第6話 魔界の姫、公園デートで世を滅ぼす。
可愛いはず。
たぶん。おそらく。めいびー。
自信持て、あたし。
メイクとかぜんぜん詳しくないし、大したコスメ持ってないけど、時間だけはかけた。二時間びっちり。髪も含めて三時間。服は四日かけて選んだし。なんかいろいろ良いやつで毎晩お肌も磨き込んだ。てゅるんてゅるんだ。
やれるだけのことはやった。
当たって砕けろだ。
それにしても……初デート、公園かあ。
文化祭からお互いに何日か忙しくしてて、久しぶりにメッセージもらったと思ったら、今度の日曜日、公園で待ち合わせよう……って。
何度も会ってるし、一緒に出かけてるけど……それとこれとは、違う。
えええ、公園かあ、って口では呟いたけど、台所でお母さんに言われた。あんたなんでそんな酔っ払いのたぬきのにらめっこみたいな顔してるのって。
……そろそろ、時間だ。
手汗がやばい。動悸がひどい。足も手もちょっと震えてる。え、なにあたし大丈夫こんなとこで若い命を散らしてる場合じゃないよ。
あ。
きた。
やば。どっくんどっくんして、話せない、喋れない……うう、かくなる上は。
にふふ。
待っておったぞ。飛んで火に入る夏のなんとやらじゃ。
む、いかがした。ああ、娘か。引っ込んだ。
うむ。案ずるな。ちと心臓が行方不明になっただけじゃ。にふふ。よって今日はわらわが代わって相手をしてやろうぞ。ありがたく思え。
それにしても、そなた、ずいぶんな軽装じゃのう。まるでこれから運動しようというような格好ではないか。
なに。そうだよ、とはいかなる意味か。
ふむ、再来週には学校の運動会だと。そこでは借り物二人三脚という競技があると。選手は誰を指名するのも自由で、そなたはこの娘を指名しようと思っておると。そして娘は運動が苦手だから、あらかじめ二人三脚の練習をしておこうと。
ああ、なるほどのう。
今日の待ち合わせはそれか。
なるほど、にふふ。
貴様。
あまねく人類の居住領域ごと消し炭にしてくれようか。
痛いか。そうであろう。痛いように拳を振るっておるのじゃ。覚悟せよ。我が心の涙の全量を、魂の慟哭を、永劫の恩讐とともにその五体に刻みつけてくれようぞ。
……はあ、はあ。
なに怒ってるの、ではないわ。
自分の胸に手を当てて訊いてみよ。なになんにも聞こえぬじゃと。そんな役にも立たぬ胸は返品しておけ。なに言ってるかわかんないよではないわ。訳わかんないのはこちらじゃ。
すっとこどっこいめ。
……まあ、よい。
天気も良いし、ぽかぽかしてちょうど良い気温じゃ。練習、付き合ってやろう。歩きやすい靴を履いてきてよかったぞ。まったく。
なるほど、このぱりぱりくっつくベルト、足を合わせて巻くのじゃな。よし。巻くがよい。ほれ、はよ巻け。いかがした。
……も少しくっつけ、じゃと。くっついておろうが。足先だけ。なんでそんなスライディグみたいな格好で片足だけ突き出してるの、とな。うむ。これが魔界流の二人三脚じゃ。魔界は重力が軽いゆえこのような姿勢でも……。
わかった。ちょっと待て、深呼吸をするゆえな。
……あうあう、ふ、うう、いやいや、待て。腕。そなたの腕。当たっておる。当たっておるぞ。何にではない。離れよ。いやもう結んだから離れられないと。そりゃそうじゃ。そうじゃが。あっ、うう、うなあ……。
……なんとか、慣れてきたわ……にふふ。
わっ急にこちらを向くな。近。近っ。
よ、よし、では、参ろうか。せえの、で……。
いきなり転んでしもうたではないか。
そしてそなたがわらわに覆い被さってこら離れよ耳に息を吹きかけるないやそれは君だろって……あ、あたしの足、あんたの……にゃあああ早く避けろおおお!
……ふ、ふふ……ようやく起き上がれたのう……。
気を取り直して、参ろうぞ……よいか、右にいるそなたは左足から、わらわは右足からじゃ。せえの、そら。よっ。ほい。
なんとかうまく歩けるようになってきたの。では次は、走ってみようではないか。よし、ゆくぞ……ほっ、ほっ、ほっ……。
……はあ、はあ、はあ……な、なんじゃ、息切れるの早くね、とは。失敬な。に、人間界は魔界に比べて、さ、酸素が、薄いのじゃ……に、ふふ……ごほっごほっ。
はあ。はあ。はあ。
よ、よし、まずはここまでで勘弁してやろう……休憩じゃ、にふ、ふ……。そら、一度バンドも外すぞ。
ふう。
そなたは薄着ゆえ、なんだか汗ばんできたのを感じるぞ……わらわも汗臭くなってはおらぬか不安じゃ……ってにゃああああ、すんすんするなああ! やめい! 嗅がぬでもよい! うぬ、わらわも仕返しじゃ、そりゃ、首元を、すんすんすんすん……。
はふ。
良い匂い……。
んあ。ちょっと遠いところに行っておった。魔王さまが呼んでおるのか……。
にふふ。
しかし、そなた。
戯れとはいえ、ずいぶん走れるようになったの。この調子ならまた、すぐにダッシュとかもできるようになって、陸上の練習にもすぐに戻れ……。
ん、すまぬ。そんな簡単な話ではないな。
ゆっくりと、ゆっくりと、じゃな……。
……のう、あれ。
公園の、向こうの端。
あっちで遊具に登っている子。何やら危なっかしくはないか。
背丈も小さいのに、あんなに高いところに登って……大丈夫であろうか。
ちょっと、わらわが行って……。
あ。
バランス、崩した。
危な……。
わっ!
し、芝生を蹴って、クラウチングスタートで。
あいつ、走っていった。
すごい加速。なんか風、起こったみたいに。
あっという間に子どものところに着いて、手を差し伸べて。
ちょうど陽が差して、ふたりのところ、きらきらして。
きれいだなあ。
笑ってる。
あいつ。笑ってる。
笑ってる。
ああ。
ずっとずっと、笑っていられますように。
たくさんの素敵なことに包まれて、たくさんの想い出を作れますように。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、拗ねたり悩んだり塞ぎ込んだり、そんないろんな出来事の、そのぜんぶの隣で、あたしはあなたの横顔を……。
ん。ふふふ。
ばか、こっち見んな。
あたしいま、顔、ぐしゅぐしゅなんだ。
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