Holonic 〜百鬼夜行と僕との調和された世界〜

第1話 いつものおはよう

　夏の匂いがする夕暮れ時の交差点。

　歩道に多くの人が集まっている。

　そして周りからたくさんの悲鳴が聞こえる。

　「救急車は？」

　「いや、これもう死んでるでしょ」

　みんなで僕のことを話している。

　原付きバイクでいつものようにアルバイトに向かう最中、事故を起こした。

　走行中に大きな動物が飛び出してきたせいだ。

　突然のことで避け切ることが出来ず接触して転倒した。

　テレビか何かで、疾走中の野生動物は走行中の軽自動車と同じようなモノだと言っていた。

　僕はそれにバイクで直撃した。

　まるで巨大な岩に衝突した感覚だった。

　身体が宙に舞い、ガードレールに当たったあと、道路に叩きつけられた。

　一瞬だと思うけれども、気を失ったと思う。

　僕は今、道路にうつ伏せ状態で倒れている。

　全身の感覚がない。

　声は出ない。

　力もまるで入らず、指一本も動かせそうにない。

　少し離れた場所に転がっている長いものが見える。

　あぁ、なんてことだ、僕の右腕だ。

　「鹿とぶつかったって、この人」

　「なんでこんなとこに鹿おるん？」

　「嘘。この人、腕が…………」

　周りの会話から、僕がバイクで衝突した大きな動物は鹿だと分かった。

　僕は不思議と冷静だ、痛みの感覚が無いからだろう。

　初めての経験だけど、これは死ぬってやつなんだと思う。

　おびただしいサイレンがきこえる、すぐ近くのことなのにすごく遠くの音のように聞こえた。

　「大丈夫ですか？」

　「大丈夫ですか？お名前言えますか？」

　救急隊員が大きな声で話しかけているけど、何重にもマスクをしながら話している様な声で聞き取りにくい。

　僕も伝えたいことがあるのに、伝える方法が何もない。

　「右腕を……そばに持ってきて欲しい……」

　何故だかそれを一番に伝えたかった。

　数人がかりで僕の身体を持ち上げようとしている。

　今から人生最初で最後の救急車に乗車するんだろう。

　帰ったら母さんに今日のことを話したかったな。

　クラスの連中にもエピソードトークとして話したかった。

　でもわかっている。きっと生きて戻ることはない。

　僕の勤務の代わりは見つかるのだろうか？

　あのドラマの続き、昨日見ておけば良かった。

　来月のライブ、せっかくチケットが取れたのに行けないのか。

　いろいろとやり残したことが思い出されてくる。

　救急隊員がずっと話しかけてきているが、聞こえなくなってきた。

　母さん、悲しむだろうな。

　父さんが亡くなってから、この街に2人で越してきたばかりなのに突然1人にさせてしまう……。

　父さんが死んだ時だって母さんは大変だった。

　これで僕も死んだら、母さんはどうなるんだろ……。

　「家に帰らなきゃ」

　「まだ死んじゃダメだ」

　「死にたくない」

　「絶対に死にたくない」

　沈むように浮いて逝く感覚の中、僕は真っ暗な世界に落ちていった。

　――――――

　前後左右上中下、全てを見渡して真っ暗な空間に僕は座っていた。

　そして目に前には山伏の様な格好をした老人？なのかまるで人ではないような者が立っている。

　肌の色が赤黒く、ただれている様にみえる。

　向かい合っているだけでわかる異様な者。

　産まれて16年間、出会ってきた人の数は決して多くないけれど、その異質差はよくわかる。

　ただならぬ雰囲気を持つそのひとは真っ直ぐに僕を見つめている。

　「山の子が迷惑をかけた」

　急に声をかけられて僕は驚いた。

　「山の子？」

　さっきまで出せなかった声が急に出せたことにさらに驚いた。

　「お主とぶつかった牡鹿のことだ」

　と返したきた。

　「山を出るなといつも伝えてはいるのだが、人里への好奇心を押さえられなかったようだ。しかし山を出たものの帰り道を見失い、走り回っていたところお主と出会ってしまった」

　話し方からして、鹿の飼い主のようだ。

　「鹿君は大丈夫でしたか？」

　どうやらあんな大きな事故を起こしたのに僕は死ななかったようだ。

　信じられないくらい運が良い。本当にラッキーだ。

　「あぁ、無事に山に戻した。心配には及ばんよ人間」

　「それは良かったです」

　と返したものの最後の人間という言葉に引っかかった。

　「山の子が原因で死にゆくお主と見かけてしまった。その際「死にたくない」と念じる声を聞いてしまってな。一刻を争う状況下だったので、お主と話もせず勝手ながら命を救ってしまった」

　うん？理解に苦しむ話を聞かされている。

　事故に遭って死にかけていた僕は、このひとに助けられた？

　このひとは命の恩人ってことか。

　かなり激しい事故だったはずなのに、このひとのおかげで今僕は座って話ができている。

　そして……。

　ちぎれたはずの右腕が元に戻っている。

　「これは夢ですか？それともすでにここはあの世とか？あの事故自体が夢だった……それならどこからが夢？」

　たまに経験があった夢の中で夢を見ること。

　夢から夢へ移動しただけなのだと思いたかった。

　かすれた声で老人は話し始めた。

　「お主は死んではいない。またこれは夢でもない。現実世界では治療を受けているため、儂とお主は精神世界の中で会話をしている。事故でお主は顔の左側が陥没しており左目が潰れていた。右腕も千切れて出血が激しかった」

　僕は右腕のことばかりに意識がいって、左目が潰れていたとか出血量が激しいとか全く気付いていなかった。

　腕がちぎれるくらいの事故だったのだから、それくらいの被害は当然かもしれない。

「ある程度全身の治癒は施したが、欠損した部分は流石に治癒ができなかった……。欠損部の左目にはさとりの眼を当てがい、右腕には鳳凰の脚を加工して手として付けた。不足した血は儂の血で補い、なんとか命を繋ぐことができた。しかし……」

　話途中だが、たまらず僕は質問に割って入った。

　「ごめんなさい、聞きなれない言葉が多くて話がよくわからないんです。ところで……お爺さんは誰なんですか？」

　すると老人はハッとした表情を見せて答えた。

　「儂としたことが失礼であったな、この無礼を許されよ。儂は鞍馬山（くらまやま）の牛丸（うしまる）と申す者。人間の中では仙人、もしくは天狗と呼ばれている化け物だ」

　普段ならあまりにふざけた話を理解しようとも思わないのだけれど、今は不思議なほど疑いなく耳に入ってくる。

　化け物って礼儀正しいんだ……良かった。

　とまで思った。

　「僕は火鳥　煉（かとり　れん）と言います。この度はあぶないところを助けていただいてありがとうございます」

　恐る恐るだけど、僕もしっかりとした対応で返した。

　「さっきの話の補足になるが、さとりとは生き物の心を読み取り、偽りなどいっさいを無効にしてしまう化け物のこと。鳳凰とはあらゆる悪鬼を焼き払い、不死と言われるほど再生能力に長けた霊獣のことだ。その者たちの眼と脚をお主の身体の欠損部分に補い当てた。そして不足していた血は儂の血で補った。ただその血の量が人間の許容範囲を超える量であってな」

　「許容範囲を超える量？」

　「そのためお主はひとでありながら人でなくなってしまい、今後様々な厄災が降りかかるやもしれんのだ」

　ひとでありながら人でなくなった？

　様々な厄災が降りかかる？

　正直意味がわからない。

　僕はこの天狗みたいな化け物になったってことか……。

　降りかかってくる厄災って……？

　その後の話の中でわかったことは、これから僕は今まで見えなかった化け物と呼ばれる者たちが見えてしまうこと。

　また人間でありながら、強く化け物の気配を持つ僕に、さまざまな化け物が接触を試みてくる可能性が高い。

　ということだった。

　接触をしてくる者たちの中には好意的な者もいれば、攻撃的な者もいるらしい。

　「それって命を狙われるってことですか？」

　と、質問をすると天狗は少しバツの悪そうな表情を見せて答えた。

　「今より3日の内にお主は意識を取り戻すことになる。意識が戻ったとてすぐに動けるわけでもない。身を守るためにも護衛に付く者を早急に選定して参る」

　「選定？」

　「お主を決して放置などはしない。今は安静にしているが良い、意識を取り戻した時にまた会おう」

　そう言うと踵を返して天狗は闇の中に消えていった。

　これは夢だ。

　やっぱり夢だ。

　悪い夢なんだ。

　そうとしか考えられなかった。

　最近こんな内容の漫画やアニメを見ているからその影響だろうか。

　何者でもなかった少年が、ある日突然とんでもない能力を手にする。

　その力で無双が始まり、多くの人を助けたり強敵を倒したりする憧れの内容だ。

　異世界でその世界を救うヒーローになるという流れが、なんとも堪らない。

　僕は左目に生き物の心を読み取る、さとりの眼を持ち。

　右腕にはあらゆる悪鬼を焼き払い、不死と言われるほどの再生能力を持つ鳳凰が備わっている。

　それでもって血液型とかの問題がないのかが不安だけど、天狗の血も入れられた。

　天狗の血にはどういった能力があるのか聞いていないけど、能力0ってことは無いだろう。

　もし本当にそんな能力を手していたなら、おもしろいだろうな。

　異世界ではないけど、現実世界で無双ができる。

　悪を滅ぼし、世界の平和を守る。

　それで可愛い女の子達に囲まれて、ヒロインを一人に絞らないといけないイベントに苦しめられる。

　……最高だな。

　はぁ、夢の中ならいつでもそんなヒーローになっているじゃないか。

　漫画やアニメにある話。

　いつも目が覚めた時に落胆するパターン。

　どうってことはない。

　朝が来て目が覚めれば、いつものおはようなんだ。