第10話 七不思議とか実際聞いたことない
俺、渡里 悠哉は考える。
伝承や噂というものは曖昧であり、不透明なものであると。
人々の間で取り沙汰される伝承というものは、人から人へ、伝言ゲーム形式に伝えられてきたものであり、それは口裂け女などがいい例だろう。
かつて、夜道を歩く女性の身を案じて白装束を着させ頭に蝋燭、手には鎌を持たせたという事実が、口裂け女のモデルになったとされる。
それが現代では、マスクをした長髪の女性が声をかけてくる。なんていう設定が付け足され、さらにはべっこう飴が嫌いだとか、「ポマード」と唱えれば退治できるなどといった脚色がされてきた。
つまり、現代に伝わる「口裂け女」とは人間によって作られた虚構の存在である。にも関わらず、さも実在するかのように人々はその存在に恐怖心を抱く。
だからこそ噂はより強度を増し、その伝染力を増強させていく。
そうして人の口から語られる中で尾ヒレがどんどんと付いていき、果てには原型すらも何も分からないようなものにまで進化する。
そこに人間の意思がある以上、その本質を見抜くことは難しいのだ。
すなわち、伝承や噂というものは人間の思惑1つでどうとでも改変できてしまうものなのだ。
よって、伝承や噂は曖昧であり、不透明なものになってしまう。
Q.E.D.
それはそれとして、俺は今感情の渦のど真ん中にいた。
嬉しいような、残念なような。そんな感情。
そうした不安定な足場にたっている主な原因は、俺が今ショッピングモールにいることだ。
この前蒲谷と来た、あのショッピングモール。
以前蒲谷とここにきた時も脅迫されるのかとハラハラしていたから精神が不安定ではあったのだけど、今回はそういったマイナスの不安定さではなくプラスの不安定さである。
周囲の娯楽施設といえばここぐらいしかないのだから頻繁に利用はするのだけれど、やはりどこに行くかではなく誰と行くかである。
俺は小山先輩とショッピングモールに来ていた。
なんでも、弟の誕生日プレゼントを買いたいのだが何がいいのかが分からないということらしい。
そうして協力者として俺に白羽の矢が立ったというわけだ。
とはいえ、俺自身センスがあるとは思っていないので、あまり力になれるか定かではなかったりする。
人が多く行き交うモール内を、人波に揉まれぶつかりそうになりながらも、颯爽と前を歩く小山先輩の一歩後ろをそそくさとついていく。
先輩がどこに向かっているのかは分からなかったが、先程からどこの店に入るでもなくただモール内を散策しているので、特に目当てのものがあるわけではないのかもしれない。
そうしてどの店に入ることも無く一通り散策し終わったあと、先輩はモール内の至る所に置かれた長いベンチの1つに腰掛けた。
そして自身の隣を手でぽんぽんと叩く。
俺はその意図を汲み取り先輩の隣に腰を下ろす。
「君はさ、ショッピングモールの七不思議って知ってる?」
俺が隣に座ると同時に先輩はそう問いかけてきた。
「詳しくは知らないですけど、聞いたことならありますよ」
ショッピングモールの七不思議とは、地域住民の中で実しやかに囁かれている噂のことである。
営業終了後のモール内で突然蛍の光が流れることがある、楽器屋のピアノが突然月光を奏でる、いつも同じ時間に同じベンチに座っている老人がいる。などなど。
ありふれたといえばありふれたものが七不思議として認知されている。
「じゃあ君は、その7つ目を知ってる?」
先輩はおやつをもらう犬のような、そんな期待を目に浮かべこちらを見てくる。
七不思議として語られるもの自体に明確に番号が振られているわけではないので、7つ目の示す内容がどれに該当するのかは分からなかった。
それを抜きにしても、どれだけ頭を捻ろうと俺の中に浮かんでくる七不思議として語られるものは6つしかなかった。
「いえ、7つは知らないです」
俺は首を横に振りながら答える。
「だよね。実は私も知らないの」
そうして真面目くさった顔で答えるのだから、困惑している俺の方が間違っているのではないかと思ってしまう。
日常会話にしてはオチが無さすぎるし、七不思議について語りたいのであれば知識不足すぎた。
だから俺はなぜ先輩が急に七不思議の話をし始めたのかわからなかった。
そんな俺の様子を悟ったのか、先輩は好奇心に溢れる小学生のような目で俺を見てきた。
「最近挙げられる7つ目っていうのはね、『誰も七不思議の7つ目を知らないこと』なの」
余計訳が分からなくなってしまった。
「それ、矛盾してません?」
『7つ目を知らないこと』が7つ目の七不思議とされてしまうと、俺はそれを聞くことで7つ目を知ることになる。
けれど、俺が7つ目を知ったのであれば、語られている七不思議は嘘ということになる。
だって少なくとも俺はその7つ目を知っているのだから。
俺の返答に、先輩は待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべる。
「そう。矛盾してるの。おかしいと思わない?」
体を前のめりに乗り出して訴えかけてくる。
「そりゃおかしいですけど.......。そんなに大事なことですか?それ」
俺の冷めた返事に、先輩はふんすと効果音が付きそうなほどの鼻息をもらす。
興奮しすぎです。
「大事だよ!七不思議だよ!?うちの学校そういうのないじゃん!ココロオドラナイじゃん!」
音楽は鳴り続けないじゃねーよ。謝れよ。
「あって嬉しいものではないでしょう、七不思議なんてものは」
「けどあった方が面白いじゃん!」
「大体俺はホラー系苦手なんですよ。口裂け女とか、そういうのはできるだけ聞きたくない派です」
「えーなんか意外だなぁ」
ニヤニヤとした笑みでそう言ってくる。
この人の俺に対する印象というのは随分とズレているような気がするのだが。
まぁ不当な勘違いはされていなさそうなのでよしとしよう。
「そんなことより、弟さんのプレゼントはいいんですか?」
俺はどうにかして話を逸らそうと話題を振る。
「んー、あんまりいいのなくてねー」
首を傾げ腕を組みながら悩ましげにそう零す先輩。
「ちゃんと見てなかったでしょ先輩」
「見てたよー!でも君なんのアドバイスもくれないし、いいのなかったのかなって」
俺のジト目にジト目で反抗してくる。
「俺に頼られても何もアドバイスなんてできませんよ。それに、買うのは先輩なんですから、ちゃんと自分がいいと思うものを買ってくださいよ」
「でも私センスないし厳しいかも」
肩を竦めながらそう答える先輩。
あんたの弟のプレゼントなんだから自分で選びなさい。
「俺の方がセンスないですよ。プレゼントなんていうのは貰えるだけで嬉しいんですから、その中身なんてほとんど関係ないですよ。気持ちが大切です、気持ちが」
「ほんとかなぁ」
疑わしげにそう聞いてくる。
実際、物よりも気持ちが大事だなんてよく言われるけど、本当にそうなのか?
下手なプレゼントを貰うよりも現金の方が嬉しいと思ってしまう俺人間が向いていないのであろうか。
「そういえば、弟さんは今何歳なんですか?」
自分の醜い考えを振り払おうと別のことを考えることにした。
「今はねー、中学3年!君の2個下だよ」
「微妙に歳離れてるんですね。最近の若者の流行なんてものは更々分かりません」
「おじいちゃん見たいこと言うね。君も大概若者だろうに」
「先輩よりは若いですね」
俺がドヤ顔をしながらそう言うと、先輩はムスッとした顔を浮かべる。
「1歳差で年齢マウント取られるなんてわたしゃびっくりじゃよ」
「なんで口調そっちに寄せてくるんですか」
「あれちがった?」
なんだかおかしくてお互いの目を見て笑い合う。
「じゃあそろそろ行こうか」
先輩が突然立ち上がる。
「なにか目星つけてたんですか?」
「もちろん、何のために歩き回ったと思ってるのさ」
先輩がさも当然のようにそう言ってのけるので、やはりこの人はどこかズレているんだろうなと俺は再認識させられた。
だってなんも見てなかったじゃんさっき。
「で、何買うんですか?」
俺は半信半疑でそう尋ねると、案外まともな答えが返ってきた。
「ちょっといいボールペン」
まぁ。無難じゃないですか?
そうは思ったが口にすることはやめておいた。
あのあと、フロアにある文具店へ赴き、ちょっといいボールペンを買いラッピングしてもらった。
外に出ると日も傾き始めていたので俺は先輩を家まで送ることにした。
幸い家が同じ方向だったのだ。
自転車を並べ2人で押して帰る。
夕焼けに晒されながら、先輩は口を開いた。
「今日はありがとね」
「いえ、俺も楽しかったですし。弟さん、喜ぶといいですね」
先輩は噛み締めるように、期待するように笑いながら答える。
「うん。そうだね」
なんだかその笑顔を直視できなくて、俺はあらぬ方向に視線を逸らしながら続けた。
「仲、いいんですね」
「そんなことないよ。普通くらい」
「でも、優しいお姉ちゃんじゃないですか」
「なんか、君にお姉ちゃんって呼ばれるの背徳感すごいね」
まじかこいつ。
「感想が変態的すぎるんですが。それにしても、兄弟がいるっていうのは羨ましいです」
「そう?いても影響ないよそんなに」
その言葉とは裏腹に、弟のことを大事にしているのだなぁとはっきりわかる声色で先輩は答えた。
「でも、一人でいるより気楽な気がします」
俺は一人っ子だから、兄弟のいる生活は分からないけれど。
全てを1人で解決しなければいけない孤独よりは幾分楽になるだろうと思って生きてきたものだ。
「君にもいるじゃん、ほとんど兄妹みたいな子」
先輩はニヤニヤしながらそう言ってくる。
やっぱりこの人勘違いしてるよなぁ。
「美鈴のことですか?あれはまぁ家族みたいではありますけど、あれが妹だったら俺は早々に家出するでしょうね」
俺がそう言うと、先輩はおかしそうに笑った。
「はは、無責任なお兄ちゃんだ」
「俺に責任はないでしょう」
「お互い様だね」
そんなこんなで、他愛もない話をしているうちに先輩の家に着いた。
先輩は門を開けながらこちらを振り向き手を振った。
「じゃあ、また明日、学校で」
俺が手を振り返しながらそう言うと、先輩は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「うん。いつものとこで待ってるよ」
たとえ出番がなくても、はっきりと書かれることはなくても、俺と先輩の昼休みの密会は毎日続けられるのだろう。
そんな実感が、俺の胸の中に湧いた。
そしてまた、先輩の笑顔が直視できなくなった。
俺はその感情から目を背けるように、先輩に背を向けて歩き出した。
いとこは結婚できますか? 時燈 梶悟 @toto_Ma
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