第10話 母の友人

 

 店長のマンションに戻った。


 今日は仕事がOFFだったのため、店長はずっと部屋にいた様だ。


 「ええとこに帰ってきたな」

 

 「どうしました?」


 蜘蛛たちが色々と情報を掴んできたので、報告事がいくつかあるとのことだ。


 まず、羅刹鳥のバックには別の化け物がいるとのこと。

 それが真の親玉かはわからないけれど、流浪の化け物達が集まって組織を作っているらしい。


 今回、裏で糸を引いている化け物が羅刹鳥を使い、眼の収集をさせていた。

 その収集リストにさとりの眼を持つ僕が入っており、目玉収集に長けた羅刹鳥へ指令が入ったのだ。

 

 羅刹鳥は化け物の眼を回収しても食べることは許されず、自分用に人間の目玉を抜いて食べていた。


 もともとは僕狙いだったのに、マンションを留守にしていたせいで母さんにベクトルが向いてしまった。

 だから母さんは目を奪われて殺された。


 僕がいなかったせいで……。


 話を聞いていると感情が爆発しそうで冷静でいられなくなってくる。


 「君、落ち着いて」


 妖狐が僕の背中にそっと手を置いた。


 「羅刹鳥とやる時、妖狐も一緒に戦うんか?」


 「もちろんさ、それが爺様の命令でもある。君は?」

 

 「俺は仕事優先やし、一緒には戦えんよ」

 

 「まぁ、期待はしてなかったよ」

 

 「監視と情報収集してるんやし、それで堪忍してや。もし向こうから攻めて来よったら、そん時はとことん手伝ったるし」


 店長は本当にいろいろ助けてくださっている。

 感謝の気持ちでいっぱいだ。

 訓練に集中できているのも店長のおかげだ。


 土蜘蛛という有名な化け物らしいので一緒にいてくれたら心強いが、羅刹鳥は僕一人で相手をする。

 妖狐も一緒に戦ってくれるつもりの様だけど、僕は一人ですべてを片付ける。



 羅刹鳥に、人間を、僕を怒らせた報いを受けてもらう。


 

 ――――――


 

 店長と話をしている時にふと思い出した。


 聞こうと思って、ずっと聞き忘れていたこと。

 咲ちゃんのことだ。


 今、聞かないとまた忘れそうだから変な流れだけど聞いておくことにした。


 「店長、咲って名前の化け物をご存知ではないですか?」

 

 「家入 いえいり さきのことか?」

 

 「……知ってるんですか?」

 

 「座敷童の咲のことやろ?」

 

 「あの子、今は家入咲って名前でやってるんだ?」


 何やらサラッと話が進んでいるけど違う。

 座敷童だったんかい!

 いやいや、店長知ってたんかい!っともっと驚くところだと思う。


 「その方は今どこにいらっしゃるのかご存知ですか?」

 

 「今日の18時から勤務しよるけど、なんか用事あんの?」


 「えっ!……うちの店で働いてるんですか?」

 「そうや。火鳥くんを採用した時に教育係やっとった娘おったやろ、あいつやん」

 

 「家入先輩のことですか!!」


 あぁ、もう驚き疲れた。

 ものすごくお世話になった先輩が咲ちゃんだったんだ。

 あのひと座敷童だったのか。


 学年はひとつ上だけど同じ高校ってことで、店長が指導員に付けてくれたんだっけ。

 でもあんまりシフト入っていないひとだから、数回指導受けただけでそれ以降あまり会っていない。


 家入先輩。

 見た目かなりのロリっ娘で、高2だけど中学生くらいにしか見えない可愛らしいひとだ。

 身長は150㎝も無いくらいで、目がクリッとしていて茶色い髪を肩くらいまで伸ばしているおとなし目の女子高生。

 礼儀正しい人で、僕にも敬語でしっかり仕事を教えてくれていた。


 「高2という設定でやっとるけど800歳くらいやで、あいつ」


 妖狐より余裕の年上だった。


 人間好きの座敷童は住み着いた家のお婆さんに可愛がられて、すっかり深入りしてしまったらしい。そのお婆さんが身寄りのない病弱な方なので、面倒を見つつアルバイトをして生活を支えているのだと。


 本来なら5歳くらいの容姿の化け物だが、アルバイトするには16歳以上の年齢が必要なので、できる限り大人の姿に変化して生活しているらしい。

 

 高校へは、もともと博識な化け物なので授業を好んで受けに通っている。(時々大学にも講義を受けに行っているようだ)


 「なんの用があるか知らんけど家入には早い目に店へ来てもらって話するか?」


 「ぜひお願いします。母さんの知り合いだった様なので、今回のことをお話ししておきたいんです」


 店長は家入さんと連絡をとり、今から店舗で顔合わせすることになった。



 ――――――


 

 店には17時過ぎに到着した。


 家入先輩と会うのは久しぶりだ。

 しかも正体を知ってから会うので、何やら緊張してしまう。

 妖狐も会うのは50年ぶりぐらいだと言っていた。


 この店では高校1年生から働いているみたいなので、1年以上働いているベテランアルバイトになる。

 高校生だから大学生に可愛がられるはずなんだけど、変な落ち着きと貫禄があるからみんなに距離を置かれている存在ではある。


 800歳超えてるんだから、落ち着きと貫禄があるわけだ。




 「お待たせしました」


 そう言うと家入さんが事務所に入ってきた。


 「お久しぶりです。家入さん」


 そう言うと家入さんは少しはにかんだ顔をした。


 「氷花もお元気そうで」

 

 「君もね、咲」


 店長が家入さんを呼び出す際に、電話で事故から母さんが死ぬまでの話を伝えさせてもらった。

 先輩は驚きとショックを受けていた。

 だからすぐに僕と会うことを了解してくれた。


 「あなたが真衣ちゃんの息子だとは驚きでした」

 

 「僕も母さんの昔の友達が先輩だったなんて驚きです」

 

 「あんな小さかった真衣ちゃんが、人の親になっていたのですね。人の成長は本当に早いです」


 母さんへかけた記憶を消す術が、効いていなかったことも伝えた。もちろんそのことに驚いていたが、会いたがっていたことを伝えると嬉しさのあまり先輩は黙って涙を流した。


 「羅刹鳥を討つのですね。わたしもお手伝いします」

 

 「いえ、アイツは僕がやります。先輩にご迷惑はお掛けできません」

 

 「羅刹鳥は組織で動いているのですよね。羅刹鳥以外はわたしが相手します。手伝わせてください」


 もともと妖狐がその役を買って出てくれているのだが、先輩の力も必要なのだろうか?


 妖狐は僕を見て小さく頷いた。

 手伝わせてやれ。という合図だ。


 判断に困った時、僕は妖狐を見る癖が付いてきている。

 妖狐は保護者ではない。

 気を付けよう。


 「家入さん、一応言っとくけど勤務第一やからな。敵討ちやからって急な欠勤とか無しな!」

 

 「話に水を刺さないでください、土蜘蛛」

 

 「土蜘蛛言うなって、そこは店長やろ」


 少し仲が悪いのかな……。事務所の二人に緊張感が走っている。


 「君がいてくれると心強いよ」


 妖狐が感謝を伝えた。


 「氷花がいるのでは出る幕無しかも知れませんが、ぜひお手伝いさせてください」


 「おい、言っとくけど俺は数に入ってへんしな」

 

 「少し黙っていてもらえますか……聞いていないので」


 先輩はどうやら店長が嫌いなのかな。

 店長からは、『家入は俺に働く場所を与えてもらったことに恩義を感じとってな、俺の言うことはなんでも聞くんや』と聞いていたんだけど。


 それから先輩が勤務に入るまでの時間、母さんとの思い出話を聞かせてもらった。

 すごく仲の良かったことが伝わってくる。

 

 妖狐の言っていた通り、天狗に嗜められてことが原因で距離を置く様になってしまったらしい。


 「もう一度、生きている間に真衣ちゃんと会いたかったですね……」


 先輩はすごく優しいひとだ。

 母さんに今の言葉聞かせてやりたい。


 「爺様も、君に会いたがっていたよ」


 妖狐は先輩に話しかけた。


 「わたしは遠慮させていただきます」


 天狗にも冷たそうだな。


 「今や咲は爺様の一番古い仲間の一人なんだ、邪険に扱わないでやってほしいねぇ」

 

 「牛丸とは人間との付き合い方でよく喧嘩をしました。最後までそこだけは埋まりませんでした……」


 先輩は天狗と旧知の間柄のようだ。

 天狗は人間嫌いなのか?ならなぜ僕を助けたのだろう?


 「天狗の仙人さんは元人間やし、化け物と人間の最後もよう知っとる。そやし深い付き合いはさせたくなかったんやろ」


 「牛丸の言い分はわかっています。ただ深い関係を持った化け物と人間みんなが不幸になっているわけではないのです」


 天狗って元人間?

 聞いてないぞ、そんなこと。

 

 でも僕以外は当然知っていることみたいな感じで話を続けていた。


 「あの、天狗が人間ってどういうことですか?」

 

 「なんや火鳥くん、知らんかったんか?人間でありながら恐ろしいほどの妖力を持った代償で化け物になったんが仙人や。天狗とも呼んどるけどもな」


 「そしてその爺様に陰陽術の陰の法を教えたのが、ここにいる咲さ」


 待ってくれよ。

 何か時系列のような、相関図的な物を用意してくれないと頭が追いつかない。

 あの天狗の爺さんに家入先輩は術を教えていた?


 「教えたとかそんな立派なものではありません。出会った時の彼は陽の法で力任せに戦っていたので、妖力効率が悪いと助言をしただけです」

 

 「でも君の教えを受けたおかげで、牛丸の名を日本中の化け物に広めることができたと言っていたよ」

 

 「買い被り過ぎですよ」


 どうやら先輩もすごい化け物であるようだ。


 「おい!もう18時や、家入さん勤務時間やで」

 

 「……わかっています」


 先輩はユニフォームに着替えて勤務に入っていった。

 先輩とは連絡先を交換をした。いつでも連絡をしていいとのことだ。

 

 店長と先輩は仲が悪かったことは誤算だったけど、有意義な時間を過ごせたと思う。



 こうして僕たちは店を出ることにした。

 店長は少し用事ができたらしく、店舗に残ると言った。


 それにしても、店長が別れ間際に言った一言。

 

 「羅刹鳥は2週間も監視されとることに気付かない間抜けなのか? それともすでに気付いた上で我々の出方を見ているのか?油断せんほうがええな」

 


 嫌なフラグが立ってしまった。

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