第8話 このポジションが1番辛いんだよ

 俺、渡里 悠哉は考える

 優しさは時に人を傷付ける最大の武器になると

 現代社会において、人へ優しさを向けるとき、そこにどんな思惑があるにせよ善意からくる場合がほとんどだろう。

 しかし、その善意が、時に人を傷付けてしまうことがある。

 自分は厚意で行ったそれも、他人からしてみれば邪魔でしかない、なんていうこともざらにある。

 そうしたものは集団生活の中に乱れを生み、人と人の亀裂を広げる結果になりえるのだ。

 すなわち決別である。

 つまり善意とは、人によっては悪意よりも重く捉えられる場合があるのだ。

 そうして考えると、人のために行動することがひどくばからしいものに思えてしまう。

 自分の善意が否定された時、いったいどのような対応をするのが正解なのだろうか。

 誰も悪くはないのである。少なくとも善意であるのだから。

 よって、人のための行動はただの偽善にすぎず、自分のための行動こそが至高である。


 それはそれとして、俺は今体育館に来ていた。

 特に何かの部活に所属しているわけではない俺は、放課後になるとすぐに帰るのがいつものルーティーンなのだが、今日は少し話が違う。

 呼び出されてしまったのだ。


 とはいえ青春ドラマでよく見るような甘酸っぱい恋模様などでは決してなく。

 半ば強引に、脅されながらもここへ来たというわけだ。

 正直すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいだったが、このまま要件を終わらせずに帰るとどんな避難が待っているかわからないので泣く泣く従うしかなかったのだ。


 美鈴に朝イチで「待ってる人がいるから今日の放課後体育館に行け」と言われた時はどうしようかと思ったものだが、体育館内から響いてくる掛け声や声援を聞いていると、やはりこの部活特有の雰囲気というか空気感というか、人の努力の結晶というのは俺からしてみれば眩しくてたまったものじゃないというふうに思ってしまう。

 できれば早くお暇したかったのだが、いったい誰になんの要件で呼び出されたのかもわからないので俺は体育館の入口から動けずにいた。


 そうこうしていると、体育館の中から響希がタオルで顔周りの汗を拭きながら出てきた。

そんな姿すらも映えていて、イケメンというのは憎い生き物だと再認識させられた。

 「うお、どうしたんだ?悠哉」

 扉を開けた途端に俺の顔が目に飛び込んできたことに相当驚いたのか、目を丸くしながら聞いてきた。

 「いや誰だか知らんがここに呼び出してきた輩がいてだな......。素性がわからんからここで待ってたんだが。何か知らないか?」

 「いや......特に聞いてないな」

 一縷の望みにかけて聞いてみたが、やはりと言うべきか、響希はなにもしらないようだった。

 俺が本格的に路頭に迷い始めた時、その場にそぐわないほどの明るい声が響いた。

 「あ!渡里先輩ですか!?」

 「え?うん、そうだけど」

 聞き慣れない声に俺は怪訝に思っていたのだが、そんな俺の様子は全く気にすることなく声の主はこちらにずんずんと近づいてくる。

 「よかった!早くこっち来てください!」

 俺の目の前に来てそう言うと、その正体不明の声の主は俺の腕を掴んで強引に体育館の外へと連れ出す。


 「なになに誰誰?」

 俺は状況がよく飲み込めずに思いついた言葉をただ並べるだけの機械に成り下がる。

 放課後で人の少なくなった渡り廊下に着くと、こちらを振り向きながら自己紹介を始めた。

 「すみません。私、バスケ部マネージャーの小豆嶋 朱音っていいます!今日呼び出してもらったのはちゃんと理由があってですね」

 長い髪を後頭部で束ねるいわゆるお団子ヘア。小柄な身体からどこか小動物を思わせるフォルム。そして今、ただでさえ小さい体をより縮こませながら話をしている。


 「別に暇だからなんでもいいけど。それで、理由って?」

 「先輩って平良先輩と仲良いんですよね......?」

 上目遣いでそう聞いてくる。

 ハッハーン?なるほどね?恋しちゃってるんだ。好きなんだ。

 「まぁ、仲良い部類には入るんじゃないか?」

 俺はなぜか勝ち誇ったかのようにドヤ顔で言ってのけた。

 「私、平良先輩のことかっこいいなぁって思ってて、仲良くなりたいんです!だから協力してほしくて!」

 最近こういうのばっかだななんでだよ。

 人の恋愛ほど興味のないものはないんだが。


 ここは響希に免じて協力してやることにしよう。

 「別にいいんだけど、好きなの?」

 「好き......かはまだわからないんですけどっ!それでも、仲良くなりたくて」

 俺の質問に小豆嶋はモジモジとしながら答える。

 「付き合えるように協力するのか友達になるのかじゃ変わってくると思うんだけど」

 「付き合いたい.......ですっ」

 正直、俺の手助けなんてなくても響希は彼女が作れると思っていたし、この小豆嶋も、マネージャーである以上ある程度の関係値を響希と築けると思っているので俺の出る幕ではないのだろうけど、やはり助けを求められてしまえば手を貸してしまうのが俺という人間なのだ。


 「わかった。なんとか頑張ってみるよ」

 「ありがとうございます!」

 俺の返答に小豆嶋は勢いよく頭を下げた。

 「でも、自分の方でも頑張ってくれよ。人任せだけじゃ振り向いてくれないだろうし」

 協力するとは言ったものの、具体的に何をしてほしいなんかは言われなかったのでできるだけ自分でなんとかしてもらうことにした。

 「もちろんです!」

 「今日は何時くらいに部活終わるかわかるか?」

 俺はポケットに入れていた携帯を取り出しながら確認する。


 「ええと、たしかあと一時間くらいです」

 「ならLINE教えとくから部活終わったら連絡してくれ」

 「それはいいですけど......なにか作戦が?」

 小豆嶋が怪訝な顔でこちらを見てくる。

 そんな変なことはしねーよ怪しむなよ。

 「もちろんだ。俺は百戦錬磨だぜ?」

 自分で言っていて恥ずかしくなってくるものではあったのだが、やはりここで先輩としての威厳を見せておかなければ舐められてしまうだろう。

 「へー......。ではまたあとで!」

 小豆嶋は俺にジト目を向けると体育館へ走り去っていった。


 俺はあと一時間をどのようにして潰すかを検討した結果、図書室へ行くのが最適解だと判断した。

 俺は体育館から反対方向の校舎へ向かい、1階の端に追いやられている図書室へと足を運んだ。

 放課後になれば閉まる可能性も考えていたが、その心配はいらなかったようだ。

 本棚に隠れるようにして設置された1番奥の席に腰掛ける。

 俺はスマホを取り出しメッセージアプリを立ち上げる。


 『知らんやつの恋愛相談に乗せさせるんじゃねーよ』

 美鈴にそう送ると、少ししてからスマホが返信を告げる振動を伝えた。

 『私も呼び出してくれって言われただけで内容は知らなかったんだよ。それに知らない人じゃないでしょ』

 『いや初対面だけど』

 『なんでよ実行委員会一緒だったじゃん』

 本当にそうなのだろうか。1年の実行委員なんか蒲谷しか覚えてないんだが。

 その蒲谷も委員会では見かけた覚えがないのだけれど。

 『覚えてねーよそんなもん』


 『ゆーやのストーカーしてる後輩とも面識はあるみたいだよ。仲良いのかは知らないけど』

 『あいつ友達いなそうだもんなぁ』

 難儀な性格してるし、孤立していても不思議ではない。

 『人のこと言えないでしょ』

 名誉毀損だろこれ普通に。

 俺は画面越しに抗議の声を上げた。


 『とにかく、次からは俺にまず話を通してくれよ。何も知らない状態で行かされるこっちの身にもなってくれ』

 俺はそう送り美鈴の返事も待たずにスマホの電源を落とした。

 席を立ち近くにあった本棚から面白そうな題名の小説を見繕い読み耽ることにした。

 ページをめくる音と、図書室に設置された時計の秒針が時間を刻む音だけが響く図書室は、まるで世界から切り離されたかのように時間の流れがゆっくりに感じた。


 どれほどの時間をそうしていたのだろうか。持ってきた小説がちょうど半分に差しかかろうとした時、突然スマホが揺れだした。

 画面を確認してみると、そこには小豆嶋からのメッセージが表示されていた。

 『先輩!終わりましたよ!今から片付け始めます』

 『さっきの入口で待ってて。響希は帰さないように』

 俺はそう送ってから小説を元あった本棚に戻し図書室を去る。

 

 俺が体育館に着くと、2人は既に外で待っていた。

 「おまたせ。帰ろうか」

 俺が2人にそう声をかけると、響希は怪しむような目でこちらを見てくる。

 俺はその視線に気づいていないふりをしながら歩き出す。

 「なんでこんな遅くまで残ってたんだ?」

 「文化祭実行委員の仕事でな」

 「大変なんだなぁ。朱音はいかなくてもよかったのか?」

 なんとか違和感の残らないように誤魔化せたと思ったが、そういえば小豆嶋も実行委員だった。

 「私は特に仕事もないですから!」

 「そうか」


 より怪しまれる結果になると思ったが、小豆嶋が上手くカバーしたおかげで事なきを得た。

 俺はこれ以上深堀されてはボロが出ると思い慌てて話題を変える。

 「それはそれとして、部活の調子はどうだ?」

 「まぁ、ぼちぼちって感じかな。3年も最後の大会っていうので気合入ってるしなんとも」

 響希はそういって心底うんざりしたようにため息をつく。

 レギュラーというのも気楽なものではないらしい。

 「いいじゃないか。マネージャー的にはどうなんだ?」

 「すごく......かっこいいですよ」


 小豆嶋は勇気を振り絞るように、顔をほんのりと赤らめながらそう言った。

 「そう?ありがとう」

 しかし、当の響希は全く気にした様子もなく軽く受け流す。

 俺は響希にがっかりしてしまいつい本音を漏らしてしまった。

 「響希お前......ほんとイケメンの無駄遣いだよな」

 「ほんとそうですよね信じられません」

 俺の意見に賛同してきた小豆嶋が激しく顔を上下に振っている。

 「えぇなんで俺こんなに責められてんの?」

 響希は訳が分からないと言った様子で俺の方に手を置いてきた。

 俺に聞いても何も答えないぞ。


 そうこうしている内に家が見えてきて、俺は2人に別れを告げた。

 俺は小豆嶋に小さくガッツポーズを送っておいた。

 これから戦地に赴く小豆嶋はこちらに敬礼を返してくる。

 そんな俺たちの様子を響希は異世界に迷い込んだかのような顔で見つめていた。

 「じゃあな、響希。早く彼女作るんだぞ」

 「悠哉に言われたくねーよ!」

 俺は2人に手を振りながら家の方へと歩き出した。

 いやぁ、いいことしたなぁ。

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