第40話 -Side:白面- 不意打ち 幼女を狙う不届き者めっ!?

 思わず叫び声を上げてしまったため、そこにスキを見つけたのだろう。

 近場にいた身なりの良いスーツを着た30代くらいの男がルシアに向かって腕を突き出してきた。


 よく見れば、その手の端から刃物がせり出している。

 指刀スナップレイザーと呼ばれる暗殺用のサイバーウェア!

 俺は攻撃を避けようとする。

 しかし、いつも碧水の身体ではないため、身体がうまく動かない。

 かろうじてしゃがむことで攻撃を避けることは出来たが、そのまま次の行動へつなぐことが出来ない。

 身体の違いがこれほどまでに影響があるとは思いもよらなかった。

 確かに碧水ルシアの身体は成人ゆえ、白面ルシアの身体より俺本来の体格に近い。

 とは言っても頭一つ分くらいは碧水の身体は俺より低い(現実世界で並んで歩いた時の感覚より)。

 その身体を問題なく扱えたのだから、こちらでも上手くやれると思ったんだがな……。


[まったく、身体の制御は私に任せなっ!]


 白面ルシアの声が耳を打つ。

 確かに今は白面AIの制御で身体を動かしたほうがいい。


白面ルシア、頼んだ!)


 俺は素早く支援AI『ヒトコトヌシ』を呼び出して身体制御を移譲する。

 同時に俺の身体から力が抜けていく感覚に襲われる。

 倦怠感と言うより身体がスッパリと失われたような感覚。


(クッ!)


 以前の異分士アウターサイズインベーションとの戦いで受けた喪失感を思い出し、俺は一瞬身震いする。


[落ち着け。身体の機能を一部移譲するだけで無くなるわけではないわ]


 白面がフォローを入れてくる。


(分かってる!)


 俺は叫ぶように意思を返す。

 そもそもこの身体は白面の物。

 移譲ではなく返還に近い。

 俺は必死にそう納得させると、身体の力が抜ける様な感覚を覚えた。


 次の瞬間、ルシアの身体が動きを変える。

 うずくまった状態から、右足で地面を蹴る。

 その勢いのまま、先ほどの男へと突進し肩から体当たりを食らわせる。

 狙いを定めた一撃は確実に男のみぞおちに肩を食い込ませる。


「ぐぅっ!?」


 男がうめき声と共にかがみ込む。

 ルシアはぶつかった反動を利用し身体を後方に回転する。

 そして回転の遠心力が加わったかかとを問答無用と男の無防備にさらされた首筋へと叩き込んだ。

 荒事に慣れた工作員とは言え、この一撃は耐えられずそのまま床へと倒れ込む。


 俺は倒れた男の背中を踏み台に飛び上がる。

 その高さは3メートル近い。

 この高さならフロア内の目標を一望できる。

 敵の数は残り5人。それらを全て把握した。


 だがそれは敵側も同じ。

 敵から見れば、背が低く狙いにくかった目標が空中に飛び上がった事で、格段に狙いやすくなった。

 一斉に引き抜かれる銃器。

 ある者は懐から一般的な拳銃を。

 別の者はカバンに偽装した軽機関銃サブマシンガンを。

 はたまた腕に仕込んだ散弾銃。

 敵達は一様にルシアへと狙いをつける。

 しかし、ルシアはニヤリと幼女とは思えない凄絶な笑みを浮かべ叫ぶ。


自動照準スマート・ロックオン!やっちまいなっ!!」


 その言葉に反応した黒服の従者、いや墜とし児が跳ねるように動き出す。

 いつの間にか手に持った短刀ドスが宙に剣閃を煌めかせる。

 ……その輝きは何故か黒い光のようだったが、気にするまい。


 ともかく堕とし児が剣閃と共に駆け抜けた後、敵の獲物は地面へと叩き落され、また仕込まれたサイバーマウントガンはその銃口をねじ切られていた。


(さすがにやるもんだな、『配下への指示』か。)

(当然!)


 俺は思わず感嘆をもらす。


『配下への指示』


『盟主』のクラスが持つランナースキル。

 つまりはクラス固有特技の1つだが、これは配下にいるNPC(白面の場合は堕とし児)を即座に能動的行動をさせる物だ。

 そして自動照準による命中ボーナスや、堕とし児自身の保有スキルを組み合わせて、周囲の敵集団モブを倒した訳だった。


 堕とし児の目と白面じぶんの目で周囲を警戒しながら着地。

 一応、無力化したとは言え、まだ敵はまだ生きている。

 不意に飛びかかってくる可能性もある。


 ピンッ!


 不意に頭の中、イヤ『ヒトコトヌシ』から警告音が発せられる。


(まだ敵が残っている?)


 俺は心の中で白面に尋ねる。


[これは違うわ……]


 白面が慎重な声色で返す。

 違うってことは何が起きた?


[メールの着信?]


 その答えにガクッと膝から崩れ落ちる。(いや実体がそうしたのではなく、あくまで心の中でだけど)


(メールの着信なんて拒否しておけよ……)


 俺は呆れ気味に返す。

 だが伝わってくるのは白面ルシアの焦りだった。


[もちろん着信サーバーとのリンクは切っているわよ!……いや、これ直接メッセージが送りつけられている?]


 短距離での端末間のダイレクトメッセージは現実でも有る技術だ。

 それ自体は驚くことではない。

 だが問題はメッセージを送りつけてきたのかだ。


 次の瞬間、目の前にメッセージが表示される。

 そこには、いくつもの罪状が証拠写真で記載されている。

 その内、いくつかは覚えの有る内容だった。


「諸君、争いはそこまでだ」


 突然、ロビーに声が響く。

 俺はその声に振り向こうとした。


[ストーップ!!]


 AIルシアが強制的に体の動きを止める。

 そこで俺は思わず、白面に厳しい口調で問いかけた。


(な、なんだよ!)

[メッセージの内容、よく見てみな]


 俺の抗議に対し白面ルシアが冷静に切り返し、先程のメッセージの一部を拡大表示する。

 正確には「意識をそのメッセージに集中させた」が正しいんだが、俺の認識としては拡大表示したと感じた。

 そして、強調された箇所には一つの警告文が記載されていた。


『内容が理解できた方は行動を謹んでいただきたい。なお従わない場合は、即刻提示した内容を公安警察機動警備隊へ通報するので、よく考えて行動されたし』


(……機動警備隊って機動警備隊だよな?)


 その文章を把握した俺は思わず白面の方を向き確認する。


[そ、泣く子も黙る、国家所属の法外治安組織のね]


 中空に浮かぶ白面ルシアが短い腕を上げ、まるで『お手上げ』のポーズをしながら答える。

 俺はその姿を見て、短くため息をつくとAIに従った。


 見える範囲で周囲を見渡せば、敵さんたちも同様に動かない。


「今送った物はあなた達の個人証明と犯罪履歴及びその証拠。これは各個人宛に別々に送ってあります」


 静まりかえったフロアに声が響く。

 この声は間違いなくロバート。


「もし我々に危害を加えるのであれば、即時に公安警察へ全データが送信されます」


 チャキッ


 話を続ける中、どこかで小さな音が響く。

 次の瞬間、「ぐぅッ」という押し殺した悲鳴と何か柔らかいものがぶつかる音がする。


「私も元は公安の人間だ、貴方達よりは劣るとは言え見くびらないで頂きたい」


 ロバートの言葉が少し強くなる。

 ルシアの背後で一体何が起きてるんだ?


「ともかく、今は未遂なのでカウントはなしとしましょう。貴方がたも公権力に介入されるのは嫌でしょ?」


 独演会を続けるロバート。


「公僕が我らヤチヨに逆らえるものかよ……」


 それを遮るような低いうめき声。

 同時にルシアの周りの人物たちが劇的に顔色を変える。

 それは恐れではなく焦り。

 動くことを許されない状態なので声に出せないが、うめき声に対して一様に焦りを覚えているようだ。


「おや?企業内法コーポレート・ロウの事を言っておられるのか?」


 ロバートが少し小馬鹿にしたようにうめき声に答える。


「確かに企業の私有地内は治外法権。企業の決めた社則こそが絶対の法……」


 言い含めるようにロバートが続ける。


「しかし、法を破壊する法権力も存在する」


 この場にいるほとんどの者がその存在を熟知している。

 すなわち……


「『公安警察機動警備隊』。彼らは必要とあればこのビルを爆砕しズタボロの君たちの遺体を裁判にかけることすらいとわないだろう」


 奴らはそういう側面も有る。

 もっとも正確には彼らの行動は法律に則ってはいるが、その根拠となる法律が無法そのものなだけだが……。


(ゲーム用設定だから「無茶しやがる(笑)」で済んでいたけど、現実にあるときついな……)

[あんたにとってはゲーム内設定かもしれないけど、少なくとも『ニルヴァーナTOKYO』に生きる人間、特にランナーにとっては避けようのない現実よ]


 俺の呟きに白面がいつになく真面目な声で答える。

 ああ、白面たちはこれを現実として生きてきたんだな。


 ……しかし、ゲームと異世界はどこまでシンクロしてんだ?


「そ、それがどうしたっ!」


 俺の思考が横道にそれようとした時、不意に大声が響く。

 どうやら先ほどの男が叫んだらしい。

 無様に這いつくばっている状態はずの言葉は虚勢なのか、苦し紛れなのか分からなかった。


「迂遠に伝えても理解できないか……」


 ロバートがため息混じりにそう言った。

 次の瞬間、それまでの様な穏やかな語りかけが変わる。


「いくら企業内法に守られているとは言え、外で指名手配された工作員エージェントに何の価値があると思っている?巨大企業は有用な人物を保護するが、裏返せば無能者は即排除の倫理だ」


 強い断定口調で言葉を放つロバート。

 それはさながら三文裁判ドラマで、被疑者を糾弾する検事を思い起こさせる。

 まぁ、ロバートは検事でないにしても、の人間だったのだけど。

「既に減点対象なところに、公に犯罪者の烙印を押されれば企業ヤチヨ上層部、いやはどう考えると思う?」


 あえて管理部門を上げるか……。

 ある意味、企業勤めとしては雲の上の上層部より、直接関係のある管理部門にマイナス印象を持たれる方がキツイ。

 俺もリアルであんな事を言われたら、動揺しまくりだろう……。


 パチパチパチ


 俺も内心で少し動揺した事で、反応が遅れた。

 不意にぞんざいな拍手と共に、フロア内に新たな気配が1つ増えていた。


「さすがですな交渉屋」


 その気配は感情の乗らない低い声でそう言った。


交渉屋の呼び方は止めて頂きたいな、ミスター」


 ロバートもその声に答える。


「ここは、私の顔に免じて彼らを解放してくれませんか」


 相変わらず感情のない声だが、幾分柔らかい言い方になる。


「わかりました。大方この茶番、を行ったというところでしょう?」

「理解が早くて何より」


 気配のその言葉を合図に目の前に表示させていたメッセージが消滅する。


[念の為、ダストシュートも確認したけど、完全に消去されている。動いても問題ないよ]


 すかさず白面が報告してくる。

 その言葉と同時にシステムによって拘束されていた身体が動かせることを確認した。

 そして、まずはロバートの方を向く。

 彼はルシアの方とはまったく異なる方向を向いていた。

 その顔は余裕の笑みを浮かべているようにも見えるが、よく見れば目は笑っていない。

 俺もロバートの視線の先へと目を向ける。


(まじかよ……)

[なんの冗談よ……]


 同時に俺と白面ルシアは驚愕した。

 そこに立っていたのはヤチヨコーポレーションの会長『倉科智くらしなさとる』その人だったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る