いとこは結婚できますか?
時燈 梶悟
第1話 日常
俺、
恋愛とは、誰しもが一度は通る道であり、失恋もまた、避けられないものであると。
だから俺が振られたことも、ある意味で考えれば仕方のないこととも言える。
しかし、振られた本人が諦めていないのであれば、それはまだ失恋とは言えないのではないだろうか?
すなわち、俺はまだ失恋を経験していない。Q.E.D.
それはそれとして、俺は今、人生の窮地に立たされている。
いつもよりは気持ち少ない授業を受け、足早に帰宅してきたわけだが......。
玄関の扉を開けるとそこには学校指定のローファーだけがあったのだ!
これではまだこの事態の持つ重要性が伝わっていないだろうから補足しておく。万が一、いや、億が一にも、俺に女装癖なんて言うものはない。
加えて俺は一人っ子であり、姉妹はおろか兄弟すらいない。
つまり、ここから導かれる結論は......あの悪魔が、今俺の家の中に潜んでいるにも関わらず、母は不在であるということだ......!
迂闊だった。今日は春休みが明けて始業式と午前授業だけだったから気を抜いていた。
俺は玄関で靴を脱ぐと、できるだけ音を立てないように忍び足で階段を上り自分の部屋へと向かう。
慎重に扉を開け、部屋にカバンを置き、その中が荒らされた形跡がないことを確認すると身を屈めながら階段を降りていく。
階段を降りて右手にあるドアノブに手をかけると、ゆっくりとドアを押し開けた。
少しできた隙間から顔を覗かせると、開けたリビングが目に入る。が、その中を見回しても、奴の姿は確認できなかった。
おかしい、俺がそう思った瞬間。
背後に突然気配が生まれた。
それに気付いた俺が振り向く間もなく、そいつは......!
「ねぇ、なにしてんの?邪魔なんだけど」
俺の頭にチョップをかましてきた。
「いってぇななにすんだよ!」
俺は目に涙を浮かべながら抗議する。
他人の家に無許可で転がりこみ、その上その家の住人に本気でチョップを食らわせる女。 俺が悪魔と称すそいつは
美鈴は俺のいとこであり、父親同士が兄弟関係にあたる。
昔から家が近かったこともあり、家族ぐるみの付き合いも多かった。
その結果、何かと仕事で忙しい美鈴の両親が不在の日には俺の家でご飯を食べ、そのまま泊まるなんていうことが日常的に繰り返される関係性となってしまった。
ここらで自己紹介をしておこう。
俺は
自慢ではないが、麻井高校の2年生の中でも成績が優秀な方だと自負している。
身長こそ高く170cm後半はあるものの、中途半端に伸びた髪や鋭さのない目元、何とも言えない絶妙なパーツ配置から、あまり女子人気は高くない。
そして俺の抗議に耳も貸さず、我が物顔で我が家のリビングを闊歩しているこいつは俺のいとこであり腐れ縁であり天敵である
俺と同じ麻井高校に通う2年生。そしてクラスも同じである。
本当に父同士の血が繋がっているのか疑いたくなるほどに顔立ちの整ったこいつは、学校でも随一と言っていいほどの人気を博している。
腰まで伸びた長く艶やかな黒髪。平均よりは少し高い身長。出るところは出て締まるところは締まっているスタイル。スっと通った鼻筋にアーモンド型をした綺麗な瞳。何においても完璧に見えるこいつは、麻井高校でも飛び抜けての成績優秀者だ。
全く、こんなやつと比べられ続ける俺の気持ちになってみろって話だ。
ちなみに美鈴の両親が不在の日が多いのは、母親の
その優秀な遺伝子を少しは分けてほしいものである。
対する俺の母親である
父親は
自己紹介も済んだところで、話を戻そう。
絶賛無許可で冷蔵庫を漁り、ソファに寝転びながら俺が楽しみにキンキンに冷やしておいたコーラに口をつけているこいつを許しておくことができそうにない。
「で?今日はなんでいるんだよ」
俺がそう問いかけると、美鈴は横目でチラリとこちらを見て満面の笑みを咲かせながら言う。
「いつも通り親が夜勤なの。だから今日もお世話になります」
「そうやって可愛く言えばコーラ勝手に飲んだことが許されると思うなよ」
俺がそう言うと美鈴は軽く舌打ちをして先程まで浮かべていた笑みを引っ込める。
ばかめ、お前の考えなんて全てお見通しなのさ。
「はいはい、すいませんでした。あとは飲んでいいから許してくださーい」
そういって3分の1ほど飲まれたコーラのペットボトルをこちらに投げてくる。
そして体を起こしウインクしたかと思うと
「か・ん・せ・つ・キッス。だね?」
なんて抜かしやがった。
「誰が喜ぶんだよそれ......」
俺が思わず本音を零すと、美鈴は大声で反論してくる。
「全人類もれなく嬉しいでしょ!ゆーやももっと喜びなさいよ!!」
「うるさいなぁ!そんな大声で言わなくてもいいだろ!?」
なんだこいつ。自己肯定感高すぎだろ。あなたの自信はどこから?私は顔から☆じゃねぇんだよおこがましいよ。
またソファに寝そべったかと思うと、次は着ていた学校指定のカーディガンのポケットから単行本の漫画一冊を取り出した。
「あっ、おいそれ!」
それは昨日発売されたばかりの新刊であり、俺と美鈴が絶賛どハマり中の漫画だった。
刀に呪力を込めて巨人を倒していく異世界転生系のヒーロー漫画なのだが、人気すぎてどこの書店でも品薄状態が続いている。
それを運良く俺は昨日に購入することができ、今日学校が終わってからゆっくりと楽しもうと思っていたのだ。
「待て!部屋に入った形跡はなかったぞ!?どうやって取ったんだ?」
必死に漫画を取り返そうと話しかける俺に、美鈴は軽く鼻で笑うと
「ゆーやの部屋の配置は全て把握しているのさ......」
なんてカッコつけて大してカッコよくもなくどこか変態地味だセリフを返してくる。
いや普通に訴えたら勝てそうだなこれ。
「頼む!昨日早起きして並んだんだよ......!俺に先に読ませてくれよ......!」
俺が涙ながらに必死に訴えかけると、美鈴は漫画を読む手を止めて俺の顔と漫画の表紙を交互に見つめる。
数秒その行為を続けると、美鈴はため息をついて漫画を閉じた。
もしや返してくれるのか......?と淡い期待を抱いていると美鈴は突然ニヤッと笑い
「主人公、死ぬよ」
と言った。俺は一瞬、その言葉を理解できなかったが、漫画のネタバレをされたのだと悟ると美鈴に掴みかかる。
「貴様ァァァァァァァァァ!!!」
「やめろくんな変態!!分かった!悪かったから落ち着いて!!」
数分後、落ち着きを取り戻した俺は、ソファの上で膝を抱えて座っていた。
『主人公、死ぬよ』。この言葉が頭の中をずっと渦巻いて離れなかった。
楽しみにしてたのに......。
今にも闇堕ちしそうな俺の雰囲気を悟ったのか、美鈴は気まずそうな様子で話しかけてくる。
「ごめんじゃん、そこまでダメージ受けるとは思ってなかったというか.......。ほら、これ飲んで元気だして」
そういって俺の前に置かれたのは、ペットボトルの中に満たされたコーラだった。
わざわざ新品を買ってきてくれたのだろう。
俺は思わず吹き出すと、美鈴は怪訝な顔で見つめてくる。
「なによ」
「いーや?俺、お前のそういうとこいいと思う。けど俺は、美鈴の飲みかけがよかったんだけどな」
遠い目で俺がそう語ると、美鈴はまたチョップを食らわせてきた。
「ほんとキモい!そういうとこだからね!?」
先に提案してきたのはそっちだから俺は何も悪くないし、そういうところがなんなんだよ。という疑問に支配されたが、俺は大人なのでここは飲み込むことにした。
「それと、俺の傷をこんなコーラ1本で癒せると思わないことだな」
俺がそういうと、美鈴は何か言いたげな目線をこちらに向けてくる。
「そうだなぁ。何か一ついうことを聞いてもらおうか」
俺のその言葉を聞くや否や、美鈴は両手で自分の身体を包み込むと、ゴミを見る目で俺と距離を取る。
冗談にこれだけの対応をされてしまうと、いくら温厚な俺でも腹に来てしまい、日頃の仕返しの思いもこめて少しだけ遊んでやろうと思った。
俺は身体に添えられていた美鈴の両手を手に取りそのままソファに押し倒すと、美鈴の顔が至近距離にきた。
俺は耳元で「だめか......?」と囁いた。
美鈴も始めこそ抵抗していたが、男子高校生に力では勝てないと悟ると抵抗をやめ、顔を真っ赤に染め始めた。
「だめ......じゃ、ない......けど」
俺はそんな対応をされるとは思っていなかったので狼狽えてしまった。
え、何この雰囲気。なんでお前そんな本気にしてんの?てかもっと嫌がれよ。いやなんで?
予想外の事態に、俺の頭はオーバーヒート寸前だった。
俺が固まって動けないでいると、美鈴は目を逸らし、か細い声で「しないの.......?」と呟いた。
いや「しないの......?」じゃねーよ何言ってんだよ。とは思いつつも、俺の心臓はバクバクと凄まじい速度で脈打っていた。
段々と顔が近づき、互いの息がかかる距離になる。
頬を赤らめたままの美鈴が目を閉じ、俺が自身の成長を確信した時。
玄関の扉が勢いよく開かれた。
「美鈴ちゃんきてるのー?」
母親の声がした。
その声に弾かれたように俺たちは飛び起きると、乱れた衣服を整え始める。
適切な距離を保ちソファに座り直すと同時に、母親がリビングに入ってきた。
「あら?2人で何してるの?なかよしねー」
なんて先程までの状況をしらない母が呑気に笑っている。
荷物を見る限り、買い物にでも出かけていたのだろう。
「あぁ、おかえり。まぁ、ちょっと.......」
俺が誤魔化すように笑うと、母は不思議そうに首を傾げていたが、何かに納得したのか買ってきたものを冷蔵庫に詰め込んでいった。
そういえば、こいつ俺が帰る前から家の中にいたってことは、母が買い物に行ったことも知ってたんじゃないのか?
そう思い俺は隣で背筋を伸ばしたままの美鈴に声をかける。
「お前、そろそろ帰ってくるの分かってただろ。なんで言わなかったんだ?」
こちらを向いた美鈴は「知るか、ばーか」と言って舌を出した。
美鈴の頬はまだ火照ったように赤いままだった。
その日は、ご飯だけを食べて美鈴は帰っていった。
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