第41話 -Side:白面- 不惑 会長様は40代♪(なにか変だぞ)

(まじかよ……)

[なんの冗談よ……]


 同時に俺と白面ルシアの驚愕がシンクロする。

 当然のことながら、俺と白面の心の声が誰かに聞こえる訳はないのだが、イメージ空間で二人して思わず口を両手で押さえていた。

 倉科がこのロビーに現れたのは、それほどに驚く事だった。


「会長自らがこんな乱闘現場に現れるとはどういった風の吹き回しかしら?」


 とっさに皮肉めいた口調で質問を投げる。

 ハッキリ言って強がりなんだが、この場はそうでも言わないと俺の心が落ち着かないからだ。


「いやいや、既に安全は保証されているからね、によって」


 倉科はそう言いながらロバートを流し目で見ながら答える彼の口調はあくまで穏やかだ。

 それに対してロバートは不敵に笑うのみで、何も答えない。


(なんか、倉科に話をさせるために黙っているみたいだな……)


 俺は思わず白面ルシアに問いかけていた。


(ん?)


 いつもなら即座に答える白面ルシアだが、返答がない。

 気になった俺は義眼サイバーアイの映像内にヒトコトヌシのアバター、つまり三頭身にデフォルメされた白面を映し出す。

 そこに表示されたのは考え込んでいるアバター。


(な、何やってんだよ?)


 俺は危うく声に出しかけた言葉を飲み込みつつ、問いかけた。


[いや、なんか違和感がね……]


 そう言うだけで白面ルシアは再び考え込んでしまう。

 違和感ね……。

 俺は取り敢えずその事を気に留めつつ倉科もとへ向かうことにする。


「あの出不精の会長様がわざわざお出迎えとは、どんな無理難題なんだか」


 ロバートも聞こえよがしにそう呟くとスタスタと歩き始める。

 依頼人を挑発する。

 大胆不敵と言うより相手の出方を心得ているのだろう。

 さすがは元顧問弁護士。


「相変わらず手厳しいねロブ」


 倉科もまたそう言いながらルシア達に近づいてくる。

 穏やかそうな笑みを浮かべ、両手を広げる様は実に芝居がかっている。

 営業職としての俺の魂は警告を発している。

 碌でもない案件を振ってくる依頼人クライアントによく見られる所作だからだ。


 もっとも俺はシナリオを理解している俺には、先の展開が読めている。

 死騎士狩りの時のように展開が途中で変わるとしても始めは同じはずだ。

 俺はそう自分に言い聞かせて、リラックスする様に呼吸を整えながら歩く。


「しかし、いいのですか?」


 ふとロバートが倉科に問いかける。

 その間も3人は歩みを止めない。


「旧知の私はともかく、彼女ルシアは狂犬とも言うべき裏社会の犯罪者。彼女を手の届く距離まで近づけて」

「なにをー!」


 ルシアは思わずロバートの方を向く。

 彼は両手をスラックスのポケットに突っ込み、ニヤリとこちらを見ていた。


「いやいや、狂犬は失礼じゃないかロブ」


 そんな挑発も気にすることないと言った風に倉科が答える。


「彼女は縄張りを持つ狼。つまりはその領域内に入らなければ良き隣人だよ」


 その言葉にロバートは「ほう」と少しだけ驚いた表情を向ける。


「いやはや、あなたから部外者に対して肯定的な感想が出るとは」

「なに、実力のある人にはそれなりの敬意を払っているまでだよ」


 明らかに皮肉の混じったろはの言葉を倉科が平然と返す。


[……う〜ん]


 ふと気がつけば、考え込んでいると思った白面ルシアが不機嫌そうにうなっていた。


(どうしたんだよ?)


 思わず小声で聞いてみる。

 心の中たから誰にも聞かれないと分かっているんだが、目の前の2人は察しそうな気がして、自然と声が小さくなった。


[面白くない]

(はぁ?)


 ほおを膨らませながら駄々っ子のように答える白面ルシアに思わず聞き返す。


[面白くないの!こんな化かし合いみたいな話は不毛なの!!]


 その言葉と同時に俺に軽い電撃が走った。


(っ!?)


 痛みなどは無いが、身体が痺れて上手く動かせない。

 これって、もしかして!


「ちょっと!私も暇じゃないの、早く本題に入りなさいよ!!」


 ルシアがいきなり話に割り込む。

 もちろんはそんな意図は微塵もなかった。

 白面が身体の使用権を強制的に乗っ取ったのだと理解した時には、既に白面が行動を起こしたあとだった。


 唐突に響く子供の怒った声に大人二人は振り返る。

 そして、一瞬顔を見合わせると互いに苦笑いする。


「いや〜、申し訳ない。難しい会話だったかな」


 倉科がにこやかに近づいてくる。

 その声は猫を可愛がる飼い主ようだ。


「たしかに小さなレディの前で醜い争いをしてしまったようですね、ミスター」


 ロバートも苦笑交じりに同調する。

 これには俺と少しムカつく。

 二人してルシアを子供扱いしているのだ。


「私は世間話ではなく、仕事の話をしに来たんだから!」


 白面ルシアが俺の想いを代弁する。

 だが、その言葉には僅かに殺気が含まれている。

 普段、くだらない話をしているから忘れがちだが、白面こいつは心の暗黒面を体現している殺戮者。

 職業暗殺者とは言え、根が善性に寄っている碧水ルシアとは真逆であり、気分次第で大量殺人すらやりかねない奴だ。


(少し落ち着け!)


 俺は慌てて白面に注意を飛ばす。


[大丈夫。脅してるだけ]


 間髪おかずに白面が答える。

 どうやら、まだ少しは冷静だと分かり俺は安堵した。


[あまりにムカつく言動を繰り返してきたら、わからないけど?]


 そう言ってデフォルメアイコンが口を歪めて笑う。

 俺はそうならない様に祈りつつ、改めて倉科に意識を向けた。


「こんな状況よ、応接室に行く必要もないんじゃないかしら?」


 閑散としたフロアを指さし、ルシアは倉科に問いかける。

 シナリオが分かっている以上、依頼内容は大体分かるのだが、依頼を受けずに動けばタダ働き。

 それ以上にスポンサーからのバックアップも受けられない。

 ニルヴァーナTOKYOは行政より大手企業の方が力が強い。

 ヤチヨコーポレーションなどはその企業群の中でも最大手。

 そこのバックアップを受けられるのなら、最大限利用する。

 それが裏社会で生きるディストランナーにとっては常識だ。

 ならとっとと話を先に進めてこちらに有利な条件を引き出した上で仕事を受けるのが手っ取り早い。

 だからこそ、早く仕事の話に入りたかったのだ。


「たしかに君の言う通りか……」


 ルシアの言葉を受けてヤチヨの会長様は少し考える、

 だが、すぐに「まぁ、いいか」と一人うなずくと懐からペン状の物を取り出し、手近な壁に向ける。

 倉科がスイッチを押すとペンから光が放たれる。

 その光が壁に当たり、その周囲に空間ディスプレイが表示された。

 かなり最先端技術である空間ディスプレイの生成装置をペンサイズにまでスケールダウンしているヤチヨの技術力には驚かされる。

 もっともそれ以上に、ルシアに言われてその場で話を始める会長の軽さにも少し驚かされたが……。

 ともかく俺達はディスプレイに注目した。


「君達に調査を依頼したい。内容は失踪者の探索で支払いは……」


 倉科はそう言いながらディスプレイ内の情報を操る。

 すると空中に電卓が表示される。

 そこに提示されていた金額。

 それは通常の依頼ビズのおよそ倍。

 俺は確信する。

 これはシナリオ『ニルヴァーナの魔宴サバト』に間違いないと。


 導入部のいざこざがシナリオに無いものだったので、少し不安だったが、ある種の安心を得た。

 例え慣れない白面の身体だとしても、進め方さえわかればなんとでもなる。

 それに……。


 ともかく俺は話を聞きながら依頼内容を確認することにした。


「失踪者の捜索なら警察に任せれば?」


 ロバートが当然の確認を投げる。


「失踪者の中には社員の子息もいるので社としても独自に調査することにしたのだよ」

「まあ彼らに任せたら何されるかわかりませんからね」


 倉科の言葉にロバートは同調する。

 まあ、なら当然の反応だろう。

 警察に知られたくない何かを隠すために、独自に調査するのはよくある話だ。


「でもわざわざ会長自らが依頼を?」


 ルシアはわざとまぜっ返す様に問いかける。

 ロバートが一瞬、怪訝な表情を浮かべる。

 彼も元はヤチヨの人間。

 会長の命は絶対と言う考えは、ヤチヨと袂を分けた今でもどこかに残っているのだろう。


 会長自ら依頼しに来ると言うことは緊急事態なのは暗黙の了解だ。

 ただそれを明示化しないで動けばトカゲの尻尾切りよろしく、都合が悪くなれば切られかねない。

 それを避けるためにも、最低限言質は取る必要があるからだ。

 幸い白面の身体はサイバーウェアが大半を占める。

 当然、義眼サイバーアイ義耳サイバーイアは備わっているので、録画録音はお手の物。

 後は体内かネットワーク上の秘密のシークレットストレージに暗号化保存シーリングしておけばいい。


 それに、もう一つ確認しておく必要がある。

 シナリオを知っている以上、俺は既知のことだが他の誰も聞かされていない倉科ヤツの本当の目的。

 それを直接問いただしては拗れかねない。

 だからこそ、言質を取るというかたちで俺は問いただした。


「そうだな……、君達に腹芸をしても始まらないか」


 少し考えた倉科が呟く。

 やはり倉科と会社のために、いざとなれば煙に巻くつもりがあったらしい。


「もしかして工作員に襲わせた後に出てくるって演出で誤魔化そうとした?」


 ルシアの言葉がフロア内に冷たく響く。


「ああ、それで済むなら安いものだからね」


 しかし、そんな言葉はどこ吹く風と倉科はあっさりと認める。

 これにはロバートも少し呆れた顔をする。

 しかしロバートこいつ、俺が話し始めてから一言も発してない。

 コイツはコイツで油断ならないな。


「それじゃあ腹を割って本当の依頼内容を伺いましょうか?」


 ルシアは子供らしい笑顔でそう返した。

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キャラメで爆誕!!英雄冒険譚(ヒロイック・ストーリーズ) サイノメ @DICE-ROLL

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