沢野氏の愛
友未 哲俊
・・・ 🖋
愛する者たちはいついかなる時でも赦されなければならない。愛は何者にも妨げられてはならない。それが沢野氏のロマンティックで幾分過激な思想であった。たとえば、古代神話には洋の東西を問わず近親相姦の罪ゆえに自ら命を絶つ英雄たちのエピソードが好んで謳われるが、それは沢野氏にはどうしても受け入れがたいものだった。男と男が、女と女が愛し合って良いなら、なぜ親子兄妹が愛し合ってはならぬのか。人と人の愛が称えられて、人と犬はなぜならぬのか。
とはいえ、ひと度自分の身にそれがふりかかってみると、そんな理想論や義憤など幼児の唱える標語の如くはかなくも虚しい薄ぺらなものだという気分を、氏はこの数カ月の間、味わわされ続けている。禁断の愛。沢野氏の相手は同性でも近親でもなく、犬でもなかったが、村上真紀という受け持ちの生徒だった。歳は15歳。子供のあどけなさをそっくり残した
朝から晩まで人目を気にし続け、針の
盆休み。空は青い。ふたりは公園にいた。
家族はみな里に帰っている。ばれない口実でふたりはうまく自由を得た。
列車を何本か乗り継いだ場末の駅で落ち合い、そこからさらに何時間か車をとばした見知らぬ町の、名もない小さな公園のブランコに並んで座っている。ここまでして、それでまだふたりを知る者と鉢合わせするような奇跡的な凶運に見舞われるようなら、その時はもう黙って観念するしかない。
漕ぐともなく漕いでいたブランコを真紀がふと止める。
「先生」
風が止む。
「セックスしよう」
ぎょっとした沢野氏の顔を見て真紀は幼く笑いこけた。
「ね、私がもし性悪女で、今すぐ二千万くれないとバラすぞって脅迫したらどうする?それとも、奥さんと別れてくれないとネットで拡散するぞって脅したら?」
「もちろん」
沢野氏は落ち着きを取り戻す。
「こうしてやる」
両手で優しく首を絞める。柔らかな肉感が腕から肘へ、肘からさらにその先へと沢野氏の中を這いのぼって来る。
「殺して。いい気持ち … 」
真紀は氏の膝の上に乗り移って来て身を委ねる。甘やかな静けさがふたりを包む。
「ねぇ、先生。ラプラスの悪魔は私たちのことも知っていたの?」
「私たち、これからどうなるの …?」
ふたりは悲しくなってしばらくそのまま抱き合った。
「こんにちは …」
ふと誰かの声がした。
15歳の少女を膝に乗せて沢野氏が振り向くと、人懐こい愛想笑いを装った若い巡査がひとり、礼儀正しくふたりを見つめていた。
沢野氏の愛 友未 哲俊 @betunosi
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