Holonic 〜百鬼夜行と僕との調和された世界〜

第11話 初陣

　店を出てマンションへの帰り道。

　妖狐は店長が帰り際に言った事を思い出していた。

　『羅刹鳥は2週間も監視に気付かない間抜けなのか？　それともすでに気付いた上で我々の出方を見ているのか？』

　妖狐は後者の可能性を危惧した。

　こちらも監視や情報収集に訓練をしている間、奴らにも色々と準備できる時間があるわけだ。

　「蜘蛛が監視してるからって、安心していいわけではないかもね」

　「そうですね」

　「！」

　「発情鬼、どうしたの？」

　目が疼く。

　強力な化け物の気配がする。

　「氷花さん、化け物が近づいてきます」

　「やれやれだねぇ……言ってる矢先にこれだよ。夕方といえどまだ明るいこの街中でやる気なのかな？」

　「2人います。2匹っていうのかな？」

　「完璧に私たち狙いだね。相手もよく調べているってもんさ」

　僕たちは路地へ誘い込むために場所を移動した。

　妖狐は対峙した瞬間に周辺の被害を抑えるため結界を張り、会話ができる様なら試みるようだ。

　でも無理そうなら速やかに攻撃体制に入ると作戦を伝えてきた。

　僕も眼鏡を外して相手の心を読み続けるように言われた。

　「ようやくわたしにもわかる距離に入ってきたね」

　「あの角からもうすぐ、姿が見えます」

　「気配的に低級鬼かな……それでも鬼を召喚して差し向けてるところを見ると、相手も本気だね」

　体格の良い男性2人が目の前に現れた。

　妖狐は速やかに結界を張った。

　2人は顔色が悪く、瞳孔が開いていると言うのだろうか？目が普通ではない。

　そして腐敗臭が漂っていて、ひどく臭い。

　「雑な変化だよ。人間界うろつくためにとりあえず殺した人間の死体に憑いてるだけって感じだね」

　「殺意と空腹……あと僕の眼を持ち帰ることだけ考えています」

　「おい！君たちをこっちに呼び出して操っている親玉は誰だい？羅刹鳥ではないんだろう？」

　2人は小刻みに震え出し、顔や身体の皮が変色し歪な形に大きく広がりはじめた。

　バキバキッと鈍い音をたて、人の姿をしていた2人は、見事に別の生物へと変わった。

　「これが鬼？」

　「下っ端のね……でも力だけは強いよ、気を付けて」

　身長は2mを超えている。

　土気色した肌で目は大きく見開き、涎を垂らす顔に知性は感じられない。

　分厚い身体に腕と脚、鋭い牙と爪がみえる。ヒグマなどが目の前にいる感じと似ているのかもしれない。

　「ウオオォォー！」

　2匹の鬼が雄叫びをあげた。

　腹の底から響く威嚇で気押されしそうになった。

　「発情鬼、ビビってるの？」

　「……まさか」

　妖狐は蒼い狐火を身体に巻き付けるように発生させた。

　僕も慌てて鳳凰の手に炎を発動させる。

　「会話は無理のようね……」

　「いえ、会話はできると思いますよ」

　「……？」

　「氷花さんのさっきの質問に心で答えてます」

　「へぇ、それで誰だって？」

　「百目と」

　妖狐は目を閉じ、深くため息を吐いた。

　僕たちの中で羅刹鳥を操っている化け物がいた場合、化け物の目も奪われる事件が最近多いことから、第一候補に上がったのが百目という化け物だった。

　その百目は上位の化け物らしく、できれば違うことを願っていた。

　「コイツら倒した後、迷い家に向かうよ」

　「はいっ！」

　今から鬼との戦いが始まる。

　――――――

　「ありがとうございましたー」

　「またお越しくださいませー」

　夕方のピークタイムのため先輩はアルバイトに集中し、店長は食材発注の見直しのため店舗に残っていた。

　しかし客足が途切れないこともあり、店長もオペレーションに参加していた。

　その時、僕たちが相手している化け物とは別の化け物が店舗に接近していることに店長は気付き、先輩へ小声で指示をだした。

　「家入さん、クレーマーが2匹ほどご来店されるみたいやねんけど対応してもらっていいやろか？」

　「クレーム対応は普通店長のお仕事ではありませんか？」

　「僕、今日OFFやん！」

　先輩は呆れた顔をしながら店長を睨みつけたらしい。

　「お店、お任せします」

　「任せとき！あぁそれと、できれば生捕りでお願いな」

　「拘束に関しては、土蜘蛛の方がお上手では？」

　「ここでは店長と呼びなさい。時給下げんで」

　「……あなたはパワハラ店長です」

　先輩は店舗の裏口から出て、2匹のクレーマーの元へ向かった。

　自分を中心に広範囲の結界を張った。

　そしてユニフォーム姿から錫杖を持ち、桧笠を被った山伏の格好に替わり2匹の前に立った。

　相手側の狙いは店長と先輩であり、先輩の単独行動は想定外だったようだ。

　「1人だと？お前、座敷童か……もう1人はどうした」

　「あっ、お話ができる方なんですね。それは助かります」

　「さとりの眼を持つ人間にもすでに仲間が向けられている。我々を監視していたようだが、気付かれていることに気付かないとは間抜けな奴らよ」

　「その間抜けに、あなた方の相手を任されてきました」

　「利口だな、お前を向かわせ自らは逃げるか……蜘蛛を使役する低俗な化け物の考えそうなことだ」

　2匹は速やかに鬼の姿へと変化した。

　「低俗かどうかはわかりませんが、彼の闘い方は昔から軽蔑に値する物でした。ただあなたのような低級鬼が何百匹いたところで相手にすらならないでしょうね」

　「ふん！座敷童ごときを盾にする化け物を賞嘆するとは、良き従者を持ったものだ！」

　「やれやれ、賞嘆もしていなければ、わたしは従者でもありません。そこは間違えないでいただきたいです」

　「まぁいいや、とりあえず死ねよ。座敷童」

　そう言うと、2匹の鬼が先輩に攻撃を始めた。

　――――――

　鬼の攻撃を交わすことで精一杯だ。

　今、僕と妖狐は2匹の鬼を1匹ずつ相手にしている。

　鬼の攻撃は一発でも当たれば僕には致命傷だ。それにスピードが速いため攻撃に転じることができない。

　妖狐は相手の心を読み、先回りしてカウンターを狙って攻撃するのだと簡単に指示を出すが、訓練相手のあかなめ等とはレベルが違う。攻撃が早い。

　「君！いろいろ聞きたいことあるから、コイツらを簡単に殺すんじゃないよ！」

　見て分からないのでだろうか？どっちかというと殺されそうなのは僕なのに。

　接近戦では相手に分がありそうだ。妖狐みたいに距離をとった戦いができればいいのだけど、それって僕にはできないのだろうか？

　訓練時に試そうと思わなかった自分が情けない。

　ものは試しで、攻撃を避けて距離をとってみよう。

　距離がとれたら、腕の炎を手のひらに集めるようにイメージしてみる。

　おぉ！イメージ通りに炎の塊ができ始めた。これならできるかもしれない。

　距離をつめるように鬼は飛びかかってきた。

　「今だ！」

　手のひらに集まった炎の塊を鬼に向かって投げつけた。

　「当たれぇぇー」

　投げつけるはずの炎を地面に叩きつけてしまい、弾けて消えた。

　その火花に驚いた鬼が、後方に退いてくれたおかげでまた距離は取れた。

　しかし……。

　妖狐を見ると、呆れた顔をしている。

　野球だ、野球をやっていれば良かったんだ。球技は昔から苦手で、授業のソフトボールでもノーコンでピッチャーを外され続けてきた。

　「君、格好悪いよ……」

　傷付く一言だ、そんなことわかってるよ。

　こんな鬼相手に苦戦しているようでは、羅刹鳥には勝てないだろう。

　ところで妖狐はよそ見していて大丈夫なのか？

　「手伝おうか？」

　「！」

　妖狐が相手にしていた鬼は既に氷漬けにされており戦いは終わっていた。

　そして僕の相手の鬼の手足も凍結させており、早く終わらせるように告げてきた。

　「動けないようにしてるんだ、次は外さないでよ」

　わかっている！もう一度炎を手のひらに集めるイメージをして炎の塊を作り上げる。そしてできる限り目の前の鬼に近づいてー。

　「今度は当たれぇー」

　炎の塊はしっかりと正面に向かって投げつけられ、鬼にぶつかった。

　「ぎゃあああぁぁぁぁー」

　燃え盛る炎の中で鬼は叫びを上げた。勝負あった！

　「君、手間かけ過ぎだよ」

　「あの、氷花さん」

　「なんだい」

　「2匹とも殺してしまいました……」

　「あっ」

　情報収集する予定が失敗に終わった。

　好戦的な妖狐は戦いが始まると細かいこと忘れるのかな。

　「彼らが弱過ぎたんだよ……」

　とにかく百目が裏で動いていることを天狗に報告しなくては。

　――――――

　「ゆ……許して、殺さないで……」

　座敷童と2匹の鬼が戦っている場所で、両手、両足を切断された鬼が命乞いをしていた。

　既にもう1匹の鬼の姿はなく、命乞いしている鬼は影を錫杖に刺され自由を奪われている。

　「殺さないので質問に答えてくださいね」

　先輩得意の陰陽術　陰の法　影留めの術。

　相手の影に触れている間、相手の動きを留めることができる。

　今は影を錫杖で刺して留めている。

　「百目が羅刹鳥を使って、瞳力持ちの化け物を狙っていることはわかりました。それとさとりの眼を狙っていることも……あとは組織の大きさ、人数、目的などを答えてください」

　「そっ、組織名を　はぐれ　と呼んでいることぐらいしか……知らん。百目様以外にも高等な化け物がいることは知っているが、組織の目的や化け物の数、その他のことは知らんのだ」

　「組織名が　はぐれ　ですか。羅刹鳥はあなた方とどういった関係ですか？」

　「羅刹鳥も……幹部の1人。なぜか知らないが……百目様に従属している」

　「はぐれ本部はどこにありますか？」

　「本当に……百目様の目玉集めしか聞いていない。……今回は羅刹鳥が監視されているので監視者を殺せと言われただけ……」

　「そうですか、もう聞ける情報はなさそうですね」

　「たっ、頼む、見逃してくれ……このまま冥府に帰る……許して」

　「殺しませんよ。約束してますから」

　鬼は自分の影に吸い込まれるように地面に落ちていく。

　「いっいやだ、死にたくねぇ、殺さないって……約束しただろう」

　「影の中に落とすだけで殺しませんよ。ただ影の牢獄の中で生き続けるのは、それなりに難しいですけど」

　もう1匹の鬼同様、影に飲み込まれ姿が完全に消えた。

　陰陽術　陰の法　影送りの術。

　影の牢屋に相手を送り込み、2度と出てこられない封印術。

　封印した者を解除することも術者は自由にできる。

　「お疲れさん」

　「一部始終見ていたくせに終わってから出て来るだなんて、本当にズルい化け物です」

　「そういいなや。とりあえず今得た情報を火鳥くんに連絡してやりーな」

　「言われなくてもそうします」

　「終わったら、すぐバイトに戻ってや」

　「……土蜘蛛……人使いが荒過ぎです」

　本来なら僕たちが得たかった情報を先輩が聞き出して連絡をくれた。

　僕たちは今後の動向を相談するため、今からもう一度天狗のいる迷い家へと向かう。