おばあちゃんの風鈴

エモリモエ

季節はずれの「ちりちりーん」

 

 あれはたしか秋摘み紅茶ダージリン オータムナルの季節。良い茶葉が手に入ったと聞いて、ご相伴にあずかろうと友人の家に遊びに行った時ことでした。

 晴れ渡った休日のひととき、二人でお喋りを楽しんでいたのです。


 すると、



 ちりちりーん。



 窓の外から鈴の音が聞こえてきました。

 そんなに大きな音ではありません。

 けれど、すぐ近くで鳴っているように聞こえます。



 ちりちりーん。



 ちりちりーん。



 ずっと鳴っています。



「ねえ、もしかして、これって風鈴の音?」

 訊ねると、

「ああ、これ? そう。すぐ上の部屋の」

 風鈴だと言う。


 友人が住んでいるのは昔からあるマンモス団地の三階です。

 友人によると、その号棟は住人の入れ替わりが少なく、おまけに床も壁も薄くてよく響く。だから「住人同士、相手の家の事情はなんとなく分かり合っている」のだといいます。

 そして友人の部屋の真上、四階には一人暮らしのおばあちゃんが住んでいるというお話でした。

 風鈴はそのおばあちゃんが窓辺に吊っているのです。



 ちりちりーん。



 おばあちゃんの風鈴は、私たちがお喋りをしている間にも、ずっと鳴り続けています。

 それも一定の鳴りかたではなく、不定期に時々思い出したように鳴るのです。

 風を受けて鳴る風鈴ですから、不定期に吹く風の作用で不定期に鳴るのは当たり前のこと。けれどそれが妙に気になると申しましょうか。

 ハッキリ言って、ちょっとうるさい。



「今ってもう秋だよね」

「そうだね、もうすぐ冬になるね」

「おばあちゃん、風鈴、片付けるの忘れてるのかな」

 私が言うと、

「うーん」

 友人はうなります。そして。


「あのさ、風鈴ってどうして吊るすと思う?」

 まさかのクイズが返ってきました。


「えーっと? 涼しさを感じるため?」

「そう。音で風を強調して涼しさを演出するための道具。夏の風物詩だね」

「だね」


「で。そもそも、上のおばあちゃんなんだけどさ」

「うん?」



「耳が聞こえない」



「えええええ!」



 ちりちりーん。




「一年中、風鈴を出しっぱなしなんだよね、もう何年も」

 と、友人は苦笑いをしている。

「台風の時なんか結構うるさくてさ」

「そりゃあ」

 そうだろうなあ、と私はうなずく


「でも、おばあちゃん本人は聞こえないもんだから、なんとも思ってないみたいで」

「あ、聞いてみたんだ、おばあちゃんに」

「聞いたっていうか、お願いしてみた」

「お願い?」

「うるさいから風鈴外して、って。そしたら」

「うん?」

「なにがなんでも嫌だ、って」

「そうかあ……」



 ちりちりーん。



「夏ならともかく。気になり出したら、結構気になるよね、この音」



 ちりちりーん。



「そうなんだけど。まあ、普段は窓閉めちゃえば聞こえない程度だから。いいっちゃいいんだけどさ」



 ちりちりーん。



「でも、おばあちゃん、なんでそんなに風鈴をしまうのがイヤなの?」

 たかが風鈴で、ちょっとかたくななんじゃないかな、と思って素朴な疑問を口にすると、

「それは知らないけどさあ」

 と、友人。


「それ以前に、耳の聞こえない人が風鈴吊るす意味、ある?」


 うーん……。


「ナンセンス?」

「やっぱそう思うよねえ」


「なんなんだろうね」と笑い、二人して紅茶を啜ると。

 窓の外から、また「ちりちりーん」と聞こえてきます。


 季節はずれの風鈴の音は、涼を運んでくるというよりは、どことなく気味が悪く、薄ら寒い感じがしました。

 なんとも言えない気持ちになって、友人の家の天井を見上げてみましたが、もちろん、くだんのおばあちゃんの家を覗き見ることはできません。



「そういえば」

 と、ふいに思いついて、私。

「風鈴ってさ、中国から伝来したんだよね。あっちではたしか浄霊とか魔除けみたいな感じだったと思うよ」



「浄霊?」



 友人はもともと大きな目をさらに大きくして、




「魔除け!?」




 大袈裟に言ったと思ったら、今度はまた、うーんとうなって、



「上のおばあちゃんち、浄霊が必要な何かがあるってこと?!」



「い、いや、わかんないけど」

 友人の勢いに圧され、私もそこまで深く考えていたわけではないので、口ごもってしまい……。




 ちりちりーん。


 沈黙を縫うように、風鈴が鳴ります。





「……実は」と、友人。

「まえから不思議に思ってることがあってさ」


「なに」



「あの風鈴、風がなくても鳴る」




 ちりちりーん。




「悪霊だかなんだかを撃退するたびに鳴ってたりしてな?」




 ちりちりーん。




「なにそれ、ホラーじゃん」


「かな?」




 二人で顔を見合わせて、揃ってティーカップに口をつけました。

 そうしている間にも、窓の外では風鈴が。



 ちりちりーん。



 ちりちりーん。



 ちりちりーん。






 ***




 友人は今も同じ団地に住んでいます。

 あの風鈴はまだおばあちゃんの窓辺に吊り下がっているそうです。




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