を決めていきます」


 そういいながら黒板に要所をまとめて行く彼女は副会長でもある岸見 唯奈きしみ ゆいなだ。

 会長の湖崎とはまるで正反対の容姿をしていて、俺の肩あたりの身長、主張の激しすぎる胸元。ぱっちりとした目元。肩あたりで切り揃えられた栗色の髪の毛。

 その容姿の纏う柔らかさと、以上なまでの包容力があることから、生徒からは敬愛の念を込めて『日下の聖母』などと呼ばれている。

 聖母は柔らかく砂糖のように甘い声で続ける。


 「アナウンスや音響は生徒会の方で担当しますので、実行委員のみなさんは照明や案内などをお願いします。ここの内訳は例年通り1年生小道具、2年生案内、3年生照明でどうでしょうか?」

 聖母の呼び掛けに女神は教室を見渡し、反対意見が無いことを確かめると、座っていた椅子から立ち上がりながら続けた。

 「特に反論はないようだな。では詳しい動き方の説明をしていくが──」

 会長が説明を進めていく中、俺の隣では誰よりもやる気のない美鈴がボヤいていた。

 「なんか実行委員って思ってたより退屈だね」


 人の事巻き込んでおいてそれはねーだろ。

 「お前は実行委員にどんな幻想を抱いてたんだよ」

 「もっとこう......青春的な」

 否、陳腐である。

 「アニメの見すぎだろ」

 「誰が言ってんの誰が」

 俺は別にアニメは見てねーよ漫画だよ。

 と低いプライドのためにも一応弁解しておく。

 いやまぁ見てるアニメもあるけどね?実行委員とかそんなに関係ないやつだからね?

 そんなこんなで美鈴の愚痴をずっと聞きながらも実行委員の当日の動きを大方把握し委員会は解散となった。


 荷物をまとめて教室から出ていこうとすると、扉の前に椅子を置いて座っていた会長に突然声をかけられた。

 「お前、名前をなんという?」

 「え、俺ですか?渡里 悠哉ですけど......」

 突然のことでその質問の意図がよく分からなかったが、雑談をしすぎて目をつけられたのかな、なんて思った。

 「渡里.......。わかった。帰っていいぞ」

 何か聞こうかとも思ったが、俺の名前を聞いた会長が真剣に悩んでいたので俺はなにも言わずに教室を出ることにした。


 それから少しして美鈴と2人並んで廊下を歩いていると、後ろから誰かの走る足音が近づいてきた。

 気になって振り返ると、そこには肩を揺らしながら両手を膝に着いている聖母の姿があった。

 「ごめんね?なにか思うところがあるみたいで」

 先ほどのことの説明にきたのだろう。

 俺は目で美鈴に合図して先に帰ってもらうことにした。

 「いえ、全然気にしてませんので。ああいうのはよくあることなんですか?」

 俺は疑問になったのできいてみる。


 「それが、今回が初めてで......。昔から気難しいところはあるんだけど、どうにも私にはよく分からないの」

 会長について本人の次に詳しいであろう人に聞いてみても分からないとなると、俺にはその意図は到底分かりそうにないな。

 嫌な印象を持たれてなければいいんだけど。

 俺がそんなことを考えていると、聖母は突然口を開いた。

 「悠哉くん......だよね」

 「?......えぇ、はい」


 さっき会長に言ったのを聞いていたのだろうか?それにしてももう覚えてくれているなんて嬉しいかぎりだが、また学級裁判でも開かれるようなことは遠慮しておきたい。

 「悠哉くんはさ......!」

 聖母さんがそう言いかけた時、遠くから誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。

 「おーい!渡里!」

 聖母はその声に肩を震わせると「じゃあ、またね」と小さく手を振って教室の方へと戻っていった。


 「あれ、副会長だよな?なんか面識でもあったのか?」

 「特になにもないけど。それで、どうしたんだ?」

 先ほど俺を呼んだのはこいつだろう。

 峠越 絢翔たおこし あやと。同じ文化祭実行委員の一員である。

 それ以外の接点は何もなく、なんなら今日が初対面で委員会の前に時間があったので少し話したくらいだ。

 聞いたところによるとサッカー部のエースらしく、その爽やかな容姿も相まって学年を問わず女子人気が非常に高い。


 短めに整えられた髪とくっきりとした目。いたずらっぽく笑う口元。

 言わば俺の天敵のようなやつだ。

 イケメンばかりがモテている世界というのはやはり許されてはいけないのだ。

 「仲良いっていうかまぁ.......」

 俺が目を逸らしながらそう答えると、峠越はニヤニヤとした笑みを浮かべながら聞いてくる。


 「なんだよ濁すような関係なのか?まぁいいけどさ。俺、水野と仲良くなりたいんだけどきっかけがなくて、協力してほしくてさ」

 どこか恥ずかしそうに笑う峠越を前に、俺は美鈴の青春を感じ取り妬ましい気持ちになった。

 なんであいつがモテるんだよおかしいだろ。

 「別にいいけど、俺にできることなんてほとんどないと思うぞ」

 俺がそういうと、峠越は両手を顔の前で合わせながら頼み込んでくる。


 「ちょっとのことでいいんだよ、さりげなく2人にするとか!」

 「そんなことでいいならまぁ」

 特に何がする必要もなさそうだし、ここは峠越の頼みを聞くことにした。

 「おーまじか!ありがとう感謝するぜ!」

 峠越はそういうと俺の肩にぽんと手をおきどこかへ走り去っていった。

 俺はその姿を見届け帰ろうと下駄箱の方へ足を向けると、ズボンのポケットに入れていた携帯が振動を伝える。

 取り出して画面を見てみると、透也からメッセージが入っていた。


 『今すぐ部室に来てくれ』

 正直気乗りしなかったが、ここで無視して帰るのも薄情だと思い少しだけ寄ってやることにした。



 「透也?どうしたんだ?」

 扉を開けながら聞くと、目の前に涙を浮かべた透也が立っており今すぐにでも帰りたい気持ちになった。

 「お前、歌とか歌えないか?」

 そういって俺に泣きついてくる透也。

 歌ひとつでそんな深刻になれるものなのかこいつは。

 「なんでだよ無理だよ」

 俺はもちろん即答した。

 「まじで頼む!一生のお願いだ!!どうしても文化祭のステージに立ちたいんだ!」


 「そもそもなんで俺なんだよ。部員誘えよ」

 軽音楽部であれば歌を歌える人も少なくはないだろうが、いったいどうして俺に頼んでくるのか。

 その疑問に答えたのは透也と同じ軽音楽部である海老名 向葵えびな ひまりだった。

 どうやら入部当初から透也と仲がいいらしく、実は付き合っているのではないかなどと噂されている。海老名は本気で否定しているが、透也は満更でもなさそうだったりする。


 首まで垂れたポニーテール。薄ら寒い笑みを浮かべる口元。低めの温度の目。何かとこちらを見下していそうな見た目をしているのだが、内面は面倒見がよく優しいやつだったりする。

 「察してやってくれよ渡里。こいつ友達いないんだよ」

 やれやれといった感じで肩を竦めながら弁明する海老名。

 「そうなんだよ今海老名しかメンバーいねぇんだよ頼むよ」

 「人前で歌うなんて嫌だよ」


 俺がそういうと透也は俺を部室の外まで連れ出し小声で言ってくる。

 「海老名とバンド組める機会なんてほとんどねぇんだよわかってくれ!」

 必死すぎるだろワンチャン狙ってんじゃねーぞ。

 「そうは言われても俺歌とか無理なんだよ。どうにかして部内で人数集めてくれ。ていうか2人じゃだめなのか?」

 「2人でも悪くはないんだがどうしてもバンド感が薄れるというか」

 「なんだよそのこだわりしらねーよ」


 俺が話は終わりだとばかりに頭を振ってみせると、少し遅れて廊下にでてきた海老名も透也に加勢する。

 「私からも頼むよ渡里。さすがに長峰と2人はきつい」

 「きついってなんだよ!?」

 「はは、悪い悪い。私の方でも探しておくし、ちょっと手を貸すくらいの気持ちでさ。渡里がだめでも誰かほかに探してくれないか」


 俺はそう言われてしまい、他の誰かに押し付けられるなら、と思い協力することにした。

 「俺にはそんなツテも何もないんだが......あっ」

 「お?誰か心当たりがあるのか!?」

 期待した目で俺を見てくる透也と海老名。

 本当はこんなことはしたくなかったのだが、俺が協力するのだから、相手にも協力して貰わなければフェアじゃない。

 そう思ったので俺は道連れを用意することにした。


 『文化祭で歌を歌ってくれ』

 俺は先ほどなんやかんやで交換されられたLINEにメッセージを送った。

 「これでメンバー確保だ」

 俺はドヤ顔で言ってのけた。

 その後家に帰ると大量の疑問と抗議のメッセージが届いていたが、交換条件だというと峠越は折れてくれた。

 いやぁ、いいことしたなぁ。

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