第16話 実家に帰らせていただきます!


「しかし……。レイラは本当にそれで良いのか?」



 アルフォンスが心配そうにレイラに聞いて来た。



「え? 私、何か関係あります? コレは王妃殿下とご家族……、いやご夫婦の問題でしょう? 私、そういうドロドロはイヤなんで」


 レイラは最後は心底嫌そうに言った。


「いや、今レイラは王妃殿下に罪を着せられようとして……」


 先程の事を気にもしていない様子のレイラにアルフォンスは驚きつつ更に尋ねた。


「え。……ああ、さっきのアレですか。大丈夫ですよ。罪、着せられなかったでしょう? 王妃殿下が何かを考えて私を呼ばれたのだろう事は分かっていたので。

……それに、私の母の事も知っているかもとは思ってましたから……。私がした訳ではないですけど王妃殿下にはコレで母の借りは返せたかなと思ってます」


 ヴェルナーはそれを聞いて切ない気持ちになった。


「レイラ。少なくとも君はそれに対して何も気に病む事は無い。レイラは私の大切な……妹だ。……母を、許して貰える事はありがたいが……」



 いい加減な父の為に、苦労してきた『妹』。出会った時から感じていた彼女に対する溢れるような好意。コレは血の繋がった兄妹だったからなのか……。

 ヴェルナーはそれに対して納得しながらもなんだかまるで失恋したかのような、そんな複雑な気持ちに苛まれるのだった。


「ヴェルナー殿下こそ、私をそんなに気遣ってくださらなくとも大丈夫ですよ? 私は母の事好きでしたけど、でも随分ロクデナシに捕まっちゃったんだなぁ、若い時ってやたらと夢見たり失敗とかしちゃうんだなぁとしか思ってなくて。……少なくとも私の中に負の感情はないんですよ。そして私の知ってる母も、若い頃の事は『馬鹿やらかしちゃったわ』って言って笑ってましたしね」


 レイラが肩をすくめてそう言うと、王妃が反応した。


「……それは、誠か……?」



「はい。……まあ『祓い師』なんて仕事は職業柄普段から色んな人の負の部分を見る事が多いんで、特に自分の中では溜め込まないようにする習性があるんですよ」


 それを聞いた王妃は、憑き物が落ちたように呟いた。


「……そう、か……。私は若い頃からの陛下への恨みつらみが降り積もりどす黒い恨みの塊になってしまった。なんと愚かな事であったのか。

……しかし、私はもう陛下と共に生きる事は出来ぬ。……もう、疲れたのだ。この闇から解放されたい。それだけじゃ」


「……では、ご実家に帰られるのはどうでしょうか?」



「「「……え?」」」


 レイラの言葉に、またしても3人の声が重なった。



 ◇



「王妃よ。本当に行くのか? 静養ならば離宮ですれば良いではないか……」



 王妃殿下の実家であるブレドナー公爵家への出立の朝。またしても国王は王妃を引き留めようと声を掛けた。


「父上! まだ仰っておられるのですか? あの『呪い』を受け母上は心身共に弱っておられるのですよ? そもそもがどうしてこのような事になったのか父上にはもう一度じっくりとお考えいただきたい!」


 第二王子ヴェルナーが父である国王を睨み付けながら言った。途端に国王は苦い顔をする。


「……それは、悪かったと思っておる。しかしそのような事が起こるなどと思わぬではないか。それに王妃に出て行かれては、私の『愛妻家』としての評判が……」



 あれから、王妃にかかった『呪い』は今まで国王が手を出して来た女達の怨念が寄せ集まって出来たもの、とされた。

 まあ実際、あの『呪い』の指輪は本当に昔王妃宛に贈られたモノ。それをヒース卿が封印して保管してあったのを再利用したのだから、あながち間違っては居ない。


 そして王家お抱えの『祓い師』で牢に入れられていたヒース卿。彼は王妃の身を案じ過ぎ一時暴走しただけで、その『呪い』を『魔除け』の腕輪によって抑えていた功労者と認められ牢から出され身分も回復した。



 これまでの国王の浮気癖は身近な者は知っていたが、今回の件でかなり広い範囲にまで人々に知られる事になった。王妃は深く同情され、国王はその信用を落とし冷たい目で見られる事になった。


 そしてその為に今回の被害にあい、心身共に病んだ王妃が『静養』という名目で実家に帰るのを止められるはずもない。これから人々の国王を見る目は益々冷たいものになるだろう。もしそこでまた浮気などしたなら、国王の立場はなくなってしまうに違いない。



「……ここに来て、まだご自分のお立場が大事なのですか! そんな陛下の為に『呪い』にかけられた母上が本当に気の毒でなりませんよ」



 普段父の行いに余り口を出さないフィリップ王太子からもキツく言われ、子供達から汚いもののように見られて国王は更に肩身の狭い想いをするのだった。



「……陛下。私は此度の呪いの件で特に信頼するに至ったヒース卿の守りを得て、実家でじっくり静養して参ります。

もう、貴方がどこで何をしようが、私は全く関知いたしません。ご自分の自由に生きてくださいませ。私もこれからは貴方から解放され、自由に生きたいと思います」



 今生の別れのような王妃の言葉に国王は慌てるが、もう後の祭り。今まで散々自由を謳歌し王妃や女性達を苦しめてきた国王は、それから後は女性から相手にされる事はなかった。



 ◇



「……上手くいきましたね」


「……ああ。本当に。レイラの『実家に静養に行きます』作戦は見事成功だな」


「ふふふ。ご近所の奥さんもよくそれをやるんですよ。ご近所夫婦は本来仲がいいのでそのあと旦那さんが実家に迎えに行って仲直り、なんですけどね。

……アルフォンス様。ちなみに、『あなた! 私実家に帰らせていただきます!』作戦ですよ?」


 レイラの真剣な顔と裏腹な若干ふざけた作戦名にアルフォンスは苦笑した。


 

 ……数日前。

 王妃がレイラを嵌めようとしてからの、罪の告白。レイラは敢えてその罪を公表せず、心を病んでいる王妃の願いを叶えそもそもの原因である国王に痛い目に合ってもらう、『あなた! 私は実家に帰らせていただきます!』作戦を提案した。



「……え? 何その下町の夫婦喧嘩みたいな作戦」


 アルフォンスがレイラに呆れたように見て言った。


「そうだよ。王妃である母が平民や普通の貴族の夫婦のように実家に帰るなんて不可能だよ」


 ヴェルナー王子もレイラを説得するかのように言った。


「……いえ。今ならば可能です。まず初めにそもそも今回の『呪い』の原因を全て国王のせいにするんですよ。国王が今まで弄んだ女性達の『呪い』が王妃様にかかったと公表するんです。そしてそれが原因で体調を崩した王妃様は『静養』の為に実家に帰るんです。……いけそうでしょう?」


 レイラは3人を見ながらドヤ顔で言った。


「……確かに。父上のせいでかかった『呪い』で体調を崩した『静養』ならば不自然じゃない、か。国王も周囲も止めにくいだろう。王妃としての仕事は義姉上がなさるだろうし」


 ヴェルナーは頷いた。


「そうですね。それならば我が公爵家も王家と対立する事なく叔母上を受け入れられる」


 アルフォンスも叔母である王妃の願いを叶えるべく今後の事を頭で算段し出した。


「それならば……。どうかヒース卿も牢から出して連れて行かせてはもらえぬか。彼だけが牢で捕らえられているのが申し訳なく苦しいのじゃ……」


 王妃は泣きそうな顔で懇願した。


「ええ。大丈夫だと思いますよ。ヒース卿はあの『魔除け』の腕輪でなんとか王妃様のお命を繋ぎとめた英雄とすればいいんですよ。あくまで私はあの『指輪』の呪いを解いただけ。王妃様はヒース卿のその力に感謝してご実家に連れて行くという事にすれば!」


 レイラがそう言うと、王妃は涙を流して喜んだ。

 ……なんだかんだと、この2人は深く想いあっていたのかしらね。だからこそこんな無茶な計画にヒース卿は加担したんだわ。……王妃様を愛していたから。




 そんな訳で決行された『あなた! 私は実家に帰らせていただきます』作戦は見事に成功したのだった。





 ……そしてその後隣国では、隣国の王妃の失脚を狙った側妃とそれを支持する貴族が密かに処罰された。


 隣国の国王に今回の『呪い』に関わった側妃達の企みを報告した事で、互いの国の関係が悪くならないようにと速やかに内密に処理される事となったのだ。

 ……そもそも今回のことの発端は、我が国の王妃を熱く見詰めるヒース卿の想いに気付いた隣国の側妃が、ヒース卿に『王妃への想いを叶える方法』として持ち込んだ計画だったという。



 ヴェルナー王子が中心に隣国の国王に直接働きかけ、今回の件は両国に非はあったものの多少はこちらに優位に解決する事が出来た。とりあえずは国同士の問題はそれで内々に解決したのである。



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