第2話 見た目で判断してはいけません!

 俺、渡里 悠哉は考える。

 人はみな、愚かな生き物であると。

 人類はこれまで、何十年にも渡り「友達100人」を目標に掲げ生活に励んできた。

 しかし、100人はおろか、10人の友達を作ることすらままならない人間だって存在する。

 そうであるのならば、まるで大義名分のように謳われる「友達100人」への挑戦は無謀なものであり幻想である。

 実現が不可能だと分かっているものに挑戦し続けることは、限りなく愚かであろう。

 よって、人類は自ら進んで愚かな生き物に成り下がっているのである。

 Q.E.D.


 それはそれとして、俺にも実際、少なからず友達というものがいる。

 現に今もこうして、昼休みの時間を使って友達のもとへと足を運んでいるのだ。

 自分の教室のある2階から階段を上り、3階の奥、コの字型に設置された校舎の末端。そこに地学室がある。


 この学校では、地学選択者がなぜか極端に少なく、午前授業しか開設されていないため、昼休みを境に地学室を訪れる生徒がいなくなるのだ。

 誰にも邪魔されることなくゆっくりと昼食を摂ることができるスペース。最高じゃあないか!

 そんなふうに心の中で高笑いしていると、ようやく地学室が見えてきた。


 スライド式のドアを開けると、大きな1つの机を6つの椅子が囲む形で設置されたものが6セット、均等に並べられていた。

 その中の一つに俺は目当ての人を見つける。

 「お久しぶりです。小山先輩」

 俺が扉を開けた時から驚いた表情でこちらを凝視しているこの人は、俺の先輩であり昼食仲間である小山 未玖こやま みくだ。

 茶色がかったショートカット。くりくりとした目。全体的に小さめの身体。それに反して高校生にしては存在感を放ちすぎている胸元。常に尖っているように見える口元。美鈴が美人系だとすれば、この人はカワイイ系と呼ばれる部類なのだろう。

 「どうしたんですか?」

 小山先輩の紹介が終わってもまだ固まったままこちらを見続けている先輩に声をかけつつ、先輩の隣に腰掛け俺も昼食の準備に取り掛かる。

 「いや、もう来てくれないのかと思って」

 そういって恥ずかしそうに笑う先輩。

 「なんでですか?」

 「なんでだろ。学年が変わったから?」

 まるで根拠のない勝手な決めつけから、俺が約束を反故にするような男だと思われていることに少し納得がいかない。

 「なんですかそれ。あと1年間は来続けますよ。一緒に昼ごはん食べてくれる相手いないんで」

 俺のその言葉を聞くと、先輩は突然ニヤニヤとし始める

 「なに君、もしかしてぼっちなの?たしかにおかしいと思ってたんだよなー、毎日毎日こんなところで先輩とご飯食べるなんてさ!なるほどなるほど!それなら納得だ」

 なんでこんなイキイキし始めてんだこの人は。

 なんだか小馬鹿にされているようで、俺はむっとなって反論する。

 「小山先輩と一緒にしないでくださいよ。みんな部活の方で食べるって言うから一緒に食べてくれる人いないんです」

 そう。俺は決してぼっちではない。周りが部活を優先しているだけであって、俺は何も悪くない。

 「なぁんだ。つまんないのー。そういえば君、部活とか入らないの?」

 「まー2年になってから入っても、って感じですからねー。それに、遅くまで残って練習とかするの面倒じゃないですか」

 俺がそういうと、先輩は大袈裟に肩を竦めてみせ、やれやれと言った感じで話し始める。

 「わかってないなー君は。それがいいんじゃんか。青春じゃんか」

 青春とは程遠い人に青春とは何かを語られたところで、あまりピンとくることはないのだが、こうも自信満々に語られてしまうと俺の方がおかしいのではないかとすら思えてくる。

 「それ、先輩が言ってもなんの説得力もないんですが」

 「うるせー。私だって部活でキラキラした青春送りたかったんだよー」

 そういって肩をポカポカ殴ってくる。俺はそれを軽くあしらいながらトマトを頬張る。

 「今からでも入ればいいじゃないですか」

 俺がそう提案すると、先輩は少し悩んだような素振りをみせてから聞いてくる。

 「私にできると思うー?」

 「まぁ間違いなく無理でしょうね」

 「だよねー」

 先輩はそういってケラケラと笑う。

 野暮な質問、とはこういうものを言うんだろうな。と実感した日でもあった。

 「私ももう受験生かぁ」

 先輩は天井を見上げながらそういった。

 「先輩、勉強できるんですか?」

 以前から気になっていたことではあるのだが、どうにもこの人からは美鈴のようなオーラを感じられないのだ。

 多分それは性格的な面も関わってくるのだろうが、よくいえばおっとりとしている、悪くいえばポンコツな先輩が、どうにも勉強ができるとは思えないのだ。

 「いやー、それが昔から勉強だけはからっきしで」

 「"だけは"って、先輩別に運動もできないでしょ」

 「うるさいよ!私だって本気を出せばダンクシュートの一つや二つくらい.......!」

 本気があれば何でもできる!じゃねーんだよおこがましいよ。

 「その感覚でダンクできるんなら今すぐバスケ部に入部すべきですね」

 「それはそれとして、私は先輩なわけだよ。何においてもね」

 そういって先輩は右手を腰にあて、左手の人差し指を立てて片目を閉じるという謎のポーズをする。かわいい。

 「何が言いたいんですか?」

 俺は食べ終わった弁当箱を片付けながら聞く。

 「君と違って私はモテてるの。恋愛なんかはお手の物さ。高嶺の花だよ、高嶺の花。今すぐにでも角から飛び出してあげようか」

 伝わりにくいボケをするのはやめなさい。

 けど実際、2年の間でもよく名前を聞く先輩ではあるのだから、先輩がモテているというのはあながち間違ってはいないのかもしれない。

 「自分で言ってて恥ずかしくねーのかこの人は」

 「恥ずかしくないもーん。私は承認欲求を満たしてるだけだもーん」

 「尚更醜いじゃねーか」

 俺のその言葉が納得いかなかったのか、先輩は頬を膨らませて抗議の目線を送ってくる。身長の高さ的に先輩が俺を見上げる形になるので全自動上目遣い発生機と化しているのだが、この先輩の破壊力にはいつになっても慣れそうにない。

 「そこまで言うんなら私の恋愛テクをご教授してあげよう」

 「それは楽しみですね?」

 いったいどんな醜態を晒すのだろうか。考えるだけでも胸が期待でいっぱいである。

 そうして俺が期待の眼差しを送っていると、先輩は箸を手に取り弁当箱の中に残っていた卵焼きをこちらに向けてくる。

 俺は何も言わず、黙って口を開けて待つことにした。

 しかしどれだけ待とうと口の中に卵焼きが侵入してくることがない。

 「なにしてるんですか?早くしてくださいよ」

 俺がそういうと、お箸で卵焼きを挟んだまま硬直している先輩が顔を赤くして抗議してくる。

 「おかしいよ!なんで君はそんな熟れてるの!?ハレンチだよ!!」

 なぜって、小さい頃から美鈴によくされていたからだが?

 「何がですか別に熟れてなんかいませんよ。ただ食べるだけなんだから」

 「君は食べるだけかもしれないけど、これやる側は覚悟がいるんだよ!?」

 そういってすごい勢いで頭を横にふる先輩。

 待っていても埓が明かないので、俺は自分から卵焼きを迎えにいった。

 口の中で卵特有の甘みが......いや甘すぎるぞなんだこれ。絶対塩と砂糖入れ間違えてるだろ。

 俺は口に含んだ卵焼きを吹き出しそうになりながらも必死に飲み込む。

 そんな俺には目もくれず、先輩は一人で叫んでいた。

 「あー!私のファースト間接キスがー!」

 「間接キスにそこまで重きを置く人あんまいねーだろ」

 「私の純潔が汚された.......。もうお嫁にいけない......」

 貴族の令嬢かなんかか。そんな悲壮感溢れる感じで言ってるけど誰も気にしてないからそんなとこ。

 「大袈裟すぎますよ先輩」

 「大袈裟って、じゃあ君は今回が初めてじゃないの!?」

 「え?そりゃあついこの前も......」

 そこまで口にしてしまった、と思った。

 「やっぱりハレンチじゃん!そんな人だとは思わなかったよ!女たらし!」

 「いやいや違いますよ!不可抗力ですって!」

 随分な言われようだが、よくよく考えてみればあれは未遂で終わったんじゃないか?だって結局は新品のコーラが俺の元に戻ってきたわけだし。

 「はいじゃあ次は君の番!これ持って!」

 そういって先輩は先程まで持っていたお箸をこちらに渡してくる。

 俺はそれを受け取ると、先輩の弁当箱の中から卵焼きを取ろうとすると

 「あ、卵焼きは待って。トマトにして?」

 なんて言ってきた。

 こっ、こいつ、、!さては卵焼きのミスに気付いて、、!?

 俺が疑いの目線を向けると、先輩は下手くそな口笛を吹いて俺から目を逸らしていた。

 試しに卵焼きを持ち上げてみると、小さく齧られた跡があることに気付いた。

 先輩は卵焼きを食べ、砂糖と塩のミスに気がついた上で俺に食べさせてきたのだ。

 とてつもなく尊敬に値する先輩だ。

 「分かりましたよトマトですね」

 俺はそういって弁当箱の中で隠すように卵焼きを挟む。

 「ちょっと恥ずかしいので目を閉じていてくれませんか?」

 「私の時は目開けたままだったのにー?まぁいいよ仕方ないなー」

 そうしてまんまと俺の罠にハマる先輩。

 俺は段々と先輩の開けられた口にお箸を近づけていく。

 なんか、、口内ってすごい、、、。いやこれは言ってはいけないのだろうけど、唾液で湿った先輩の口内は何とも言えない妖艶さがあった。

 俺は一介の高校生として理性と争っていると、先輩は怪訝に思ったのか目を開けた。

 そして目前まで運ばれていた卵焼きに気付くと慌てて距離をとった。

 「ねぇ卵焼きじゃん!違うってこれだめだって!」

 なんて講義をしてくる。

 「俺は食べさせられたんですよ同じ気持ちを味わってください!!」

 「絶対に嫌だはやくトマトにして!!」

 どうにかして説得を試みようとしてみたのだが、先輩は折れそうにないので俺は強硬手段にでることにした。

 素早く先輩との距離を詰めると俺は空いている方の手で先輩の両手を抑えつける。

 「さぁ早く観念してくださいよ先輩!」

 「やだやだ待って話が違うじゃん!」

 俺は少しずつ先輩の口に卵焼きを運んでいく。先輩は目に涙を浮かべながら抵抗していた。

 そうして卵焼きが先輩の唇に触れそうになった時。

 突然地学室の扉が開かれた。

 そこには肩まで垂れ下がるツインテールを揺らしながら立っている女子高生がいた。

 制服のリボンの色を見るに1年生らしい。

 こちらの様子を確認したその子が口を開いた。

 「えっ......何してるんですか?」

 今まで聞いてきた中で、これ以上に冷たい声を俺はしらない。

 「いや、特に何も.......。それより、なんで1年生がここに?」

 俺は先輩の手を解き、一瞬で姿勢を正しながら尋ねた。

 この学校では地学が選択で入ってくるのは2年生からなので、1年生は地学室に用があることがないどころか、その存在すらしらないなんて生徒もざらにいる。

 俺の質問に、1年生の子は首を傾げる。

 「へ?ここって化学室じゃないんですか?」

 さっきのものとは打って変わって甘ったるい声が聞こえてきた。

 「化学室はもう一つ上だよ」

 「あれ、そうだったんですか!?すみませんお邪魔しました」

 そう言ってお辞儀をすると、その子は化学室へ向かっていった。

 赤い顔のままで俯く先輩に、俺はため息を漏らしながら問いかける。

 「で、どうするんですか?この卵焼き」

 「私は......続きをきてほしい......けど」

 なんのマゾヒズムだよそれは、とつっこもうとしたが、どうにも先輩の様子を見るに違うらしい。

 「それって一体どういう......」

 俺のその質問に答えが出される前に、昼休みの終わりを告げるチャイムがなる。

 「やべ、もう行かないと。じゃあ先輩、また明日!」

 俺はそういって弁当箱を手に取り急いで教室に戻る。

 あの1年生が来なければ今頃どうなっていたのだろう。

 その想像に胸を踊らせないほど、俺は子供ではなかった。

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