第6話 土蜘蛛からの助言

 店長と店に戻った。


 

 店では朝のパートさんが仕込みに入っている。


 「みんな、ごめんやで急に抜けてもうて!」

 

 「すみません。僕も手伝います」


 僕も急いで仕込みの手伝いに入った。

 辛口フライドチキンは季節限定の超人気商品だ。

 しかも今回からは、骨の無い辛口フライドチキンを挟んで食べる、辛口フライドチキンバーガーが新発売される。


 しかもこの商品は数量限定だ。

 

 これはもう全日本人の心を掻き立てる数量限定といった魔法のワードを使ってやがる。

 このキャンペーンは売れで!

 本気で挑まないとバーガーの前に、我々が客人に喰われてまうで!

 

 って少し訳の分からないことを店長は言っている。

 まぁそれくらい売上を期待できる商品てことだ。


 普段の平日ではあまり見ないくらいの商品を溜めるためか、朝のパートさん達はすでに疲れていた。

 

 平日ということもあり、オープンしてからしばらくは落ち着いていたけど、11時過ぎた辺りからピークが押し寄せてきた。

 CMやWEB告知を見た方々が、もうこのシーズンか!ということに気が付いて来店されている。


 そして12時頃にはサラリーマン、OLの方々のランチタイムということで来店が押し寄せて、最大ピークに達した。

 

 「辛口フライド、連続で揚げ続けてや!」

 

 「かしこまりました」

 

 「辛口バーガーを5、その他バーガーは3、ポテト10、メイプルビスケ10 は最低キープでお願いやで!」

 

 「承知いたしました!」


 店長の采配と、みんなの頑張りでキャンペーン初日の昼ピークを乗り越えた。

 

 

 

 そして約束の14時を迎えた。

 

 

 店長は僕と大事な面談をするから事務所へは入室しないようにと全アルバイトに伝えてくれた。

 この面談にはもちろん妖狐は同席している。


 店長は少し不満そうだ。


 「なんでこんな殺気だって俺を見んねん。妖狐みたいな高尚な化け物を相手にするほどアホちゃうでホンマ」

 「よく言う。ただの流浪の化け物ならわたしも苦労しない」


 妖狐は未だに警戒を解いていない。部屋全体に緊張感が走っている。


 僕はまず、この時間を作ってくれたことに対し店長にお礼を言った。

 妖狐からは人間に化けて人間社会で働いている化け物がいると聞いていたが、店長がそれだと知った時の失礼な対応に関しても謝罪した。

 店長は苦笑いしながら許してくれた。

 

 そして事故から今までのことを詳しく話した。

 店長はいつもの様子とは違い、親身に話を聞いてくれた。

 

 「しかしそんな話聞かされても俺なんにも役立てへんよ、悪いけど」

 

 「いえ、店長が怖いひとでは無いってことがわかって嬉しかったんです。話を聞いて欲しかっただけなんで気にしないでください」


 身近なひとに今の境遇を聞いて貰えて、気分が落ち着いた。

 それに優しい化け物がいるってことを知れたのも大きな収穫だった。


 店長はことの成り行きを理解した上で、僕の都合にできるだけ優先してシフトを作ると言ってくれた。

 また勤務中、流浪の化け物から襲われたりしてもフォローするとまで言ってくれた。

 

 それは店長として部下を守ることなので当然の仕事だそうだ。


 しかし店長は交換条件を突きつけてきて、土日どちらかは必ずロングで勤務に入ること。を約束させられた。

 そんなことかと了解すると、店長はすごく満足そうな顔で喜んだ。


 病み上がりを気遣ったのか、今日はもう勤務を終わらせて帰宅していいと言ってくれたが、明日も朝からちゃっかりシフトに入れられた。


 「……君……土蜘蛛だろう?」


 妖狐はさっきと比べては少し落ち着いた様子で話し掛けた。

 

 「そやけど……」

 

 「君のことは何も聞いていないからね。話しなよ、なんで人間の姿でこんなところにいるのか」


 店長はめんどくさいという理由で話したがらなかったけど、執拗にお願いしたら渋々答えてくれた。

 

 数年前に病気で死ぬ直前の子供に取り憑いたことが始まりのようだ。

 死を待つ子供に憑依し、その両親の前で元気いっぱいに動く姿を見せて驚かせてやったのだと……しかしその後、なぜだか憑依から抜け出せなくなってしまい仕方なくそのまま人間として生活することになった。

 

 らしい。

 

 もの凄く面倒臭そうに店長は話しているので、ずいぶんと嘘っぽい話に聞こえた。


 店長って悪態を吐きながらでも、やってることがお店のためになってたり、アルバイトみんなのためになってたりすることが多い。

 もしかしたら、その両親のことを思って子供に憑依する必要があったのかも……?いやいや、店長の適当な話を真剣に考えるだけ無駄かもしれない。


 「何やら信じられないねその話、土蜘蛛クラスの化け物がそんな失敗するかねぇ。平安の時代にはたった一体で都を地獄に落とした伝説の化け物と聞いている。さとりの眼と鳳凰の手を目の前にしても、まったく動じない奴がそんな失敗するなんて考えられないよ」

 

 確かに。

 なにより店長が伝説の化け物だって言われてることもいささか信じられない。

 

 「平安とかいつの話やねん。そんなことがあった気もするけど、今はこっちが人手不足で地獄見とるわ」


 店長はさすがに伝説の化け物だけあって、サラッと上手に返した。

 とりあえず、あとで土蜘蛛をネットで調べるとしよう。


 「店長、これから何か化け物関係で気付いたり知ったことがあれば情報交換してもらえませんか?」

 

 「えっ、あぁ……まぁええよ」


 本当に興味なさそう返事だ。強いひとって色々気にならないんだろうな。


 「それと、もし良ければ僕が知っている人で実は化け物なんだってひとがいたら教えて欲しいんですけど……」

 

 「いやー、それはきついなぁ!そいつらはそいつらで隠れて一生懸命生きてるわけやん。放っておいて欲しいんちゃう?俺かって自分のことバレてかなり驚いたし」


 なにかものすごくひとを気遣った大人な意見を返されて恥ずかしくなった。

 化け物の人権ってやつかな?

 確かにその通りな気がする。


 このお願いは断られたけれど、店長は危険だと判断したことに関しては情報共有するとのことで、話の落としどころを作ってくれた。

 

 ここ最近は、周辺で邪気を持った化け物は見ていないらしい。

 ただ邪気を持った化け物が現れたと思ったら、別の強力な妖力を持った化け物が現れて、それを排除して去っていくのを見たようだ。

 

 「どういうことだい?邪気を持った化け物が現れては、さらに強い化け物が現れて排除して去っていく?危険だね」

 

 「……」

 

 「どうしたんだい?」


 「お前、天然か?全部お前のことやろがい……」

 

 「あっ!」


 僕の妖力や眼と腕を狙った浪々の化け物が現れては、妖狐が何度か対応してくれていた。

 そのことを店長は言っているのだけど、妖狐は真に受けて自分のことだと理解していなかった。

 妖狐はまじめだから……。

 

 色々と話ができて一段落付いたので、店長にお礼を言った。

 

 そして店長の休憩時間も終わるので、そろそろ事務所を出て帰ろうとした時。


 「そや火鳥くん、知ってるならいいんやけど君のお母さん普通に化け物見える人やし守ってあげや」

 

 「えっ?」


 「やっぱり知らんかったか?最初お母さんから俺のこと聞いて来たんかな?って思ったんや。お母さん昔から見える人やったんちゃうか。君が入院した時わざわざ挨拶しに来てくれはったんやけど、俺のこと完璧に気付いてはったで」


 あの母さんが化け物見える人だって?

 なら今僕のことはどう見えてるんだ?


 「化け物を見てもそれをスルー出来るメンタル持ったはるし、昔っから見えてたんちゃう」

 

 「いえ、まったく気付きませんでした」

 

 「火鳥君の件で、化け物が今まで以上に寄ってくるんやったら気を付けたらなあかんよな」


 

 あの事故のあと、次から次へと知らなかったことが耳に入ってくる。

 店長からは一度、母さんとしっかり話し合う様にアドバイスまでもらった。


 

 どれだけできた化け物なんだよ店長。



 ――――――



 妖狐と歩きながら帰っている。

 

 「母さんが化け物を見えるって知ってましたか?」

 

 「いや。でも……今思えばおかしいなと思うところは色々あったように思うね」


 妖狐はマンション以外では姿が見えないようにしているらしい。

 しかし母さんはマンションの外でも「氷花ちゃん!」て声をかけに来たことがあったのだと。

 

 またマンションに入る際も結界が見えているようだったらしく。

 結界が貼られて間もない頃、身体に当たっても害がないか通り抜ける前に靴や鞄を先に放り入れて安全を確認しる姿を見たらしい。


 そういえば昔から何もないところで急に避けるような動きをしてみたり、ジャンプしたりと変な行動があった。

 見えている何かから必死で避けていたのかもしれない。

 また目的地までのコースを急に変える時もあった。進行方向に何か怖いものでも見えていたのだろうか。


 店長から母さんを守ってあげるように言われた。

 と言うことは、見える母さんは常に危険な状況下にいるってことだろう。

 

 「鳳凰の手が使えれば、母さんに何かあっても助けられるんですよね」

 

 「そうだね、相手の敵意に反応するのか、君の相手を殺すと言った覚悟に反応するのか、せめて発動条件がわかればいいのだけどねぇ」


 妖狐がいるから自分自身のことは安全に思えてたけど、周り人が安全ではなかった。

 何かが起こる前に力の使い方をマスターしておかないと何も守れない。


 母さんには隠しておくつもりだったけど、状況は変わった。

 妖狐にも手伝ってもらって、母さんにいろいろと確認してみる。

 


 そして安全確保のためにも、今夜母さんにすべて話そうと思う。

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