第6話 〜side アルフォンス〜


 ……ふーん。子爵から『生意気な小娘』だと聞いたけど、なかなか面白い娘だね。


 馬車の中で事情を話した後、こちらを睨みながら警戒しているレイラの様子を見て野生の子リスを思い出してアルフォンスは思わず微笑む。




 ……事の始まりは先月の終わり。


 従兄弟ヴェルナーからの相談だった。



「……叔母上が?」


「……そうなのだ。少し前に献上された指輪『女神の涙』を手にされてから母上はずっと伏せっておられる。母上を深く愛される父上も心配され政務も滞る程なのだ……」


「今日陛下のお顔の色が悪かったのはそういう訳か……」


 アルフォンスの父の妹はこの国の国王に嫁ぎ王妃として2人の王子と1人の王女に恵まれ幸せに暮らしていたはず。その叔母の不調を聞き驚く。


「それは、『呪い』ではないのですか? 今までにも王家を呪おうとする不届き者はいたでしょうが、今回は何故それを許してしまったのか……。その『女神の涙』とやらを献上したのは何者なのですか?」


 この世にはとても身近に『呪い』が存在する。そしてそれに頼る者のなんと多いことか。

 その標的になる可能性の高い王家では当然その呪いの対策をしてきたはずだ。そして王家お抱えの『祓い師』もいるはす。

 それに何よりも、そんな怪しげな献上物をしたのはどこの誰なのか? とアルフォンスは従兄弟であるヴェルナー王子に問うた。


「それが……。実は隣国の王妃から贈られてきたものなのだ。ところが後で確認すると隣国の王妃はそんな物は知らないと言う。それを預かり持ってきたのはドルトー侯爵だ。今はどこでどうやってそれがやってきたのか経緯を調査中だ。

それよりもまず母上の呪いを祓うべく動いているのだが、どうもそれが……」


「隣国の王妃にドルトー侯爵ですか……。それに王家お抱えの祓い師でも解呪出来ない、という事なのですか……」


 現在隣国との仲は良好で王妃同士も歳も近く良き親交があると聞く。そしてドルトー侯爵は実直な王家派で有名な人物、更にその嫡男には王妃の娘である王女が嫁いでいる。

 このどちらも『呪い』などかけそうにはない。……何者かがその合間に入ったのだろうか?


「侯爵が隣国に行った際、王妃からだとあちらの貴族に渡されたそうなのだがその貴族の名を挙げても隣国にはそのような者はいないというのだ。隣国でも自分の国内でそのような事が起こった事で驚き謝罪を受け、更に隣国お抱えの『祓い師』もやって来たのだが……」


 ヴェルナー王子は表情を曇らせた。


「隣国お抱えの『祓い師』でも呪いを解除出来ない、という事ですね……」


 アルフォンスは確認の為にそう言ったが、従兄弟が暗い表情で頷くのを辛い気持ちで見た。



 ……彼ら2人は幼い頃から仲が良い。25歳のアルフォンスと同い年のヴェルナーは立場は違うながらもずっと親しい友人のように接してきた。

 そしてお互い社交界ではイケメンの優良独身男性とあって周囲から注目を浴び、更に今は2人共親からは早く結婚をとせっつかれている仲間だ。この国では男性は20代前半位で結婚する。ちなみにアルフォンスの2歳上の第一王子フィリップ王太子は既に結婚して王子と王女がいる。



「……それならば、我が国の各地に住む腕利きの『祓い師』を集め試させようではありませんか。なに、我が国には沢山の優秀な『祓い師』がいる。中には隠れた才能の持ち主がいるかもしれませんよ」


「……そうか、そうだな。よし、近辺の街々の領主に各地の優秀な『祓い師』を集めさせよう! アルフォンス。君にも頼めるか」


 やるしかない、と決意したヴェルナー王子はそう言って動き出した。その様子を見たアルフォンスも早速領地の優秀な『祓い師』を集めたのだったが……。



 ◇



「……誰一人?」


 アルフォンスはヴェルナー王子にもう一度確認した。


「そうだ。誰一人として我が母の呪いを解ける者は居なかった。そして国1番の医者に診せてはいるが、母上は更にやつれて深刻な状態なのだ」


 前に会った時よりも顔色が悪いヴェルナーを見て、アルフォンスも心を痛めた。アルフォンスの領地の目ぼしい『祓い師』も何人も連れて行ったが悉くダメだった。


「悔しいが、母上はもう起き上がる事は出来ないだろう。とりあえずは『女神の涙』を魔法使いによって封印させようとはしたが、どうしても母の指から離れないのだ」


「ヴェルナー……」



 落ち込む従兄弟を慰め王宮の廊下を歩いていると、前から貴族達がやって来た。

 聞けば王国に住む小さな街の『祓い師』にも声をかけて回っているという。そしてブレドナー公爵家の領都から少し行った小さな街にも最近成り立ての優秀な『祓い師』が居るという。


「……いや、しかしあの街は我が領都の外れにあるほんの小さな街で、あんな小さな街の1番と言われても……。しかも『祓い師』に成り立ての若者を王妃殿下に会わせるなどと」


 そんな小さな街のしかも成り立てで経験も浅い『祓い師』にいったい何が出来るというのか。


「今は、ほんの僅かな可能性にも賭けるべきなのです! 私がその者を連れ出して参りましょう!」


 そう勢い立つ1人の子爵にとりあえずは一任したのだが……。



 ◇



「……信じられませんッ! 最近の若い者、田舎の小娘はなんと小生意気なのか! 王家の使いである私に『面倒だ』などとのたまったのですぞ!?」


 アルフォンスが領都の屋敷に戻ると先日見た子爵はそういきり立ってやって来た。


 かくなる上は騎士か権力を使ってあの小娘を! と大人気なく叫ぶ子爵を宥め、自分の領民でもあるのだしと、アルフォンスが自ら出向く事にしたのである。



 領都から馬車で約30分。小さな街の小さな商店街の外れ。

 そこに『この街1番の祓い師』の店はあった。周りにはよく似た作りの店が幾つか立ち並ぶ。どうやら店舗兼自宅のようだなと考えながら、2階に干された洗濯物を眺めながら扉をノックした。


 ……そこに居たのは。


 サラサラの銀の髪に薄紫の瞳の、王都でもなかなか居ないかなりの美少女。

 おそらく学園を上がってすぐ位の年頃と見て、報告の通りならこの娘が『この街1番の祓い師』かと、ついマジマジと見てしまった。こんなまだ年若い少女が1人で『祓い師』をしているとは驚きだ。


 彼女は営業スマイルで対応したが、どこか警戒しているのを感じた。まあこちらを見て貴族だと分かっただろうし、昨日も貴族が来て揉めたのだからその関係者かと勘繰るのは当然か。


 こちらも腹を読ませない貴族スマイルで応じ、とりあえずは和やかに依頼の話を始めた。……しかしすぐに彼女の本来の姿が顔を出す。貴族相手にも嫌そうな態度をとる。コレで昨日あの使者を怒らせたのだな。


 しかし彼女……レイラの言い分は分かる。

 この王国の優秀な祓い師を以てして叶わなかった、やんごとない身分の者の『呪いの解呪』。それを祓い師になってまだ日の浅い彼女にやれと言うのは酷な話ではあるのだろう。


 それに、祓い師は腕が良く店が流行っていれば案外儲かる仕事なのだ。軽くかけられた呪いでも3万~5万トル(1トル=1円)の報酬が見込めると聞く。小さくとも街1番の『祓い師』ともなればおそらくは依頼も多い。出来るか分からないのに往復だけで4日もかかる仕事に補償も無しで来いと言うのは随分な損失となる。


 だから、とりあえずは金額の補償を申し出た。おそらく昨日の使者は『やんごとなきお方への仕事だから文句を言わず速やかに来い』くらいの勢いで少女に依頼したのではないか?


 案の定、少女は考える素振りを見せた。そこで今を逃せば更に強硬な使者がくるかもしれないと匂わせると王都へ来る決意をしてくれたようだ。

 私は少女の気が変わらぬうちにとさっさと出発する事にした。


 王都へ向かう馬車の中でも少女は何かとこちらに噛み付いてくる。子リスなどの小動物が警戒剥き出しで向かって来ているようでなかなかに可愛い。



 ……私はこの依頼が終わってもこの娘をそのままちゃんと自宅に帰してやるかを迷っていた。

 

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