文化祭編
第6話 個人的にはフリルいっぱいのが好き
俺、渡里 悠哉は考える。
青春の裏側には常に犠牲者がいるのだと。
仮に付き合った男女がいるとして、その2人は両思い同士で結ばれたが、ではその2人に対し好意を抱いていた他の人にとってはどうだろうか。
自分には見向きもしなかった。他の人と付き合った。
すなわち失恋である。
つまり、結ばれた2人の背後には、結ばれなかった2人以上がいる可能性が高いのだ。
そうなった場合、その報われなかった人間は、2人の行く末を指をくわえて見ていることしかできない。
当人たちは幸せかもしれないが、周囲には泣きを見た人や自身の気持ちを諦めざるをえなかった人がいるわけである。もちろんそれは仕方のないことでもある。全人類が幸せになることは不可能なのだから。
しかし、その人たちは2人のためにそうした感情を表に出すことはできない。悲しみに耐え気持ちを抑え込むしかないのだ。
よって、青春とは必ず誰かの犠牲で成り立っている。
Q.E.D.
それはそれとして、俺は青春の犠牲者代表として現在、教壇に立ちクラスに指示を出している。
否、文化祭実行委員である。
なぜこんなことになったのか経緯を説明するならば、それは偏に美鈴のせいであると言っても語弊はないだろう。
事の発端はこうだ。
5月になり定期テストを控えながらも春の終わりを感じ始めた頃。
この学校の一大イベントでもある「青葉祭」を目前としていた。
そうした中、例年通青葉祭の企画、運営に携わる文化祭実行委員なるものの募集が始められた。
原則各クラスに2名ずつを立候補で募り、生徒会と連動して動くという大規模なものなのだが、それもそのはず、麻井高校の文化祭は毎年大盛況であり地元住民からの評価も高く強い支持を受けている。
人前に出て何かをするという経験がなかった俺には全く関係がないことだろうと思い去年と同じようにクラスメイトに丸投げしようと目論んでいたのだが、あろうことか隣の席の美鈴が空気を読まずに秒速立候補。
そして俺を名指しで道連れにしてきたのだった。
「じゃあこのクラスでの文化祭の出し物の案を募るわけですが、参考までに2年生は通年何かしらの店をやっているそうです。かき氷、焼きそば、メイドカフェなどが毎年人気を集めているようですが、特に強制されているわけでもないので他のことでも大丈夫だそうです」
俺は先日委員会で配られた資料に目を通しながら説明を始めた。
今日は一日が文化祭準備期間にあてられており、朝から下校時刻まで文化祭一色の一日となっている。
「私はお化け屋敷とかやりたい!」
隣で無邪気に美鈴がいう。
お前はそっち側じゃなくてまとめる側だろうが。
そもそも自分から立候補したんだから仕事を俺に押し付けずにちゃんと働いてほしいものだ。
「体育館使って劇とかでもいいの?」
教室の後ろの方から質問が飛んでくる。
「それは難しいかも。一応劇は3年主体だし、2日目は吹奏楽部とか軽音楽部のステージがあるらしい」
学校の行事ごとでの主導権は基本的に生徒にあり、行事の内容などは代表生徒が決めることができるため比較的自由度は高いのだが、一つ不満をあげるならば3年生に気を使いすぎるところだろう。
もちろん3年生は今年が最後になるのだから優先されることには納得がいくが、それによって生じる不利益だってないわけじゃない。
現にこうして、体育館の使用権がほぼないに等しかったりする。
「教室でできる範囲ならなんでも、って感じか」
「他ならグラウンドや中庭は使っていいらしい。ていうか焼きそばとか火を扱うなら絶対に外じゃないと許可が降りない」
俺がそう説明すると、今まで生還していた透也がここぞとばかりに立ち上がる。
「だったらやっぱりメイド喫茶じゃね?」
この男はどこまで行っても欲望に忠実だな。
「絶対無理なんだけど!男子は裏方しかやらないんでしょ?楽したいだけじゃん!」
その提案を聞いた
その言葉に自分たちの負担が大きくなることを察した女子からも口々に文句が零れる。
いや少なくとも透也に関してはメイド服が見たいだけだろ。
「そもそもメイド服の準備にだって時間かかるんだから!」
女子全体からの猛抗議をくらい、透也は見事に撃沈した。
よくやってくれたぞ。正直俺はこいつが手に負えないのだ。
「一応聞いとくが、このクラスで服とか作れる人いたりするか?ミシン使えるとか、裁縫できるとか。いたら手を挙げてほしい」
とはいえ、楽ができるに越したことはないので、女子が主体となるようなものにしたいと思い透也に助け舟を出してやることにした。
教室を見回すと、合計で3本の手が挙げられていた。3人か.......。微妙だな、ここで強行しても3人に負担がかかって不満が溜まるだけだ。
せめてあと1人......いや2人はほしい。
「そういうことなら私も手伝おう」
そういって手を挙げたのは俺の横で腕を組んで座りながら話を聞いていた芳岡先生だった。
教室から歓声が上がる。
「文乃ちゃん!裁縫できるの!?」
隣で先程の話をつまらなそうに聞いていた美鈴もこれにはウキウキである。
ていうかなんで担任を文乃ちゃんなんて呼べるんだこいつは。
「文乃ちゃんと呼ぶな!私も1人の女子だからな。裁縫くらいはできるさ」
その発言はとても俺には耐えられるものではなく、不本意ながら吹き出してしまった。
「先生、アラサーが女子はキツいです......」
「乙女心を失っていなければ年齢など関係ない!私はまだ現役で女子だ!」
いやなんだその理論は。まるで振られたとしても諦めてなかったら失恋じゃないみたいな。誰が言うんだそんなこと。
まぁ、先生が協力までしてくれるんならメイド喫茶にするか。
「できればあと一人くらいほしいんだけど、誰かいないか?」
4人でもさすがに重労働になると思ったので、あわよくば精神であと一人募集する。
数秒待っても誰からの反応もなく、5人目は諦めようとしたその時。
右側から聞き慣れた声が聞こえた。
「じゃあ私やるよ」
そちらに目を向けると、恥ずかしそうに小早川が手を上げていた。
「小早川、裁縫とか得意なのか?」
「まぁ人並みにはねー」
「へー、なんか意外だな」
「え、そう?渡里は私のことどんな人間だと思ってたんだか」
「ガサツで不器用」
「ずいぶん失礼だね!?」
俺たちがそんなコントを繰り広げていると、隣から美鈴が割って入ってくる。
「じゃあまぁ裁縫係も5人集まったし、メイド喫茶でいいんじゃない?」
「ということなんだが、柳原。メイド喫茶でもいいか?」
「......そこまで揃ったんならまぁ。今更何か言ってもどうにもならないでしょ」
そういって不貞腐れたように肩をすくめる柳原。
できれば満場一致で決めたいとは思っていたのだが、現実とはそうそう上手くはいかないらしい。
「じゃあ衣装作りはこの5人に任せるってことで。ただ材料集めとか雑用はこっちでやるから、衣装作りに専念してもらって結構だ」
こうなってしまえばあとはトントン拍子に話は進んでいくので、できるだけ準備期間の負担は全生徒に均等になるように作業を分担しよう。
「衣装班決まったけど、あとすることは何が残ってる?」
美鈴はそういいながら俺の手元にある資料を覗き込んでくる。
なんでいちいちこんな距離近いんだよもっと離れろ。
「店内の装飾とメニューの考案、試作だな。あとはシフトとか商品の提供方式とか細々したところを決めれば大枠は完成だ」
「なんか大変そうだねー」
いやお前も主体で動くんだよ!
なんでちょっと他人事みたいに言ってんだよ。
「それで、美鈴は何係すんの?」
俺のその問いかけに、美鈴は自慢げに胸を張りながら答える。
「もちろんメイド役ですよ?」
なんでそのテンションで行けるんだよ。天職じゃないよおこがましいよ。
でもまぁ実際、美鈴がメイド服を着るなんてことになれば、男子生徒がこぞってこのクラスにやってくるだろう。
「よっしゃ!そうと決まればさっそく準備に取り掛かるぞ!」
クラス出し物がメイド喫茶に決まったことで活力を取り戻した透也がクラスを仕切り始める。
もうこのあとの仕事も全部やってくれよ俺はもう疲れたよ。
その後、各々に仕事を振り分けていき、最後まで余ってしまった買い出し係を俺と美鈴で引き受けることになった。
「すいません、ペアの変更をお願いしたいのですが」
「残念ながらその要望は受け付けておりません」
俺はダメ元で美鈴に話を持ちかけてみたものの、当然のように却下されてしまった。なぜなのか。
「じゃあまあぼちぼち行くか」
それぞれの係から必要なものを聞き出しメモに書きとめた結果、高校から少し離れたところにあるホームセンターに行くのが最善だと判断した。
俺たちは歩いてホームセンターへと向かう。
「なんで実行委員引き受けてくれたの?」
道すがら、美鈴はそんなことを聞いてきた。
なんでってそりゃ......。
「ほとんど強制で拒否権なんかなかったからだよ」
「なんでよ私が悪いみたいじゃん!」
実際そうだよ!?お前があんなこと言い出さなかったら俺だってやるつもりなかったんだけど!?
「文化祭、楽しみだな」
俺はそれだけを返した。
ホームセンターに着くなり、俺たちは二手に分かれて必要なものを探し始める。
というのも、量が量だけに、一緒になって行動していてはとても全てを見つけることはできそうにないのだ。
俺がメイド服の生地を探していると、突然目の前が暗闇に包まれた。
そして背中に控えめな存在感が押し付けられる。
「だーれだっ」
「蒲谷、お前こんなとこで何してるんだよ」
「何って、ゆーや先輩と一緒ですよ。私も生地を探しにきたんです」
目を覆っていた手を振りほどきながら俺は蒲谷の方を振り返る。
「へっ、パシリか?可哀想なやつだな」
「違いますよ!私はこう見えて文化祭実行委員なんです!」
そういって胸を張る蒲谷。
いや別に誇れることではねーだろそれは。適任かどうかと問われれば怪しいラインなんだし。
俺は付き合うだけ無駄だと判断して蒲谷には構わずに生地選びに没頭する。
「いやそれは知ってるが」
「なんで知ってるんですか!?ストーカー!?」
どの口が言ってんだよ本当に。
「この前の実行委員会で会っただろうが」
「それで、残念なことに皆が面倒くさがって行きたくないって言った買い出しの仕事を体よく押し付けられてしまいまして......」
どんどんと萎んでいく蒲谷。そこまでやりたくないなら実行委員なんて引き受けなかったらよかったのに。
お、この生地よさげだな。
「ところで、先輩のクラスは何するんですか?」
「メイド喫茶」
俺がそう答えると、蒲谷は吹き出した。
「え!?ゆーや先輩がメイド服着るんですか!?」
「ちげーよ需要ねーだろそんなもん!」
俺の全力の否定にお腹を抱えて笑い出す蒲谷。こいつほんと先輩のことばかにしすぎてるよな?
「私たちはコスプレ喫茶やるんですよ!」
「なんかどのクラスも似たようなもんやるんだな」
「ちなみに、個人でなんのコスプレするか考えないとだめなんですけどいいのが思い浮かばなくて......。先輩は何がいいと思いますか?」
蒲谷に似合いそうなコスプレ......。
正直な話、蒲谷なら何をしても似合いそうな気はするが、それを口に出してしまえば弱みを握られるも同然なので決して口にはしない。
「なんだろうな。無難に巫女とかじゃないか?」
「え、無難なコスプレが巫女なんですか?ゆーや先輩の性癖バレますよそれ」
お前から聞いといてドン引きしてんじゃねーよ!じゃあなにが正解だったんだよ!?
「ゆーやー?生地みつかったー?」
遠くから美鈴の声が響いてくる。
俺は目星を付けていた中から数点良さそうなものを選びとると、カゴの中に入れていく。
「じゃあな、お前も買い出しがんばれよ」
そういってそそくさと退散しようとしたがそうは行かず。
蒲谷が背後から俺の服を掴んで話さなかった。
「おまっ!?離せよ!」
「いやでーす」
そういってべー、と舌を出す蒲谷。
「ちょっとゆーや?......って!その子!私に黙ってこっそり会ってたわけ!?」
「いや絶対違うだろそもそもどんな状況だよそれ!?」
駆け寄ってきた美鈴を見るや否や、鼻で笑いながら話しかける蒲谷。
「あぁ、あの時の先輩ですか。残念ながらゆーや先輩は小山先輩のことが好きらしいですからね」
お前なんていうデマを......!?
いやまぁさすがに美鈴もそこまで馬鹿じゃないし嘘だって見抜ける.......はず.....。
「やっぱりそうなの!?前から怪しいと思ってたの!」
先程の発言は撤回しよう。
今のままでは俺の文化祭は楽しくなりそうにはない。
どうしてこんなにも面倒な人間に囲まれてしまったのだろうか。
俺は自分の人を見る目のなさを恨むのだった。
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