ノックが聞こえる部屋

コン、コン、コン――

 だ。

 正直私はうんざりしていた。けれども、そんな私にお構いなしに、音は鳴り続ける。


 コン、コン、コン――


 等間隔に、音はしっかり均一に。

 私が自室で寛いでいると時々、思い立ったように、この『ノック』の音が鳴り始めるのだ。そうして、飽きた頃合いに鳴り止むのだが、私とこの音と付き合いは十年以上になる。

 この音が何の音かを問われたら、私には答えられない。


 と言うのも、この『ノック』が聞こえるのは、家の中で私だけなのだ。


 私の部屋は、二階の一番端にある。

 実を言うと、姉の部屋よりも広い。その事で優越感があるかと言われたら、そんな事は断じて無かった。


 家の一番奥にあるからだろうか。それとも、廊下の薄ぼんやりとした灯りのせいだろうか。私の部屋は妙に暗く感じるのだ。


 幼少の頃は何とも言えない恐怖に、よく部屋まで一気に駆け込んだものだ。一気に駆け込み、そうして電気を点ける。部屋が明るくなってようやく、私は安堵が出来た。

 

 しかし、部屋に辿り着いても、まだ完全に安心は出来ない。

 私の部屋にはクローゼットが一つ備え付けてあるのだが、この最上段には雛飾りに使われる人形が仕舞われているのだ。

 所謂、日本人形だろうか。詳しく聞いた試しがないのでそこは割愛させて頂く。が、まあそんなものだと思っていただければ良いだろう。

 それが、ガラスケースごと新聞紙に包まれているのだが、目線を少し上げるとその新聞紙が見えるのだ。

 もちろん自室のクローゼットなので、そこには私の物も仕舞われているのだが、明日の用意をしようと思うと、そこを開けなければならない。だからいつも、私は目線を上げないように必死だった。


 正直に言って幼少の頃の私は、相当なビビリだった。どれくらいかと言うと、当時話題になった映画、『学校の怪談』が怖くて見られなかった程である。

 だから正直、狭くても良いから姉の部屋が良いとすら感じていたのだ。


 そんな私が、自室の音に十年以上悩まされていた訳だ。


 気を抜いた時、突然始まる『ノック』。家の端の部屋と言うと、外部からの嫌がらせとも考えられるだろうか。


 しかし、私が住んでいた土地は――ほぼ農地で、隣の家という概念が無く、隣は畑だった。ちなみに、向かいも、はす向かいも、反対側の隣も畑である。

 もし誰かが嫌がらせをしようものなら、わざわざそんな寒村とした場所まで来て、尚且つ目立つ不法侵入をしなければならないのだ。

 どの道、私の部屋に嫌がらせをしようものなら家に梯子を立てかけて壁を叩くというとんでも無く間抜けな図になる。

 だから、外からの線は無しと言って良いだろう。


 だとすると、音は一体どこから聞こえているのか? という問題に戻ってしまう。


 私は一度だけ、もしかしたら家族のいたずらかもしれないと疑って、音が鳴り始めたと同時に一階に降りて行った事がある。

 姉ならそんな事をやるかも知れないと思ったのもある――のだが、丁度、姉は母と一緒に何やら高所から物を取り出している最中だった。

 それでも、一応と思い


「ねえ、今壁叩いて無かった?」

 

 と、尋ねて見たが、母も姉も不思議な顔して、「そんな事はしていないよ」、と答えるだけだった。

 その時、他の家族は家の中にはいなかった。


 聞こえるのはいつも、私が一人で二階の自室にいる時だけ。

 そして、聞こえるのは端の壁からな気がした。


 今はもう、あの部屋で私が過ごす事は無い。妹の高校受験を機に、私は一人部屋を譲ったのだ。私は母にだけこっそりと、あの部屋は『ノック』の音がするのだと告白した事がある。

 母は、絶対に妹には言ってはいけないと、気迫ある顔で言った。


 私の妹は、私よりも怖がりだったのだ。

 だがその後、妹があの部屋で何かを聞いたという話は無い。


 あの音は、一体何だったのか……今でも不思議である。けれど、私が音源を探す事は無いだろう。

 幼いながらに、考えたのだ。


 もし、日本人形がガラスを叩く音だったら、と。



 終わり

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