ある盆の話
ハナビシトモエ
兎角流、生徒募集中
「兎角流、生徒募集」
引っ越した先のマンションでそれと電話番号しか書いていない生徒募集チラシを見た。兎角がどう読むのか、どういう流派なのか、何をする会なのか、生徒は何歳を対象にしているのか。ツッコミどころは多数あれど、この電話番号にかけるという選択肢は普通は無い。
うちの
「引いても抜けることが出来るくらいにお前らを鍛えた。自分の感性や能力を信じろ」と言うものだが、盆前に研究室でするめいかを食いながらテレビで高校野球を見ているだけのおっさんに言われてもいまいち説得力がない。
だが、この課題を出されたメンバーは論文の作成に手間取っており、もう一年夏を迎えないといけなさそうなメンバーだった。内容的には学部三回が出来る程度に見えるが、怪しいマルチビジネスだと抜けるには学部三回では荷が重い。
夏休みは長いが、課題と就職活動をしないといけなく、この課題で殻を破らないと卒業は難しい。親に土下座して大学で教えたいと言って頼み込んだ
アルバイトと課題と就職活動と卒業論文。後期になって自分の無力を思い知った。惰性で同じ大学院に進学し、他の世界に旅立った仲間は新天地で評価され、助教授になった者もいた。周りから今の上のレベルを目指す為に他の院に行こうと言われたが、僕はここで勝負をすることとした。
久しぶりの飲み会で助手や助教授になった年上の知り合いと会い、一人の酔った口から「いやー、明暗分かれたって事ですな」と言われて、そうかもと思った自分が情けなかった。ただ能力が劣っているだけなのに、院のせいにしようとしたのだ。
計画書通りに論文は進まず、焦りと不安でこころは揺れ動き、余計に集中出来ない。建て替えがあるという事情で前の家を出された。条件で家主が持っている他のマンションに卒業するまでいるといいと言われて、ひと段落した時に兎角流を見た。
こんな怪しい募集を見て、正直これだと思った。何かヒントがつかめるかもしれない。
「チラシを見たのですが」
電話を受けたのは若い男性だった。
どこで見た。なんで電話した。
そんな問いを投げかけられて僕はマンションの共有スペースで見たといった。けして課題の為とは言わずに人生経験としてと答えた。向こうは非常に困惑していて、ありがとうございますと言い、詳細な開催場所を送ってきた。公民館でやるらしい。
公民館でやるのだから、変なものではないだろう。指定された盆真っ只中な日曜日、兎角流と書かれた部屋の門を叩いた。
「はい、どうぞ」
入って驚いた。どこかしこゲームだらけ。
「何がどうか分からないでしょうから、説明しますとゲーム同好会です」
「なぜ兎角流と?」
「とにかく人を集めたくて、こっちは課題なんですよ。騙すつもりは無くてゲームをしてもらう会なんです」
「騙すつもり?」
「社会実験でH大学の角田伸樹先生のゼミで内容を全く書かないで果たして人がどれくらい集まるかっていう実験で、でも本当は本当にゲームをしたい人を集めようと思って」
顔が羞恥で赤くなるのを感じた。博士後期B組の担当教員は角田伸樹教授だ。院は学部と距離が近いので飲み会もよく開催する。アルバイトでたまに参加する程度だが向こうは僕が何者か知っているのだ。
「それで人狼しませんか? 角田ゼミは僕だけで、他はみんなゲーム同好会なんです」
何か
「誰か来たのか」
「先輩が第一号です」
どう過ごしたのかはっきり覚えている。確かにゲームは楽しかったし、みんな親切だった。帰る頃にはすっかりゲームの世界に
「盆明けもやるんで良かったら」
盆明けにいくら待っても募集が張られることは無かった。甲子園は地元の高校が優勝し、帰省ラッシュが終わっても九月に入って就職活動が再開しても募集は無かった。試しに公民館に行っても会合の様子は無かった。
相変わらず論文の案は思い浮かばず、夏休み明けに大学に行って、学部で親しい後輩に兎角流の件を聞いた。
すると後輩はそんなサークルは無いと答えた。明けの飲み会でもあの学生は訪れず、日々は流れた。そんな時、誰かが幽霊を見たのではと言い出した。まさか人狼をしたというと一度やってみようとなり、やってみたが僕の知っている人狼ではなかった。
あの出来事はなんだったのだろう。僕は意を決して先生に聞いてみた。特徴を伝え、ゲームが好きだったと言ったら、うんうん唸り、部屋の奥から古い冊子を出した。この学生では無いかと言われ、全く同じ顔に驚いた。もう十年前の卒業アルバムだったからだ。
「盆にゲーム同好会がバス事故で全員亡くなった」と。
先生はそう漏らしたのだ。
ある盆の話 ハナビシトモエ @sikasann
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