扉の向こう

『正』の字……Ｓ県立動物愛護センターの職員青江優悟は、主要な業務の一つ、収容されている犬猫の殺処分を今日も終える。これまで何度繰り返してきただろうかとふと考えるが、もう思い出せなくなっている。
　その夜、優悟は妻のゆり子に妊娠したことを告げられる――。

雪解け……稀に見る寒気に覆われたこの地に雪がちらつきはじめる。冷気の底で、廃神社の物置小屋に棲む一頭の雌犬が寒さを堪えていた。彼女ははち切れんばかりの腹を抱えこみ、その夜の中で唯一の温もりである吐息を吹きかけている――。

月光……独り残された胎児も、母親に促されてついに子宮を出て、うねりにもまれながら産道へと進んでいく。そして彼は唐突に孤独になる。まばゆい月光が容赦なく責め立てる。それでも彼はどうにか最初の一呼吸をする――。

冷雨……母…続きを読む