第17話 継承されたひと
突然、僕の右手に小鳥サイズの鳳凰が現れた。
理由がわからないが、機嫌が悪い。
「君、雷の直撃を喰らってたけど無事なのかい?それにこの小鳥は?」
「おいコラァ!誰が小鳥だ馬鹿者!余はな……」
「鳳凰ですね」
「そうだ!余があの神獣、鳳凰である」
「このちっこいのが鳳凰だって?」
「小鳥だのちっこいだの、この狐っ子はぁ!」
この鳳凰は、噂で聞いたり想像していたのとは違う威厳の無さだった。
しかしなんで急に現れたのか?
「うわーぁ!凄く可愛いんですけどー!」
「おっほほっ、いつの時代も女という生き物は、強き者を本能で求めてくるものよのう」
「こいつなんか生意気だねぇ。フライドチキンにもなれなさそうなサイズのくせに」
先輩は気に入っているようだが、妖狐はそうでなさそうだ。
「鳳凰が今の雷撃から僕を守ってくれたのですか?」
「えっ?あぁ、そうだ!お前があまりにもヌルい戦いをしてるのでな、死んだら説教もできんからの」
「僕、今から説教されるんですか?」
「あったり前だろう!百目みたいな雑魚に苦戦してるなど余が恥ずかしいわ」
百目をはっきりと雑魚呼ばわりした。
もちろん、百目にまる聞こえの会話だ。
百目は怒りに全身が震えている。
そしてもう一度あの万雷をしてくるつもりだ……。
「またあの雷撃が来ます。備えてください。」
「それだ。その考え方が好かぬのだ、余が戦い方を教えてやろう」
鳳凰は、妖狐と先輩に手を出さぬように伝えた。
あれくらい1人でなんとかしろとのことだ。
今から僕は1人で百目と戦うらしい。
腕時計を見るポーズで、手の甲に乗っている鳳凰と会話をしている。
そして1人で巨大な百目に向かって歩いていく。
鳳凰は百目の前に立つまでの短い時間で、僕に戦い方を教えると言った。
「右腕に炎を纏わすのではなく、全身に纏わせよ。燃えている部分が超回復の対象箇所になるのだ。それと敵の攻撃にビビるな。こっちは不死身だ。相打ち覚悟で突っ込んでも死ぬことはない。以上だ!」
百目の前に立った。
腕を燃やすイメージをやめて全身を燃やすイメージに切り替えると全身が炎に包まれた。
これで良いのか?
「!」
急に鳳凰が消えた。
「ほっ鳳凰?」
慌てた僕が全身の力を解くと、再び鳳凰が右手に現れた。
「鳳凰、今のは?」
「うむ、全身に炎を解放するとその間、余は消えてしまうようだ」
「えっ!」
「誤算だ。これでは指導しながら戦えん。どうしたものか……」
その瞬間に万雷がきた。
激しい音を出しながら、何回も落雷が僕だけに落ちてくる。
攻撃対象を僕に絞ったようだ。
5体が引きちぎれてもおかしくない攻撃だった。
しかし攻撃が終わり、砂埃が風に流されていく頃には、傷が全回復して普通に立っていた。
「これが全身を炎で包んだ時の超回復?」
「そうだ。凄かろう?」
「全身を燃やしている間は不死身なんですね」
妖狐は以前、さとりの眼と鳳凰の足はなんとしてでも欲しい宝のような物、と表現した。
僕はようやくそれを理解できた。
すごい物だとはわかっていたけど、使い方を知ればより一層凄さがわかる。
「今までの僕は、最新家電製品を取扱説明書も読まないで扱うようなものだったのか?」
「余を家電に例えるな、馬鹿者!」
これだけすごいと当然ながら、さとりの眼同様に鳳凰も他の化け物に狙われ続けるだろう。
「煉よ。余が消える前に1つだけ注意を言っておこう」
「はい」
「百目の雑魚にそんな力は無いが、お前の頭部が全て吹き飛んだり、全身の5割以上を欠損させてしまうと超回復は発動されず死ぬことになる。ゆめゆめ気をつける様にな」
「頭が無くなることと、身体の半分以上が無くなると死ぬってことですね。わかりました」
完璧な不死身ではないということか。肝に命じておこう。
――――――
百目は驚き固まっていた。
どこで狂った?
どこでこんなにも流れが変わったのか?
昨日まで全てが思うがままだった。何1つミスも無かった。
色々な化け物の目を集め、様々な瞳術を私1人で扱えるようになった。はぐれの組織内でも、頭ひとつ上の存在になっていたはずなのだ。
組織も、世の中もすべてが思うように動かせる予定だった。
しかし、今日出会った連中のおかげで台無しになった。
今日出会った連中は、私の繰り出したすべての瞳術が効かなかった。
そして盗品や模造品だから、その程度の力しか無いのだと馬鹿にまでされた。
私が狐なんぞに……あの高飛車な化け物ごときに……。
不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ。
「百目、次はこっちの番だ」
「ふん!巨大化の術も持ってあと数分。それまでに貴君だけでも片付けてあげますよ」
僕は全身を燃やした。
全妖力を右手と両脚に集中させて、渾身の突きを喰らわせる。
「突撃!」
一直線に百目へと突っ込む。
百目は両方の掌の目から妖気弾を撃ち込んできた。
僕は素早く回避し、そのまま百目に向かう。
「ちょこまかと動きやがって!たたき潰してやるぁ」
大きな手で僕を叩きつけようとしたが、燃え盛る僕の右手の炎は爆ぜて、百目の掌を貫いた。
そのままの勢いで僕の全身は百目の身体を貫通した。
「あ……ぁ、そんな……」
どてっぱらに風穴が空いた。確実に致命傷だ。
「こんなところで……使いたくない……のに……」
百目は苦しみながら、首元にある2つのを光らせた。
その目は輝きを失ったが、身体は萎みながら傷が癒えていく。
鳳凰が右手の甲に現れた。
「何が起きてるんです?」
「ふむ、これはまた珍しい瞳術だの」
風穴が空いたはずの身体は見事に回復している。
そして体力、妖力ともに羅刹鳥の目から現れた時より充実している。
「
妖狐が話し出した。
「産土神?」
「時間を巻戻すことのできる神さ。彼は神にまで手をかけていたってことさ」
百目は不満そうに睨みながら言い返してきた。
「産土の目は切り札の目だった。こんなにところ使う予定ではなかったのに……」
「瞳力を発動させるたびに化け物たちの目を失明させるなんてさ、見た目同様に醜い奴だよ君は」
今さら気付いたのだけど、身体中の無数にある目がいくつか光を失っている。瞳力を発動させた目がすべて閉じているんだ。
目を集めることに執着しているのは、使用する度に失明するので、眼のストックが必要だったのだろう。
こんなことのために殺されて目を奪われた化け物たちが気の毒で仕方ない。
そして何がなんでも、さとりの眼は絶対にゆずれない。
「貴君がうらやましい。そのさとりの眼は何度使用しても失明しないではないか。私はその目がなんとしてでも欲しい」
「つくづく馬鹿だねぇ。さっきも言ったけど、君の目は本来の持ち主から奪った盗品みたいなものさ。目が主人として認めていないから失明するんだよ」
「黙れ、女狐!」
「その点、さとりの眼は違うのさ。さとりは彼を認めているんだ。主人としてなのか仲間としてなのかはわからないけど、瞳力を継承されたひとなのさ」
「目が主人として認める……?何を言っているのやら……」
百目は掌の目から妖気弾を僕に向かって打ち始めた。避けるには簡単な攻撃。
掌の目も妖力を使い切ったのか、光を失った。
そして瞳力とは関係のない、雷の術を僕たちに打ち始めた。
簡単に弾けるレベルの攻撃だ。
その時、鳳凰が手の甲に現れた。
「絶望に飲まれたのか、あきらめの心境なのか、アイツはもう終わったな」
「いえ、百目は何か考えていますよ。まだあきらめてはいません。気を付けないと」
ふらついた足取りでゆっくり僕たちに近づいてきた。
「もうやめです」
「何をだ?」
「ストックを気にしての力の出し惜しみをですよ」
「強がりだね。さっきからかなり無理をしているように見えるけどねぇ」
百目は全身に力を溜め始めた。
さっきまでと違った妖気がまわりに立ち込めている。
頭部の3つの目が光った。
サイクロプスの目。全身が筋肉で隆起し、力のみで戦う1つ目の巨人の目。
ラーの目。好戦的で万物を滅ぼす太陽を司る神の目。
ホルスの目。穏やかで万物を癒す月を司る神。
「とってきの中のとっておきの目を使います。後悔しなさい!」
「牛頭馬頭みたく地獄の門番を勝手に召喚したり、海外の神の目まで持ち出したりさぁ……。君、冥府や神界にまで喧嘩売ってどうする気さ?」
「馬鹿が!誰も文句を言ってこれない圧倒的な力で、冥府も神界もねじ伏せてやるわぁー!」
鳳凰が黙って百目をみている。
その様子は百目を憐んでいるようにも見えた。
「鳳凰。力を全解放します。いいですか?」
「あぁ、特にもう伝えることはない」
「わかりました」
「あの馬鹿にな……無知で愚かなアイツに引導を渡してやれ」
全身に炎を解放すると鳳凰は消えた。
「もう待機って指示はおしまいでいいよね。今のアイツは少し厄介そうだし」
「そうですね。この状況を火鳥くん1人に任せるわけにはいかないですし」
先輩と妖狐が両隣に立った。
「今日1日で見違えるくらいいい男になったじゃないの、発情鬼」
「それでもまだ発情鬼なんですね……」
「この戦いが終われば、その呼び名も変わりますよ」
いよいよ3人で百目との最終決戦に入る。
――――――
突然、僕の右手に現れた鳳凰。
鳳凰は僕が力を解放している間、表面上では姿を消しているが僕の中で状況は把握している様だ。
まったく戦いには参加できないが、力を右手だけに抑えればすぐに出現は可能。
僕の右手になってから今まではずっと眠っているような感覚で過ごしており、たまに目が覚めてはうっすらだけど情報は入っていたらしい。
この戦いの途中から姿を見せたが、百目の攻撃が完全に目覚めるきっかけになった。
その鳳凰が、いま消える直前に言ったセリフ。
「あの馬鹿にな……無知で愚かなアイツに引導を渡してやれ」
この言葉には鳳凰の自分への戒めも含まれていた。
思い出したくない過去。
いつも後悔として残る思い出。
これは僕の知らない話。
天狗が圧倒的な妖力を武器に鳳凰と行動をともにしていた頃の話。
己の強さを過信し、この日本では敵なしと思っていた無知で愚かな過去の話……。
これは誰も知らない、2人だけの昔の話。
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