第19話 廃墟に咲く花火


深夜の鞍馬山に揃う2体の化け物。


 山の子や迷い家の化け物たちは、心配そう天狗を見守っている。

 店長と百目の激しい戦いに、みな恐怖をしていた。


 天狗は右手を軽く上げて、心配ない。と合図を送った。


 「恥の上塗りになること承知で言うが、百目のあとを追ってはくれぬか?」

 

 「なんでや?」

 

 「おそらく、火鳥や咲のもとへ向かったのであろう。助けてやってもらいたい」

 

 己の無力さを痛感している天狗は、店長に頭を下げるしかなかった。

 大昔は己の力に自身が満ち溢れていた仙人も、老いた今はかつてのライバルに頼み事をするようになってしまった。

 そんな天狗に店長は返答する。

 

 「無理やで、目玉を使った瞬間移動使いよったし、もう現場に到着しとるやろ。俺が到着した時には決着ついてるわ」


 それを聞いて天狗は肩を落とした。

 店長もそんな天狗を目の前にして、少しの戸惑いがあった。

 当時、あたり構わず喧嘩をふっかける天狗が、冥府攻略に失敗して鳳凰を失ったと噂にはなっていた。

 しかし、その後も類まれな妖力を武器に数多の術を使いこなし、多くの化け物を率いてきた実績がある。

 なんだかんだで一目置く相手だったからだ。


 「仙人は何心配しているか知らんけど、俺なんか行くまでもないやろ」

 

 「?」

 

 「さとりの眼をもつ鳳凰に異端の妖狐、影使いの童までいるんやで」

 

 「……」

 

 「賭けたるわ。アイツら3人の勝ちや。百目に勝てる理由が思い浮かばんもん」


 そう言うと店長は山を降り始めた。


 「心配し過ぎだったかの……」


 店長は足を止めて振り返る。

 

 「アイツら帰る時な、俺のマンションまで送ったってや。祝勝会でモーニングでもご馳走したろと思うてるしな」

 

 「……わかった」

 

 「そろそろ朧車廻しときや、もう決着ついとるかもしれんで」



 店長は軽く手を振って去っていった。



 ――――――



 サイクロプスの目で肉体強化をした百目は、ラーの目を併用し高熱を帯びた閃光と化して飛びかかってくる。

 

 僕は全身を焼き刻む攻撃を真正面から受けた上で、百目の身体に渾身の突きを喰らわせた。

 肉を切らせて骨を断つ作戦。

 このまま焦滅させてやる。


 「うおぉぉー!」


 百目は激しく燃え上がるが、そこにホルンの目を使用し自己再生を行っている。

 攻撃を恐れない戦い方は僕に似ている。

 

 そして先読みの術でわかる。

 百目を襲っている炎が消えたあと、サイクロプスの力に押し負けて僕は吹き飛ばされる。


 ――ドゴッ――


 やはり押し負けた。

 吹き飛ばされて床に叩きつけられる。


 「!」


 身体が宙で止まった。

 先輩が影留めの術を僕にかけて、空中で動きを止めてくれたようだ。

 こんな使い方もできる術だったのか。


 妖狐が狐火で百目を凍結させる。

 一瞬は凍るものの、ラーの高熱術で解凍させられてしまう。


 百目はそのまま妖狐に襲いかかる。

 蒼い狐火を無数の礫に変えて百目に向かって一斉に発射した。


 「ギャアァ!」


 少し効いたようが、またホルスの目で自動回復が行われている。

 僕はすかさず後方から炎の突きで攻める。

 避けようとする百目の動きを、影留めの術で止めて突きが直撃した。

 そこに攻め込む妖狐と先輩に、高熱閃光術を使い距離を取らせて接近をゆるさない。

 その上、突きを喰らいながらも回復を続けている。

 

 百目は一体でかなり無茶な戦い方をしている。

 襲い掛かる鞭状に変化させた狐火を片手で払い、閃光術で応戦してくる。

 

 僕は超回復に頼り、ダメージを恐れずに鳳凰の突きを繰り返す。

 先輩は影写しの術で、じわじわと回避不可のダメージを与えている。

 妖狐は遠距離から氷の礫で応戦し、百目を追い詰める。


 絶え間なく続く攻防の中、その時が来た。

 サイクロプスの目が光を失い、機動力と守備力が一気に落ちた。そして、ホルスの目も輝きを失い自動回復の能力を失った。

 

 「残るはラーの目だけだよ。勝負あったね」

 

 「はい、このまま押し切ります」


 百目は口を開けた。

 舌にも大きな目玉を1つ隠し持っていた。

 

 「これが本当に最後の切り札。一目連だ。」


 風の神である、一目連の目まで隠し持っていたのだ。

 一目連は風を操る化身、いや神と言われている。


 ラーの閃光と暴風嵐によって、3人とも床や壁に叩き付けられた。

 

 僕はともかく、妖狐と先輩のダメージが心配だ。


 「また厄介なものを持ってたね。攻撃こそ最大の防御でこれは近づけないよ」

 

 「一目連がいる以上、正面突破は不可能ですね」

 

 「百目はこのまま距離をとって逃げる気です。それだけは絶対にさせない」

 

 「当然です。わたしに考えがあります。聞いてください!」

 

 「どんな作成さ?聞こうじゃないか!」


 僕たちは先輩の作戦を聞いた。

 まったく、先輩は戦闘中に色々と思いつくもんだと感心する。

 しかもこの作戦で危険なのは妖狐だけだ。よく引き受けてくれたなと思う。


 「さぁ行くよ、咲!しくじるんじゃないよ!」

 

 「もちろんです」


 妖狐が飛び出した。

 一目連相手に正面突破は無理だとわかっているのに正面から攻めた。


 「馬鹿どもがぁ!」


 渦巻く突風を閃光と同時に繰り出し、妖狐に向かって放った。

 

 「うぁっ!」

 

 妖狐は閃光に身を切られ突風により弾き返された。

 

 「今です、火鳥くん!」

 

 妖力全開の炎を右手に爆ぜさせ、弾き返されてこちらに吹き飛んでくる妖狐の背中に向けて突きを向ける。


 「先輩!お願いします!」

 

 「……影移動の術!」


 先輩はこちらを見ている百目と、背中を向けたまま弾き返されて飛んでくる妖狐の影を本体ごと位置変えした。

 いま僕の目の前には、背中を向けた百目が弾き返されて向かっている。

 その背中に全力の鳳凰の突きをぶつけた。


 「!」


 百目は声も出せないでいる。

 何が起こっているのかわかっていない。

 いきなり背中を突かれ、鳳凰の炎に全身を焼かれている。

 

 ラーの目の力も無くなり、一目連の目は燃え始めた。


 「何が、……にが起こった……」

 

 「死ぬんだよ。……お前は」


 「なぜ……貴君が……私の後ろにいる?」


 「あの世で考えろ」


 百目と僕は宙に浮いたまま、炎に包まれている。

 醜く叫びもせず百目は燃えていた。


 百目は1つだけ答えを求めた。


 「私は……いったいどこで間違えたのだ?」


 妖狐は呆れた口調で答えた。


 「そんなこともわからない馬鹿だから今死ぬんだよ。どこで間違えた?そんなもの同族を殺してまで目を集め始めた時に決まってんだろう」

 

 「直近では馬鹿な部下に眼を集めさせて、火鳥君のお母様に手をかけたことでしょうね」

 

 「あ……っぁ」


 全身の目は燃え尽き、百目はただ死を迎えるだけになった。


 「地獄の門番召喚したり、神までやっちまったんだ。なかなか居ないよ、閻魔と神の両方に喧嘩売って死んでいくやつ」

 「そうですね。わたしも初めて聞きます。そんな馬鹿なひと」

 

 「死んじまったら、君はどうなってしまうのだろうねぇ」

 

 「そうですね、無に還るだけでは済まないでしょうね」



 「い……だ……いや……だ……ぁ」

 

 「しに……くない」


 「それじゃ、これで終わりにします」


 百目の体内に大量の炎を注ぎ込み、最後は花火のように爆発させた。

 真夜中の廃墟の屋上で、大きな花火が咲いた。

 

 結局、はぐれという組織に関して調べることができなかったが、今回の件に関しては全てカタがついた。

 妖狐や先輩のおかげで母さんの仇も打てた。

 本当に感謝している。

 

 

 僕たちの完全勝利だ。



 ――――――



 空は少し夜明けの兆しを見せていた。

 

 廃墟を出ると朧車がすでに待っており、牛車のそばには天狗が立っていた。


 「爺さま!」

 

 「牛丸」


 天狗を見て喜ぶ妖狐と、再会にぎこちない先輩がいる。


 「3人ともよう頑張ってくれた」


 天狗は妖狐の頭を撫で、先輩に歩み寄り礼を伝えた。

 先輩と2人で何かを話しているようだったけど、詳しくは聞こえなかった。

 ただ前向きな話だったように思える。

 

 その後、天狗からこの度の顛末に関して深々と謝罪をされた。

 謝罪をされたところでもう過去には戻れない。

 それにもう僕は全てを受け入れている。


 朧車に乗って、迷い家に向かうと思っていたが、店長のマンション前で降ろされた。

 天狗から店長にここで降ろすように言われていると聞いた。

 マンション前で下ろされると、天狗と朧車は朝靄の中に消えていった。


 なぜ店長のマンション前なのかわからないまま待っていたのだけど、しばらく待っても店長は現れなかった。

 部屋に向かうと店長はベッドの上で爆睡していた。

 もちろん先輩はブチギレて、その場で説教が始まった。


 店長は祝勝会として、モーニングをご馳走しようと考えていたらしいが、先輩にディナーを御馳走するべきだと嫌味を言われていた。

 とにかく戦い疲れた僕たちは、空腹ということもあり喫茶店のモーニングに連れていってもらった。


 なんてことはないメニュー。

 パンにサラダ、目玉焼きとソーセージにお好きなドリンクだった。


 美味しい!

 こんなに美味しい朝食は久しぶりだ。

 ここ数日は味を楽しむなんて考え自体がなかったのだろう。

 コーヒーってこんなに美味しいものだったのか。

 パンとのコンビがやばい。

 卵とソーセージのコンビも最強だ。


 それから店長が妖狐と先輩に嫌味を言われて、怒っているシーンとか最高に面白い。

 これが幸せというものなんだ。

 なんて、僕はこの若さで悟りを開けたのかもしれない。


 母さんは成仏する時に、僕へ贈る言葉を天狗へ預けていたようだ。

 その言葉を、天狗が店長へ僕に伝えるように依頼していた。

 

 「こっちで父さんとおもしろ可笑しく過ごしているから、煉もそっちでおもしろ可笑しく過ごしてね」


 だと。

 

 なんとも母さんらしい言葉だ。ホッとする。


 しかしこんなタイミングで伝える話ではないと、また店長は先輩に怒られ始めた。


 美味しい食事、楽しくて頼もしい仲間、そしてなんとも言えない安堵感。

 全てが揃った時に、僕は気が抜けてしまったのだろう。


 こんなに楽しい時間なのに、その場で深い眠りについてしまった。



 

 父さんと母さん、そして僕の3人で色々な話をして、楽しい時間を過ごす夢を見た。

 この時間が続けば。

 ずっとこの幸せが続けばいいのになぁ……。


 

 目覚めた時には、自分のマンションの部屋で寝ていた。

 

 すでに夕暮れ、久しぶりの帰宅。

 妖狐が連れて帰ってくれたのか。

 部屋が片付いている。

 妖狐と先輩が整理整頓してくれたのだろう。


 起き上がりリビングに向かう。

 電気が消された誰もいないリビング。

 僕は1人きりだ。

 化け物とも戦える力を持った、仇も打てた、もう妖狐の護衛も解除されたのだろう。

 

 そうか僕は本当に1人になってしまったんだ……。


 

 でもアルバイトに行けば先輩も、店長もいてくれる。

 学校が始まれば、友達とも遊べるんだ。

 

 

 何か胸にぽっかりと穴が空いた気分になった。


 


 「なんだい、目覚めたのか?急に寝るもんだから驚いたよ」


 後ろから妖狐の声がした。

 

 「迷い家にでも行くかい?何なりと食べ物あるはずだしさ」


 あぁ、居てくれた。

 1人になったわけではなかったんだ。

 

 僕はまた涙が出た。

 最近、本当によく泣いてしまう。

 泣くのは嫌いなんだ、時間の無駄だから。

 

 妖狐はそっと背中に手を置いて、僕を落ち着かせようとしてくれた。


 「あの……氷花さんはいつまでいてくれるんですか?」

 

 「ん?別に決まっちゃいないけど」

 

 「そうですか」

 

 「なんだ。お子様だからわたしが消えないか不安になったのかい?」

 

 「まぁ……そんなところですかね……」

 

 「爺様から、迷い家への出入りも許されてるんだ。寂しがることなんてないさ」


 僕はこれから日常に戻っていく。

 今までとは違った日常へ。

 

 

 来週から学校へ行こうと思う。

 もう少しで夏休みだ。

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