第10話

夕焼けが村全体を優しいオレンジ色に染める中、恵は食堂の外に立ち、遠くの山々を見つめていた。風がそよそよと吹き、田んぼの稲穂が穏やかに揺れている。村の新たな一日が終わろうとしていたが、その中で確かに感じるのは、春子が遺してくれたものが確かに生き続けているということだった。


恵はふと足元に目をやり、小さな子どもたちが笑顔で遊び回っているのを見た。彼らは恵の教えた通りに、まだ不格好な塩むすびを手にしていた。その姿は、かつての自分や春子を思い出させるものだった。


「ねえ、恵さん、これでいいかな?」と、恵の教え子の一人が、完成したばかりの塩むすびを誇らしげに差し出した。


恵はその塩むすびを手に取り、柔らかな微笑みを浮かべた。「とても上手よ。春子さんもきっと喜んでくれるわ。」


子どもたちはその言葉に笑顔を輝かせ、次の塩むすび作りに取り掛かる。恵はその光景を見守りながら、心の中で春子に語りかけた。


「春子さん、私、あなたの教えを次の世代にしっかりと伝えています。あなたの思いは、これからもずっと続いていくんです。」


その時、食堂の扉が音を立てて開き、村長が現れた。「恵さん、今日は特別なお客さんが来るそうだよ。都会からわざわざここに来て、あなたの塩むすびを食べたいと言っているんだ。」


恵は驚きながらも頷いた。「そうですか、分かりました。すぐに準備をしますね。」


彼女は食堂の中に戻り、春子から受け継いだ塩瓶を手に取った。炊き立てのご飯が湯気を上げる中、恵は静かに塩むすびを握り始めた。手の中で形作られる塩むすびは、今や彼女自身のものとなっていたが、その一粒一粒に込められた思いは、確かに春子のものだった。


塩むすびが完成すると、恵はそのまま食堂の外へと運び出した。夕焼けに染まる村の広場には、たくさんの村人たちが集まり、特別なお客さんを迎える準備をしていた。彼らの笑顔には、恵がこの村に根付かせた新しい絆が宿っていた。


特別なお客さんが到着し、彼女は塩むすびを手渡した。都会から来たその女性は、一口食べると目を閉じ、恵に向かって感謝の言葉を述べた。


「こんなに温かく、優しい味は初めてです。あなたの思いが伝わってきます。」


恵はその言葉に心からの感謝を感じながら、「ありがとうございます」と微笑んだ。


村の人々が賑やかに談笑する中、恵は一人、少し離れた場所にある春子の墓へと足を運んだ。小さな花束を手向け、彼女はそっと手を合わせた。


「春子さん、あなたのおかげでここまで来られました。私たちの塩むすびは、これからもずっと続いていきます。これからも見守っていてください。」


風が静かに吹き抜け、村全体を包み込むように、春子の温かさが感じられた。恵は深く一礼し、再び村の方へと歩き出した。


日が沈み、夜空には無数の星が輝き始めた。村は静かにその日の終わりを迎え、また新しい朝がやってくることを予感させた。


その時、恵はふと立ち止まり、夜空を見上げた。星々の中に、まるで春子の微笑みが浮かんでいるかのように感じた。


「ありがとう、春子さん。」


そう心の中で呟きながら、恵は再び歩みを進めた。村の未来は、これからも続いていく。そして、塩むすびに込められた春子の思いも、永遠に受け継がれていくのだった。


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【完結】塩むすび 湊 マチ @minatomachi

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