第3話

翌朝、恵は早くから目を覚まし、食堂の準備を手伝い始めた。春子は既に起きており、慣れた手つきで米を研ぎ、火をおこしていた。窓の外には朝日が差し込み、村全体が優しい光に包まれている。


「おはよう、恵さん」と春子が声をかける。「今日は、村の人たちに会いに行きましょう。彼らも、塩むすびに欠かせない存在だからね。」


恵は少し緊張しながらも、春子と共に村を回ることにした。春子は小さな竹かごに作りたての塩むすびを入れ、村のあちこちに届ける準備をしている。


村の道を歩き始めると、次々に村人たちが春子に声をかけてきた。どの顔も温かく、春子への親しみと敬意が感じられた。恵はその光景に驚きながらも、春子がこの村でどれほど大切な存在なのかを感じ取った。


最初に訪れたのは、古いお寺の住職・真田(さなだ)だった。春子は真田に塩むすびを手渡しながら、軽くお辞儀をした。


「いつもありがとうございます、春子さん」と真田が柔らかい笑みを浮かべる。「この塩むすびがあると、心が落ち着きます。」


次に訪れたのは、村の畑で働く若い夫婦、武田(たけだ)と陽子(ようこ)だった。二人は朝早くから畑に出て、農作業をしていた。春子は彼らにも塩むすびを手渡し、「頑張ってね」と励ましの言葉をかけた。


「春子さんの塩むすびを食べると、疲れが吹き飛びます」と陽子が笑顔で答えた。


そして、村の老人ホームに立ち寄った時、恵は一人の老婦人が春子に感謝の言葉を繰り返しているのを見た。その女性は目が見えなくなっていたが、春子の塩むすびを手にすると、顔が輝き始めた。


「春子さんのおかげで、昔の幸せな日々を思い出せます」と老婦人が静かに語った。


春子は黙って頷き、その女性の手を優しく握り返した。


その日の夕方、恵と春子は食堂に戻ってきた。恵は村を回りながら、春子が作る塩むすびが単なる食べ物ではなく、村全体をつなぐ大切な「絆」であることを強く感じていた。


「春子さん、どうして皆さんに塩むすびを届けているんですか?」恵は疑問を抱きながら尋ねた。


春子は一瞬考え込んだが、やがて答えた。「村の皆がね、私を支えてくれたから。だから、私はこの塩むすびを通して、少しでも恩返しができればと思っているのよ。それに、こうして皆の笑顔を見ると、私も幸せになれるの。」


その言葉に、恵は何かが胸に突き刺さるような感覚を覚えた。都会での生活では味わえなかった、人と人との温かいつながりが、この村には確かに存在している。それは、春子が心を込めて作る塩むすびを通じて、村の隅々にまで広がっているのだ。


「私も、春子さんのように誰かを支えられる人になりたいです」と恵は決意を込めて言った。


春子は優しく微笑み、恵の肩に手を置いた。「それなら、一緒に塩むすびを作りましょうか。この村で、少しずつでも、あなたの心に何かが芽生えていくはずよ。」


その夜、食堂の灯りが消えた後も、恵の胸には小さな希望の光が灯っていた。村での生活を通じて、自分が本当に求めていたものを見つけられるかもしれないという予感が、心を温かく包んでいた。

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