アマネは神様に恋をした

未来屋 環

僕の恋敵は神様だった。

 ――その感情を言い表す言葉を、僕は他に知らない。



 『アマネは神様に恋をした』



 車の免許は取れる時に取っておけという父の教えは正しかった。そしてそれに素直に付き従った僕のスタンスも。

 助手席に座る彼女を横目で見ながら、僕は長距離走行と夏の暑さで昇りつめたであろうエンジンを切った。

 今日という日のために準備してきたプレイリストがぷつんとその音を止める。それでも、彼女はまっすぐに前を見つめたまま、それを気に留める様子もない。


「――アマネ、着いたよ」


 わかりきったことではあるが念のためそう告げると、助手席の彼女――アマネはこちらに顔を向ける。

 普段は驚くほど白いはずのその頬は興奮の色に染まっていて、それを見た僕の胸ははち切れんばかりのよろこびと一粒の哀しみにちくりと痛んだ。


「うん。センパイ、ありがとう」


 そう――これから僕たちは、彼女が恋する相手に逢いにいく。


 ***


 あれは一目惚れだった。


 サボり過ぎたつもりはないが、よくよく数えてみると単位が足りていない。仕方がないので適当に教養科目を選んで履修登録をした。

 階段状に設計された大教室はまぁまぁの入り具合で、間違ってもやる気があるとは言えない僕は、後方の席に陣取り教室全体を見下ろす。

 前の方には見るからに初々しい新入生の女子たちが座っていた。仲睦まじく会話を交わす姿は歳相応でかわいらしい。サークルにも入らず、地元のスーパーで小銭稼ぎのためにバイトをする僕とは縁のない人種だ。

 そんなTVの向こう側のような風景にため息をいたその時――横に人の気配を感じて、僕は振り向く。


 初めて見た彼女の第一印象は、黒くて白い、だった。


 黒地のTシャツには白抜きの文字がプリントされ、机の上に置かれた黒いカジュアルなリュックを白い華奢きゃしゃな腕が支えている。

 背中まで伸びた髪は黒くつやめいているものの、そんな漆黒にあらがうかのように真っ白で大きなヘッドホンが彼女の小さな頭を彩っていた。

 食い入るように見つめる僕の視線に気付いたのか、こちらを向いた彼女と視線が交錯こうさくする。

 その黒目がちな瞳はかすかに緑がかっていて、彼女の異質さを際立きわだたせるかのようだった。


「……何ですか?」


 彼女が怪訝けげんそうに言う。

 その不機嫌な色の声で現実に引き戻された僕は、咄嗟とっさに言葉を見付けられず「それ、何聴いてるの?」といた。苦し紛れに飛び出した台詞せりふとはいえ、我ながらセンスがない。

 彼女もそう思ったのか「……知らないと思うけど、THE GREEN BIRD」とぶっきらぼうな答えが返ってきた。


 ――しかし、そのバンド名が思いがけず僕の琴線を揺らす。


「知ってるよ、グリバ」


 そして「すごくいいよね」と続けようとした僕を待たずして、彼女が驚くべき勢いでこちらに顔を向けた。


「……知ってるの?」


 想定外のリアクションに気圧けおされてしまい、僕は無言でうなずく。

 すると、彼女の硬かった表情がみるみる笑みに染まった。


「そう――知ってるんだ、グリバ」


 先程までとは打って変わって、瞳がきらきらと星を含んでまたたく。

 その純粋な輝きに魅せられ、僕はあっという間に恋に落ちた。



 そして講義が終わった僕たちは、学食で向かい合って座っていた。

 次の授業は大丈夫なのかと訊くと「わかんないけど、今話さないと後悔すると思って」と言う。その口振りから、彼女も教室の前を陣取っていた女子たちと同じ新入生なのだとわかった。

 どうせ来週になればまた逢えるよ――そう言わなかったのは、僕も彼女ともっと話したかったからだ。


 彼女は僕に『アマネ』と名乗った。

 大学入学と同時に上京したアマネは僕とは違う学部で、そしてとにかくグリバが好きだった。

 僕の6つ上の兄世代を中心に流行った男くさいロックバンドは、当時北関東に住んでいた女子中学生のハートをも一声で射抜いたらしい。


「ジャックの書くまっすぐな歌詞と力強い歌声が好きなんです」


 そうぽつりと呟く彼女は、完全に恋する乙女の顔をしていた。


 僕もグリバが好きだった。

 新譜が出る度に義務のようにCDを買い、それをスマホに落として聴いていた。

 時に暴力的な音とエロティックな言葉で、時に泣きたくなるような旋律とロマンティックな詩で綴られるその作品群に、僕は夢中だった。


 なにより、僕もグリバのボーカル――ジャックに憧れていた。

 日本人離れしたルックスを持ち、パーマのかかった長髪を振り乱して歌うその姿は大人の男の色気に満ちている。

 また、随分と複雑な生い立ちを抱えていることがネットで沙汰ざたされていたが、それを物ともせず堂々と音楽の世界に生きる姿が、ごく普通の家に生まれたごく普通の僕にとっては衝撃以外のなにものでもなかった。


 そんな神様のような存在のジャックにアマネは恋をしている――それが僕には嬉しくもあり、そして哀しくもあった。



 そんな出逢いから1年と少しの時間が経った。

 当時新入生だったアマネは2年生になり、4年生となった僕はなんとか就活を終えている。

 付き合っているとは言えない間柄だけれど、僕たちは友だちのようにタメ口で何でも話せる関係には辿り着いていた。


 いつものように3枚目のアルバムは名盤だったとかそんな話をしていた或る日、僕のスマホにグリバのファンクラブから通知が届く。

 どうやら今年グリバが初めて夏フェスに出演するらしい――急遽飛び込んできたそのニュースに僕が驚きの声を上げると、アマネが「なになに?」と食い付いてきた。


「えっ、いいな……」


 先程までのテンションを忘れたかのように、アマネは控えめな声でぽつりとつぶやく。

 次の瞬間、僕は「じゃあ一緒に行く?」とアマネを誘っていた。実は僕もライブに一人で行く勇気がなくて、生でグリバを観たことがなかったのだ。

 それに、アマネとのこの微妙な距離感を少しでも縮めたいという思いもあった。

 僕の魅力的な提案に、一瞬アマネの瞳がきらりと光る。

 しかし、その輝きをすぐに覆い隠すかのように彼女は目を伏せた。


「行きたいけど――チケット代、高いでしょ。往復の電車代も馬鹿にならないし」


 確かにアマネは常に節約をしている。奨学金を借りていて実家からの仕送りもあまり期待できないらしく、曜日問わず様々なバイトに奔走していた。

 だからといって、僕がチケットをプレゼントしても絶対に受け取らない――この1年強の付き合いで、僕はアマネのその頑固で気高い気質を痛いほどに知っている。

 だから、その日家に帰った僕はすぐにチケットを2枚申込み、夏フェスの1ヶ月前を待って一芝居打つことにした。


「実は兄貴が彼女と行く予定だったんだけど、急遽ふたり共仕事で行けなくなったみたいで。チケット2枚あるし、アマネさえ良ければ一緒に行かない?」


 僕の台詞にアマネが「え」とだけ感情をこぼす。

 ここで畳み掛けなければ。僕は「このまま無駄にしちゃうの勿体もったいないし」と続け、そして――殺し文句を放つ。


「こんなチャンスなかなかないしさ、ふたりでジャックに逢いにいこうよ」


 その言葉に打ち負かされたように、アマネは黙り込んだあとこくりと1度だけ頷いた。


 ***


「……夏フェスってこんな感じなんだね」


 僕はアマネと顔を見合わせる。

 北関東の広大な公園の敷地内には、カラフルなTシャツに身を包んだ人たちが数多くいた。

 期せずしてお揃いみたいに黒いTシャツを着て来てしまった僕たちは、既にこの空気感に馴染なじめないでいる。


 今日グリバがトリを務める大きな会場には長蛇の列が続いていた。

 既にライブが始まっている会場もあるのだろう、風に乗ってテンポの良いメロディーが流れてくる。


 僕たちの前に並ぶ派手な格好の男女グループが「夏サイコー」と楽しげに身体を揺らすさまを見て、果たしてここに僕たちの居場所はあるのかと疑問に思う。

 駐車場に停められた車の数にも圧倒されたが、世の中にはこんなにも音楽を愛する人たちがいるのだろうか、彼らには他にも楽しむべきものが沢山たくさんあるにも関わらず、その場のノリで音楽を消費しているだけなのではないか――少なくとも僕にはジャックに恋するアマネと彼らの温度感は違うように感じられた。


 僕たちと行き交う人たちは、皆手に思い思いの飲み物を持ちながら高らかな笑い声を上げている。

 いくら次に運転をするのが夜だとしても、最高気温37℃の中で飲酒できるほど僕は気力にも体力にも自信がない。

 行きのコンビニで買ったぬるいアイスコーヒーを飲み干し、僕たちは歩く。まるで神の元へとおもむ殉教者じゅんきょうしゃのように。


「……私たちが子どもの頃から、夏ってこんなに暑かったっけ」


 隣を歩くアマネがぽつりと呟く。あえてこの目に映る情景とは違う話題を選んだのだということに、僕は痛いほど気が付いていた。

 いつもは無造作むぞうさに垂れているその髪が、今日は後ろでひとつにまとめられている。白いうなじは強烈な太陽の陽射しに照らされて、普段よりも熱を帯びているように見えた。

 彼女の着ているTシャツは、初めて逢った時と同じものだ。実はグリバのツアーTシャツをネットオークションで安くゲットできて――そう恥ずかしげに、そして少しだけ誇らしげに笑う姿がなんともいじらしかったのを覚えている。


 ――このままではだめだ。

 アマネのどこか居心地の悪そうな表情を見て、僕はあえて口角を上げてみせた。


「もしかして黒Tがいけないのかも」

「――え」

「ほら、小学生の頃に理科で習わなかった? 黒は太陽の光を吸収するんだって」


 そんな僕のコメントに、彼女は口を尖らせる。

 そりゃあそうだろう。僕はアマネの一張羅いっちょうらを否定してしまったのだから。

 恨みがましくこちらを見上げる彼女の視線を、僕は鞄の中から取り出したペットボトルでさえぎった。


「――だから、熱中症にならないように気を付けないとね」


 そう言って実家で凍らせてきたスポーツドリンクを差し出すと、アマネはきょとんとした顔をして――それから、ふっとその顔を少しだけ緩めてみせる。

 白く凍ったペットボトルを一口飲んで、アマネが「センパイ、なんだかおばちゃんみたい」と笑った。



 やっとの思いでお目当ての会場に辿り着くと、だだっ広い芝生の先に巨大なステージが設けられている。

 舞台上では既に攻撃的なサウンドが奏でられ、多くの人々がその前に密集していた。

 もはや驚くことに疲れた僕は、周囲の様子を静かに観察する。

 よく見てみると、熱狂しているのはステージ前につどっている人々だけだ。後方には沢山のテントやレジャーシートが敷き詰められていて、さながらピクニックにでも来たかのような穏やかな空気が流れている。


 ――ほど、こういう楽しみ方もあるんだな。


 これなら僕たちも何とか生き抜くことができそうだ。

 僕はアマネに声をかけ、ステージから離れた後方の森に若干の隙間を見付け出し、実家の物置の奥から探し出してきたレジャーシートを広げた。

 すると、子どもの時に好きだった白い犬のキャラクターがでかでかとその姿を現す。しまった、柄まで気にしていなかった――思わず僕が言葉を探していると、アマネが「あーこれ懐かしい」と優しく笑った。

 レジャーシートは大人になった僕たちがギリギリ収まるサイズで、僕たちは白い犬とその相棒の黄色い鳥の顔にそれぞれの尻を載せて座る。


「なんか、こうやって居場所ができると落ち着くね」

「うん、日陰で風が気持ちいいし、穴場スポットかも」


 小さな秘密基地を手に入れて、僕たちには幾許いくばくかの余裕が生まれていた。


 それからは近くの小さなステージを覗きに行ったり、いわゆるフェスめしを食べたりしながら、僕たちは非日常の時間を過ごす。

 名前だけ見たことのあったミュージシャンの曲がやけに心に残ったり、比較的いている店に並んだら麦とろ飯が1,000円以上したり、けれど夏空の下で食べるそれが意外とおいしかったり。


「はー、なんか楽しい……」


 僕が「一緒に食べよう」と買った甘夏のかき氷を一口食べて、アマネがそう言った。

 隣を見ると、その緑がかった瞳が穏やかに細められている。僕はアマネをここに連れてきて良かったと、心の底から思った。


 ――それが、油断につながったのかも知れない。


「それにしても、本当に人が多いね。1日50,000人以上来るっていうし、帰り道渋滞するかも」

「50,000人? すごいね……帰れるかな」

「まぁ時間はかかると思うけど、大丈夫だよ。あ、もし東京まで帰るの大変だったらアマネはこっちに泊まったら? 確か実家この辺だったろ」


 そう言ってもう一度隣を振り向くと――アマネの表情が凍り付いていた。


 ――え、なんで。


 僕が言葉を探すより先に、アマネが「ううん、私東京まで帰る」と呟く。そして、そのまま早口で続けた。


「私、あれなの。親とあんま上手くいってないから――センパイと違って。だから、今日絶対帰らなきゃ」


 そこまで言い切ってから、アマネはかき氷をシートの上に置いて「ちょっとトイレ」と足早に去って行く。

 僕はそんな彼女の背中を見送ることしかできなかった。

 視線を落とすと、アマネが尻の下に敷いていた黄色い鳥が能天気な笑顔を晒している。

 まるでそれは、実家から大学に通い、今日も親の車を借りて何不自由ない暮らしをしている僕そのものだった。



 ――夕方18:00、グリバの前のバンドのライブが終わる。


「……そろそろ行こうか」


 僕がそう促すと、アマネはこくりと頷いて立ち上がった。


 あのあと、アマネは1時間以上戻ってこなかった。

 甘夏のかき氷はすっかり溶けて、僕の手の中には黄色い水だけが残されている。

 少し心配になってメッセージを送ってみたけれど、既読にならない。どうしようかと思っていたその矢先、「トイレすごく混んでた」とアマネはひょっこりと帰ってきた。

 僕は彼女の顔を直視できずに「そうなんだ」とだけ返す。

 その瞳が濡れていたらどうすればいいのか――そう逡巡しながらちらりと隣をうかがうと、アマネの瞳は沈んでいたもののそれ以上の何かを秘めてはいなかった。


 グリバのライブは18:30から。しかし、30分前にも関わらず、ステージ前には既に多くの人々が詰めかけている。

 アマネのためにもあそこまで行かなければ――周囲の喧騒に怖気付おじけづきながらも前に足を踏み出すと、そんな僕を制止するかのようにアマネが僕の手をつかんだ。


「いいから」

「――でも」

「本当にいいから。ここから観られるだけで――ジャックと同じ空間にいられるだけで、幸せ」


 アマネの声が甘くなる。

 咄嗟に振り返ると、そこには恋する少女が立っていた。

 その潤んだ瞳を見た瞬間、僕の胸に幾つもの銃創が刻まれる。


 ――わかりきっていたことだ。

 僕はジャックではないのだから。


 そんな僕の気持ちなんて知るよしもなく、アマネはステージの方を見つめてぽつりと呟く。


「当たり前で馬鹿みたいだけど、ジャックを好きな人たちってこんなにいるんだね」


 太陽の位置は随分と地平線に近付いていた。

 あんなにも暑かったはずなのに、今は穏やかに吹く風が涼しさを運んでくる。

 僕たちはそのまま一言も発することなく、開演の時を待った。



 ――そして、運命の時間がやってくる。



 ばつんと何かのスイッチが入る音と共に、ステージ上に光が溢れた。

 人々が歓声を上げて更にステージへと詰め寄っていく。

 そんな光景を眺めながら、まるで電灯に群がる虫のようだと思った。


 ――しかし、そんなどこか冷めた感情は、次の瞬間消え失せる。


「あ……」


 アマネが僕の隣で声を洩らした。

 それでも、僕はアマネの方を振り向かない。

 僕の視線はステージ上に現れたひとりの男に釘付けになった。


「……ジャックだ」


 そう彼の名を呼んだのは、僕だったかアマネだったか。

 視界の真ん中に小指の先ほどの大きさの男が現れる。


 地響きのような歓声は大きくなる一方で、僕たちはその様子を固唾かたずを呑んで見守ることしかできない。

 ステージ両サイドのスクリーンに大写しになった彼は、確かにジャックの顔をしていた。


 そして――口の前にそっと人差し指を立ててみせる。

 その仕種しぐさの意味することに気付き、熱狂が収まっていった。

 広々としたその一帯がしんと静まり返ったのを見届けて、スクリーンに映ったジャックが口を開く。



「――最高の夜にしようぜベイビー」



 瞬間、再度歓びの声がぜ、鋭いギター音が空間を切り裂いた。

 僕が抱いていた見当違いの憂鬱さをも吹き飛ばして、強烈な輝きがオーディエンスに降り注ぐ。



 ――そこから先の記憶は、はっきり言ってほとんどない。

 確かに僕たちは虫だった。

 ジャックという名の光に惹き寄せられた、はかなくも平凡な日々を必死で生きる命の集合体。


 まるで夢を見ているようだ。

 何色もの輝きの中で躍動する姿、時に激しく時に切なく歌い上げられるメロディー、スクリーンに映るその顔は僕の記憶の中のどの彼よりも美しい。

 ぼやける視界が崩れ去ってしまわないように、必死でその情景を目に焼き付けた。


「――センパイ」


 すべてが終わったその時、止まない歓声の中で僕の琴線を唯一震わせる声がする。

 隣を振り向くと目を腫らしたアマネがいた。


「センパイ――今日は連れてきてくれてありがとう」


 その緑がかった瞳が揺れるのを確認してから、僕の視界も滲んでぼやける。

 首にかけたタオルで顔を隠し、僕は声を絞り出した。


「うん……ジャック、格好良かったなぁ」


 きっと何の意味もなしてはいないけれど、僕はタオルで何度も目元をぬぐう。

 この感情の発露を、アマネには見られたくなかった。

 すると、暗闇の中でアマネが「そりゃあジャック、神様だもん」とぽつりと呟く。


 そして、アマネが甘い声で続けた。



「――そんな神様に逢わせてくれたセンパイも、私にとっては神様みたいなもんだよ」



 背後で夜空に華咲く音が鳴る。

 僕は慌ててタオルを外し、隣に立つアマネの顔を見た。


 アマネは穏やかな笑みを浮かべて僕を見ている。

 その刹那にも、繰り返し華が咲いては散っていく音がした。

 空に咲いた華たちがアマネのの色を塗り替える度、僕の中には散らない華が咲いていく。


 ――その感情を言い表す言葉を、僕は他に知らない。


「花火キレー」

「夏サイコー」


 周囲で夜空を見上げる男女が楽しそうに声を上げる。


 確かに花火は綺麗で、夏は最高だ。

 そして、世の中にこんなにも沢山の音楽を愛する人たちがいるのならば、きっとこの世界も捨てたもんじゃない。


 神様が残してくれた余韻を味わいながら、僕はアマネにそっと囁いた。


「アマネ、行こうか」


 アマネが白い頬をあかく染めて、こくりと頷く。

 僕はアマネの手を取り、駐車場の方へ一歩足を踏み出した。



(了)

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