第7話

春子が息を引き取った翌朝、村全体が静まり返ったように感じられた。恵は春子の死をまだ受け入れられずにいたが、彼女が遺した言葉と塩むすびの心が、恵の胸に強く響いていた。


村の古い神社で行われた春子の葬儀には、村中の人々が集まった。春子の棺の周りには、彼女が生涯をかけて作り続けた塩むすびがいくつも並べられていた。それはまるで、春子が村人たちと共に歩んできた日々の象徴であり、彼女の遺志が村全体に受け継がれていくことを示しているかのようだった。


恵は祭壇の前に立ち、春子の遺影を見つめた。春子の顔には穏やかな笑みが浮かんでおり、まるで彼女がまだそこにいるかのようだった。村の長老が読経を始めると、静寂の中に祈りの声が響き渡った。


村の人々は次々に春子の棺に花を手向け、深い感謝と敬意を示していた。恵もその中に混じり、自分が作った塩むすびをそっと春子の棺の上に置いた。


「春子さん、本当にありがとう。私、春子さんの塩むすびの心を絶対に守っていきます」と恵は心の中で誓った。


葬儀が終わると、村人たちは恵に向かって優しく微笑んだ。「春子さんがあなたに全てを託したこと、私たちもよく分かっているわ。これからも一緒に村を守っていこうね」と、ある老婦人が恵に声をかけた。


恵はその言葉に力を得た。「はい、皆さんと一緒に頑張ります。春子さんが築いてくれたこの村の絆を、これからも大切にしていきます。」


その日、村の空には雲ひとつない晴天が広がっていた。春子の魂が天に昇り、村を見守り続けているかのように感じられた。村の人々はその後も集まり、春子の思い出話を交わしながら、彼女の遺志を引き継ぐ決意を新たにしていた。


夕方になると、恵は一人で春子の食堂に戻った。食堂はまだ春子の温もりが残っているようで、静かな時間が流れていた。恵は春子が座っていた席に腰を下ろし、ふと塩むすびのレシピと塩瓶を取り出した。


「春子さん、私はこれからどうしたらいいのでしょうか…」恵はレシピを見つめながら、涙が頬を伝った。


しかし、すぐに恵は涙を拭い、立ち上がった。「いいえ、私は泣いている場合じゃない。春子さんのために、そしてこの村のために、私ができることを始めなきゃ。」


恵は厨房に入り、春子から教わった通りに塩むすびを作り始めた。彼女の手はまだ震えていたが、その震えは次第に落ち着き、やがて春子の手つきに似た、確かな動きに変わっていった。


できあがった塩むすびを手に取り、恵はそれを見つめた。そこには春子の教えがしっかりと詰まっており、恵の決意が宿っていた。これから先、どんな困難があろうとも、春子の塩むすびを守り、村の人々と共に歩んでいくことを心に誓った。


その夜、恵は再び村の神社へ向かい、静かに塩むすびを奉納した。星が輝く夜空の下で、恵は春子の魂に感謝の祈りを捧げ、村全体の幸福を願った。


「春子さん、どうか私たちを見守っていてください。そして、これからも塩むすびを通じて、皆と繋がっていきます」と恵は心の中で祈りながら、ゆっくりと神社を後にした。


その瞬間、夜空に一筋の流れ星が輝き、恵の決意を祝福するかのように光り輝いた。村の未来は、春子が遺した塩むすびの心と共に、恵の手で新たな歩みを始めるのだった。

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