ねぇ、本読んで

尾八原ジュージ

ねぇ、本読んで

 何年か前のこと。某市在住の子持ちの男性と結婚した若い女が、まだ幼い継子を死に至らしめたうえ、その死を隠蔽しようとした事件があった。

 夫が長期の出張に行っていた間、女は継子の世話を一切しなかったばかりか、空調のない屋根裏部屋に押し込んでおいた。そのため、継子は暑さと渇きで死んでしまったという。

 女は動かなくなった継子を病院に連れて行こうともせず、屋根裏にあった大きな木箱に押し込むと、その上から布団を詰めて隠した。

 事件は、腐敗した遺体が放つ臭いによって発覚したという。


 逮捕の前日、女は近所の書店を訪れていた。

 当時書店に勤務していた男性によれば、彼女は絵本や童話集、少年漫画などを何冊も買っていったらしい。

「うちの息子が、本を読んで読んでってうるさいものだから」

 レジに立っていた男性に、女はかすれた声でそう言った。「うちにある子供の本はもう全部読んでしまったから、新しいのを買いに来たの」

 そう呟く女の全身からは、すでに腐った肉のような悪臭が漂っていたという。


「近所の家から異臭がする。子供の姿を何日も見ていない」

 という旨の通報を受けた警察官が、その家の大家と共に屋根裏部屋に入ったとき、女は遺体の入った木箱の正面に椅子を置いて腰かけ、無表情で絵本を読み上げていたという。

「それで結局、その借家は取り壊したの。いい家だったから残念だったけれど」

 大家の女性はそう話す。

 専門業者に依頼して家全体を清掃させ、臭いや汚れはどうにか消すことができた。だが夜毎聞こえる「ねぇ、本よんで」という子供の声だけはどうしようもなかったので、取り壊しを決定したという。

 現在、その家があった場所は駐車場になっている。

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ねぇ、本読んで 尾八原ジュージ @zi-yon

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