第4話
村の朝は静かで、澄んだ空気が心地よく体を包む。恵は春子の指導を受けながら、今日も塩むすびを作るための準備をしていた。春子が見守る中、恵は米を研ぎ、丁寧に水を切り、炊き上がったばかりのふっくらとした白米を木製の大きな桶に移した。
「さあ、やってごらん」と春子が促す。
恵は小さく息を整え、心を落ち着けてから、ふっくらと炊き上がったご飯に手を伸ばした。手のひらに乗せたご飯はまだ湯気が立ち、指先に触れる感触は温かく、どこか懐かしい。春子に教えられた通り、少しだけ塩を振りかけ、両手で優しく包み込むように握る。
「力を入れすぎず、けれどもしっかりと。塩むすびは、人の心を映し出すんだよ」と春子の声が静かに響く。
恵はその言葉をかみしめながら、ひとつ、またひとつと塩むすびを作り続けた。初めて春子の塩むすびを食べたときに感じたあの温かさと優しさを、自分の手で再現できるようにと心を込めた。
しばらくして、春子が恵の手元を見つめながら頷いた。「上手くなったわね、恵さん。塩むすびには、不思議な力があるの。人が心を込めて作ると、その思いが伝わるんだよ。」
恵は、自分の手で作り上げた塩むすびを見つめ、深い感慨に浸った。ほんの数週間前まで、都会の喧騒の中で自分を見失っていた彼女が、今はここで、何か大切なものを見つけた気がしていた。
「春子さん、私はまだ春子さんのように作れないけれど…この塩むすびには私の感謝の気持ちがこもっている気がします」と恵は静かに言った。
春子は柔らかく微笑んだ。「それでいいのよ、恵さん。塩むすびはね、誰かに何かを伝えたいという気持ちが大切なの。あなたが作った塩むすびは、きっとその気持ちを受け取る人の心に届くわ。」
その言葉を聞いた恵は、少しだけ自信が湧いてきた。塩むすびを通じて、人と人とがつながることの意味を、今ようやく理解し始めたのだ。
その後、恵と春子はできたての塩むすびを持って、村の人々に配りに行くことにした。今日は特別な日だった。村の古い神社で行われる年に一度の祭りの日。村人たちが集まり、日頃の感謝を神様に捧げる重要な行事だった。
恵は祭りの準備を手伝いながら、春子と一緒に塩むすびを配って歩いた。村の人々は恵が作った塩むすびを口にし、その美味しさに驚き、そして温かい言葉をかけてくれた。恵はその反応に嬉しさを感じると同時に、自分が少しずつ村の一員になれていることを実感していた。
祭りのクライマックスでは、村の広場に大きな篝火が焚かれ、村人たちが集まり、伝統的な踊りが始まった。恵もその輪の中に加わり、春子の隣で踊りのリズムに身を任せた。篝火の明かりに照らされた春子の顔には、満足そうな微笑みが浮かんでいた。
「この村に来て良かった…」恵は心の中でそう思った。
篝火が燃え盛る中、村の空には満天の星が広がり、恵は新しい人生の一歩を踏み出したことを感じながら、静かに夜を迎えた。
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