第5話 プリンでもありお餅でもある
俺、渡里 悠哉は考える。
幼馴染とはデメリットのみで互いを縛り合う関係であると。
恋愛をしていく上で、幼馴染という存在は大きすぎる枷になる。
幼馴染というだけであらぬ噂を立てられたり、変に気を使われたりする。
すなわち、幼馴染がいることで、寄り付く異性が極端に少なくなるのだ。
それに加えて、幼馴染を狙っているやつがいた場合、自分はいいように利用されなんの恩恵も受けられない。
つまり、得をするのは精々どちらか一方のみであり、残されたもう一方は絶望の縁に立たされる以外の選択肢は残されていないのだ。
よって、幼馴染とは即刻縁を切るべきである。
Q.E.D.
それはそれとして、俺は今絶望の縁に立たされている。
こいついっつもどっかに立ってんな。と思った読者諸君。お目が高い。俺はプロの立ち○ぼである。いつ何時いかなる場所であろうと俺は立ち続ける。
俺がこうして絶望の縁に立たせれていることには複雑なわけがある。
今日もいつもの通りの授業が終わったあと、美鈴が珍しく爆速帰宅をしていたので少し怪しく思っていたのだが、家に着いて玄関を開けてみれば案の定美鈴のローファーがあった。
俺の予想と違ったのは、美鈴のローファーに並べられて見知らぬ白のスニーカーがあったことだ。
今まで、家に帰ると美鈴がいたなんていうことは幾度となく経験してきたことではあるのだが、美鈴以外の人を家に連れ込んだことは一度たりともない。
昔彼女ができた時に浮かれて自分の部屋で勉強会をしたことなど決してないのである。
俺が多少の不安とともにリビングの扉を開けると、そこには美鈴ともう1人、麻井高校の制服をきた女子生徒がテレビの前のミニテーブルを囲んで座っていた。
名前は
癖毛なのかうねりのある少し色素の薄いセミロング。ぱっちりとした目元に長いまつ毛。リップが塗られているのだろうか艶かしい輝きを放つ唇。
どこか強めの印象を与える容貌をしており女子の中では身長も高くモデル並みとも称されるスタイルの持ち主なため、小早川を苦手とする男子生徒も多いと聞くが、その実情は脳内お花畑である。
恋愛ごとになると知能指数が低下するようなキャラは漫画の中で幾度となく見てきたが、実際に会ったのは小早川が最初であり最後だ。
「おー、渡里じゃん。お邪魔してますー」
小早川はリビングに入ってきた俺に気がつくと座ったままの姿勢でひらひらと手を振ってきた。
俺の許可無く勝手に家に上がり込んでいることには少々納得がいかないところではあるのだが、尤も、今回の件で非難されるべきは美鈴ただ一人であろう。
「お前他人の家に勝手に人を入れるんじゃねぇよ」
俺は小早川の隣で大の字になって寝転んでいる美鈴に文句を言う。
「残念。紗瑛さんには許可を貰ってます故どうかお許しを。ちなみに紗瑛さんは買い物に行ったよ」
ほんとあの母親もどうにかしてほしいものだ。年頃の男子高校生と女子高校生が家の中で、しかも自分の目が届かないところで会っていることをなんとも思わないのだろうか。
「それで?今日は何の用なんだよ。わざわざ人の家使うってことはそれなりの理由があるんだろうな」
カバンを床に置きながら俺はとりあえずソファに腰掛ける。
「今日はなんと!ネト○リで映画をみます!」
美鈴はそういって自分のポケットから自慢げにスマホを取り出した。
どうやら最近になって契約したらしく、ことある事に映画鑑賞に誘ってきていたのだ。
もちろん毎回断っていたのだが、さしもの俺もここまでの強硬手段に及んでくるとは思っていなかった。
「自分の家でやれ!」
「なんでよ!ゆーやにも見てほしいのに!」
「いいじゃん渡里も一緒に見よーよ」
小早川にもそう言われてしまい、俺は渋々といった感じでため息を零す。
実は友達との映画鑑賞が楽しそうだと思っていたわけではない。断じて違う。小早川に免じて場の提供を許したにすぎないのだ。
「別にいいけど。何見るんだ?」
「花束みたいなその丘で君の膵臓は光り輝く。最近話題になっててずっと見たかったんだー」
俺の質問に美鈴が出てきたタイトルは、最近人気の俳優がダブル主演を務めているという恋愛映画だった。
「なんだよ恋愛映画かよ」
「なに興味ないの?まぁゆーやモテなさそうだもんね恋愛映画なんて見ても面白くないよね」
なんでこいつはこんなに非モテに厳しいんだよ。
私失恋しないので☆じゃねーよおこがましいよ。
「でも渡里って一年前くらいまで......」
「ちょっと!それは言わない約束じゃん!」
俺の黒歴史を危うく暴露しかけた小早川を美鈴かわ慌てて止める。
なんでお前が止めるんだよ。ていうかどんな約束だそれは。
「ごめんごめん。でも、本当になんで振られたんだろうね」
小早川はどんな感情がこもっているのか分からない目で俺に聞いてくる。
「そういえば小早川ってあいつと仲良かったっけ」
「まぁよく話す相手ではあったかな」
「......なんか聞いてない?」
見苦しいとは思いつつも、俺が振られた理由について少し探りを入れてみる。
しかし、俺の思っていたような成果は何も得られなかった。
「別に何も。高校離れてからは特に関わりもなかったし。別れたことだって美鈴から聞いたもん」
「なんでお前はすぐそうやって俺の個人情報を人に話したがるんだよ」
「仕方ないでしょー!?私の中では大事件だったんだから!」
「人の失恋を事件にするんじゃねぇよ!」
人の不幸は蜜の味ってか?いい性格してるじゃねーか美鈴さんよぉ。
「まぁまぁいいじゃんか。あたしもこの映画気になってたんだよねー、早く見よーよ」
そういって小早川はミニテーブルにカバンから取り出したポップコーンの袋を開けて置く。
美鈴はスマホの画面をテレビに写し映画を流し始める。
なんで人の家の接続方法を熟知してるんだよおかしいだろ。
ソファから立ち上がり電気を消してソファに戻ろうとすると、フローリングの上に敷かれているカーペットで両膝を内側に向け倒し座っていた美鈴が自分の横をぽんぽんと叩く。
「なんだよ?」
「ゆーやはこっちだよ」
にこりと笑いながらそういってくる。
「ソファがいいんだけど」
「文句言わないの。そこじゃ見にくいでしょ」
「そんなに距離変わんねーだろ」
本当に一歩分の差しかない距離だし下から見る分見にくいだろ。という正論は飲み込んでおくことにした。
「いいからはやく。始まっちゃう」
美鈴に急かされる形になり俺は仕方なく美鈴の横に座り込む。
そうして美鈴は俺と小早川に挟まれる形になった。
映画の内容はよくある展開の恋愛映画であり、設定こそは個性的なものだが恋愛映画なんてものは全てハッピーエンドと相場が決まっているだろう。
そう思って冷めた目で見ていたのだが、展開が進んでいくごとにどんどんと映画の世界観に引き込まれていく。
純愛とはなぜこうも美しいのか。
映画も終盤に差し掛かり、クライマックスの告白シーンを迎えたとき。
そっと俺の手に何かが触れた。
俺は床に手を着いていた状態だったので、何か荷物か美鈴の服でも当たっているのだろうと思ってしばらく無視していると、手の甲に抓られているかのような痛みが走ったので目を向けてみると、そこには俺の手を抓っている美鈴の手があった。
俺は不思議に思ったのと映画を見ているのを邪魔されたくなかったので美鈴を見る。
「な、なんだよ」
俺は小声できいた。
「今なら、この前の続き.......できるよ?」
この前の続き、という言葉にすぐ思い当たる節がなかったので記憶を探っていたのだが、美鈴が恥ずかしそうに顔を赤らめながら言っている既視感で例のコーラ事件を思い出した。
むっつりというかなんというか。恋愛映画の雰囲気にあてられたのか、気でも狂ったかのような誘いをしてくる美鈴。
そもそもお前から求めてくるのはなんか違うくね?という言葉を飲み込んで、俺は美鈴の奥にいる小早川を盗み見る。
幸い小早川は映画に夢中になっているようでこちらに目を向ける素振りはない。両手で膝を抱えて丸まるように映画に魅入っている。
背景ではどこかで聞いたことがあるようなメロディーに乗せられたありきたりな歌詞の恋愛ソングが流れていた。
雑すぎるセッティングに俺は思わず苦笑を漏らしてしまう。
そんな俺に構わず俺の手に自分の手を重ねたまま目を閉じる美鈴。
俺は、いつもの冷たさがなく、小動物のようにも感じられる美鈴の顔に自分の顔をゆっくりと近づけていく。
唇が重なりかけたその時。
「いやー、面白かったね!」
そんな明るすぎる声が響いた。
美鈴は肩を大きく跳ねさせて僕から慌てて距離をとる。
気が逸れていたので気がつかなかったが、どうやら映画は終わったらしい。
「う、うん。そうだね」
取り繕ったように返事をする美鈴。そんな美鈴の様子を怪訝に思ったのか、美鈴の顔を覗き込むようにしてずん、と顔を寄せていく小早川。
「なんか美鈴顔赤くない?もしかして......」
「べっ、別にいつも通りだよ!?」
声が上擦ってるぞ。
「やっぱりラストシーンに感動しちゃった!?いやー、あそこいいよね。主人公の真っ直ぐすぎる気持ちがこっちにまで伝わって恥ずかしくなるというか......!」
しかし、俺たちの蛮行を露知らず。小早川は特に疑問に思うこともなく映画の感想を語りはじめる。
「そっ、そうだね、私も告白されてる気分になったよ.......はは......」
テンパりすぎてもはや訳の分からないことを口にし始めた美鈴。
俺は何も言わずに立ち上がって電気をつける。
「じゃあ映画も終わったし、そろそろ帰るとするよ。今日はありがとね、渡里」
カバンを持って立ち上がりながらそういう小早川。
それに釣られて立ち上がろうとする美鈴。しかし長時間座っていたことで足が痺れたのか、立ち上がった瞬間に「おわっ!?」という情けない声を上げながらこちらに倒れ込んできた。
ぼいん、という効果音が付きそうな勢いで半球が俺の腹でバウンドする。
美鈴の体重に耐えきれなくなった俺の体はされるがままに床に倒れ込む。
美鈴の半球は俺の顔に無事着地した。
足の痺れが取れたのか美鈴は急いで立ち上がると
「ばか!変態!信じらなんない!!」
という語彙力の欠片も感じられない罵詈雑言を並べたててさっさと家を出ていってしまった。
そのままの体勢で呆然とした俺をニヤニヤとした顔で覗き込みながら小早川は聞いてくる。
「で、どうだった?柔らかかった?」
なんてこと聞いてんだこいつは。
「そりゃあもう」
俺が無意識でそう答えると、小早川はゲラゲラと笑いながらリビングを出ていった。
「それじゃ、お邪魔しましたー。また明日なー」
小早川の声が響き、玄関のドアが閉まる音を確認してから俺は一人で呟いた。
「想像よりいいもんだな」
誰にも聞かれなかったことだけが幸いなほど最低な独り言だった。
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