最終回 鬼神の王、降臨しちゃった。


 にふふ。

 こうやって文芸部室に呼び出すのも久しぶりじゃな。


 ああ、ツノも尻尾も、あるぞ。

 しばらく見せていなかったゆえな、懐かしいじゃろう。にふふ。

 

 その後、脚はどうじゃ。痛うはないか。そうか、よかった。

 驚いたぞ。いきなりあれだけ強く踏み切って走って。

 じゃが、やはり、わらわが見込んだとおりじゃった。


 そなたの脚はの、そなた自身の心が縛っておったのじゃ。

 むろん痛みもあったろう。じゃがな、その痛み、むしろそなたの心からやってきているものじゃと、わらわは思うておった。


 そうしてそなたは、破った。

 鎖を断ち切った。

 誰かを救うために、持てるすべてを出し切ることによって。


 にふふ。

 ああ、その心持ちこそが、魔界の魔物として必要な、最後のピースじゃ。

 そなたはもう、立派な魔物となった。

 わらわには見えるぞ。美しい鱗と長い尾、鋭く宙を見据える黄金の瞳。牙の隙間から世界を震撼させる勇ましき唸り声をあげ、そなたは最も美しい魔物となった。


 何にでもなれるし、何も恐れるものはない。

 もう、大丈夫じゃ。

 そなたを魔物に変じる儀式も、今日で仕舞いじゃ。


 ゆえに、わらわの役目も、ここまで。


 うむ。

 まだこの娘も言うておらなかったろうの。にふふ。


 家の事情でな、急に引っ越すことになったそうじゃ。

 ちと、遠くにの。むろん、娘もついてゆく。


 来月のはじめ、と言うておったかの。もう、あと、二週間じゃな。

 まあ、この時代じゃ。連絡はできよう。行き来も、たまになら、可能じゃろう。


 が、うん。

 もうよいのじゃ。

 にふふ。


 じゃから、な。

 娘から、頼まれたのじゃ。

 最後に、一緒にいられる時間の最後に。

 どんな方法を使ってもいい、どう思われてもいい、おかしくなったって思われたって、嫌われたって、バカにされて、顔も見たくないって言われたって……構わない、あのひとが、あのひとが……。


 あんたが。


 いちばん大事にしてる、いちばん好きな、いちばんきらきらできる時間に、戻れるなら。

 あたし、どう思われたって、いい。


 そう、思ったんだよ。


 ……。


 ぐしゅ。へへ。

 クラスの、子。何人かね、あんたのこと、いいねって言ってるよ。

 誰を選んでも、ぜったいに大事にしてあげなよね。

 

 お好み焼きはちゃんと焼いてあげること。

 お化け屋敷とか、嫌がるところには絶対、むりやり連れてかないこと。


 わかった?

 うん、へへ。

 お話はこれで終わり。


 いろいろ、ごめんね。

 ありがとう。


 それじゃ……え。

 なに。


 え、なんでそんな怖い顔で笑って……口の端、持ち上げて、ど、どうしたの……。


 お、おに? あやかし?

 我は鬼神の王なり……って、ちょっと、なに言ってるの……って、きゃっ。

 いきなりぎゅってして、ちょっと、うう、苦し……。


 は、離れてもぜったいに忘れられないように、おまえを鬼の巫女として改造してやるって……ど、どしたの、ちょっと、マジで怖いよ……。 


 まずは全身の皮膚に鬼の刻印を施す、って……なになになにすんのってにゃはははははやめてやめてくすぐらないでえええおなかおなか、弱いの、にゃふふふふふふふふ。

 

 ……はあ、はあ。

 ぐったりして椅子に倒れ込んじゃったじゃん……。

 って、え、今度はなに。手を伸ばしてきて、手のひら、あたしの目にかぶせて。二度と離れることの叶わない、永劫の結びの呪いをかけてやろう、どこにゆこうが逃さぬぞ、って……。

 やだやだ、痛いことやめて……。


 ん。

 なに、いまの、おでこの。

 ちょっと冷たくて、柔らかくて、しっとりの、ちょん、っていう感触……。

 

 ……えっ。


 うにゃあああああああああああ!



 <了>

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染が急に魔界の姫になったらしくて大層めんどくさい。 壱単位 @ichitan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画