第2話 友人の心配


「レイラ、この前はありがとう! 父さんも母さんも凄く感謝してたわ。……まさかあの宝石に呪いがかかってたなんて思いもしなかったもの。家族の体調不良も家の怪奇現象も治まって、ホントレイラ様様よ!」


 レイラの学生時代からの友人アマンダ。

 彼女の家は裕福な商家なのだが、最近家族全員が体調不良となり屋敷ではおかしな音がしたり物が落ちたりと不審な出来事が続いていた。コレはおかしいとレイラに相談されたのだ。

 レイラがアマンダの家に行くと、最近買い付けたという恐ろしげな力を発する宝石に気付き『祓い師』としての仕事をした、という訳だ。


 当然『仕事』なのできちんと料金はいただいている。



「……仕事なんだから当然の事よ。それにこの依頼は由緒正しき『呪い』だったからやり甲斐があったわ」


 レイラの淡々とした答えの中の意味不明な言葉にアマンダは「?」となった。


「? なに? 『呪い』に由緒とかある?」


「ええ。生き霊とでもいうか、男女関係の痴情のもつれからのドロドロの『呪い』は本当、私的にいただけないから。それに比べてアマンダの所は美しき宝石に宿った故人の純粋過ぎる思いからの呪い……。素晴らしかったわ」


 そう言ってあの宝石に宿った『呪い』を思い出しながらウットリする友人を見てアマンダは苦笑する。


「あぁ……。またあれからそういう生き霊の依頼があった訳ね。でも世の中の『呪い』なんて圧倒的に生き霊系の方が多いんじゃないの?」


 人への恨みつらみ、妬みや被害妄想、案外身近な者からの『呪い』も結構ある。この友人がイヤそうに零していた事をアマンダはよく覚えている。


「そうなのよ! 全くもってけしからん事だと思わない? 呪うほどの思いは直接本人にぶつければいいのよ! 自分も相手も生きてるんだから! それを呪いなんてネチネチした方法をとるなんて……! それに『人を呪わば穴二つ』。結局のところは自分にも返ってくるっていうのに」


 レイラは思う。

 ああいうドロドロとしたどす黒い生きた欲の塊は苦手だ。そして呪いとは実は呪いをかけた側にも悪影響がある。呪いをかけられた相手だけが苦しむ訳ではないのだが、それを分かっているのかいないのか呪いをかける人間は後を絶たない。

 ……そうして人を憎み続ける事で結局は自分がかけた呪いに自らが捉われてしまう。呪いをかけて幸せになる人など居ないのだ。


 それに比べて過去の人間のかけた呪いの凄惨で残酷で美しいこと!! 一つの想いだけが強く残る故人の呪いは余計な欲などが無いのだ。


 レイラは祓い師をしていた先代である母の仕事ぶりを間近で見て育った。

 そしてその時見た古代の呪いの美しさに魅入られた。そしてそれを一つ一つ丁寧に解呪していく母の魔力の美しさと手腕を見て、いつか自分も母のようになりたいと強く願ってきた。


 その母は2年前に亡くなり、半年前まで学園に通いながらも『祓い師(研修中)』として少しずつ仕事をこなし、学園卒業後正式な『祓い師』として独立した。


 別に『祓い師』には国家資格がある訳ではないので、誰でも自称『祓い師』として仕事は出来る。しかしやはりこの仕事は『信用第一』。口が固く、そしてある程度仕事の実績がある者しか続けてはいけない。だからこの仕事は世襲が多い。新参者にはそもそも依頼がこないのだ。


 その点レイラは母がいた頃からその手伝いをしていてその腕は皆が分かっていたし、母が居なくなった後の仕事ぶりもその母に負けない素晴らしいものだった。


 だから、正式に仕事を始めて半年ほどで、母も持っていた『この街1番の祓い師』の称号を手に入れたのだが。


「レイラの、仕事の選り好みし過ぎというか嫌な事は嫌とハッキリ言いすぎる所が心配なのよねぇ……」



 ……そう、レイラは基本イヤな仕事はしない。それでもやれというのなら2、3倍の料金をいただくというスタンスでも既に有名である。

 まあそれがイヤならば違う所に依頼すればいいだけなので今のところはトラブルにまではなってはいない。そして腕だけは飛び抜けて良いのでそれでも依頼は絶えない。今のところレイラに解けなかった『呪い』はなかった。


 

 アマンダはチラリとレイラを見る。

 小柄だが華奢な手足は長く、サラサラの肩より少し長めの銀髪にパッチリとした二重の薄紫の瞳。守ってあげたくなるような美少女ではある。

 ……が、話すと彼女は結構毒舌なのだ。一見優しげな物言いから何を言われているのか理解するまでに時間がかかり、気付いた時にはその美しい瞳に見つめられ文句も言えない……。


 そんな風に、学生時代は特に大きなトラブルもなく過ぎた。美少女であるレイラに言い寄る者もたくさんいたが、本人はバッサリと断っている。


「レイラはもしも王都の学園に行っていたら、もっと凄いことになってたんでしょうねぇ……。今頃は魔法庁で働いてたりして。あ、でもそうなったらこの街の皆もウチも困るからコレで良かったのよね」


 この国の人間は家庭の事情にもよるが、基本8歳から15歳までがそれぞれ近くの大きな街にある学園に通う。

 そして特に優秀な者や魔力に秀でた者は、自己申請と町の有力者の推薦を受ければこのウッドフォード王国の王都にある王立魔法学園に通う事が出来る。


 しかし遠く離れた王都での寮暮らしとなり、学費と寮生活代で結構な金額が必要となる。実際には貴族か金持ちか、余程飛び抜けて優秀な者が街から奨学金を得て入学するかしかない。



「……王都までわざわざ行くほどの何かが魔法学園にあるとは思えないもの。少なくとも私は母から『祓い師』の仕事は全て教わっているしそれで十分だわ」


 この才能ある友人は、美しく煌びやかな王都や王国の魔法庁でエリートとして働く事の名誉なんて何も望んではいない。……おそらく、彼女は恐ろしく純粋な『呪いマニア』だ。



 アマンダはその才能を惜しく思いながらも、いつものようにレイラと約束していた買い物を楽しんだのだった。



 

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