鏡に写ったもの
ほしのしずく
第1話 鏡に写ったもの
僕は前日に水分を取り過ぎたのか、母や兄妹が寝静まった時間に布団の上で目を覚ます。
寒い、というよりはトイレに行きたい。
全身に独特の寒気が走る。
「何時だろ?」
ふと、壁に掛けられた時計に目をやる。
真っ暗で見えないはずだが、蓄光機能がある時針な為、暗闇でも、時間が確認出来る。
「二時半……我慢できないよー」
こういう時に限って、頭に色々なことが浮かぶ。
漫画やアニメ、テレビ番組や都市伝説などで得られた心霊現象の知識。
「そういえば……今って丑三つ時……とか言うんだっけ?」
自分で言葉発したせいで、尚の事鮮明に思い出す。
今は草木も眠るという丑三つ時。
鬼門である丑寅の方角になるため、霊界の門が開くと考えられる時間帯。
同時に井戸から出ている女性や、車を追い掛けてくる老婆。
口が裂けた女性。
トイレにいた少女などの。
今まで見聞きしてきた物語の登場人物達がより鮮明に。
より怖く浮かぶ。
――カチカチ
静まったせいだろうか。
いや、込み上げてくる恐怖心からだろう。
いつもより時針の音が煩く聞こえる。
――ブルッ
「そ、そうだった……トイレに行かないと」
抗えない生理現象に布団から出て、目の前にあるトイレに向かおうと、立ち上がり一歩目を踏み出した。
「な、なに?!」
背中から首にかけて、強烈な寒気が走る。
この感覚……なんていうか誰に見られている気がする。
視線……そう、視線だ。
背中に刺さるような視線。
だけど、おかしい。
僕の後ろには、兄の勉強机しかない。
その後ろは遮光カーテンに窓。
仮に川の字で寝ている母や兄、妹ならば声を掛けてくるはず。
振り向くべきかな? という考えが一瞬、浮かぶ。
でも、何故だろう。
振り返ってはいけない気がする。
その事だけは、なんとなくわかった。
僕は視線を固定し、トイレへと歩みを進める。
――ガチャ
トイレの電気を点けドアノブに手を掛ける。
そして扉を開けた。
目の前には、いつもと同じように大きな鏡と手洗い場があり、左側に便器がある。
「!?」
固まる僕の視界にありえないのものが飛び込んできた。
鏡に長い髪で白い服を着た女性が写っている。
しかも、宙に浮いているではないか。
瞬時に直視してはいけないと思い、瞼をギュッと力いっぱい閉じる。
怖い、怖いよ。
お母さん。
お兄ちゃん。
心の中で母や兄を呼ぶ。
けれど、本当に怖い時は人間って声が出ないものだ。
叫びたいのに。
寝ている母、兄に。
助けを求めたいのに。
何も言えず、声すら出ない。
でも、目を開けても鏡さえ見なければ何も問題はないはずだ。
僕は怖い気持ちを我慢して、扉を閉め便器の前に立って用を済ます。
トイレ内が電気で照らされているからだろうか。
扉を閉めたからだろうか。
女性の姿は、確認できない。
「良かったぁ……ここには来れないんだ」
僕は安堵する。
用を足し終えたので、手洗い場で手を洗う。
――ガチャ
再びドアノブに手を掛けるが、その先にいた女性のことを思い出してしまい、外に出れない。
だめだ。やっぱり怖いよ。
その時。
外から声が聞こえた。
「おーい、たくとー! 大丈夫かー? お腹壊したのかー?」
お兄ちゃんだ。
お兄ちゃんの声がする。
僕はすぐさま扉を開けた。
「兄ちゃん!」
そこには、あの白い服を着た女性はおらず、寝癖のひどいお兄ちゃんがいた。
僕は勢いよく抱きつく。
「おうっと! 大丈夫か?」
良かった。怖かった。
「兄ちゃん……怖かったよぉー」
「どうしたんだよ、泣くなって」
「あのね……白い服を着た女の人が宙に浮いててね」
「あはは、きっとテレビやアニメの見すぎだな!」
「でもね、居たんだよ?」
「わかったわかった、もし居ても兄ちゃんが付いているから大丈夫だ! それより寝ないとだぞ? 背伸びなくなちゃうからな」
「うん、わかった……寝る」
「おう! 寝ろ寝ろ」
僕はお兄ちゃんに手を引かれて布団に戻り、再び眠りについた。
そこから、何年経ってもあの女性と会うことはなくなった。
今となっては、あれが幻だったのか、それとも現実だったのかはっきりしない。
でも、確かなのは昔も今もお兄ちゃんが僕のヒーローだと言うことだ。
おしまい。
鏡に写ったもの ほしのしずく @hosinosizuku0723
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