44 転移で王都に戻りました


「兄上」

 呆然としている皇帝陛下にヴィリ様は話しかける。

「私に魔王討伐の御下命を賜りますよう、お願いいたします」

「そうか、許す」

 皇帝陛下は掠れた力のない声であっさり言った。皇帝陛下の周りにいる皇族や帝国の重臣、宮廷の高位職員たちが驚きの声を上げる。

「承りました」

 ヴィリ様は頭を下げて、私たちは離宮を早々に辞した。


 ごった返す会議会場の離宮を抜けて、何とか馬車に乗った。

「私は軍を纏めてガリアに出陣せねばならん」

「私も一緒に行きます」

「君は残っていろ」

 ヴィリ様はそう言うけれど私は納得できないの。


 私は何の為にこちらに来たのか。魔王が現れたのなら、そしてそれを討伐するという人がいるなら、一緒に討伐に行くのが聖女でしょ。きっとその為に来たのよ。


「では、私ひとりで行きます。ガリアまで転移できますし」

 私の言葉にヴィリ様が慌てて引き止める。

「待て、一緒に行く、連れて行く。金輪際危ないことはしないと誓ってくれ」

「分かりましたわ。でも黙って置いて行っても無駄ですよ」

「分かった」


 ふと胸元に燦然と輝いているダイアが目に入った。

「ねえ、これどうしましょう」

 ヴィリ様はチラリと見て言う。

「もうエマのものだが、着替える暇が惜しい、そのまま──」

「じゃあボックスに仕舞いますね」

【アイテムボックス】にティアラと首飾りと指輪を仕舞うと「どこに入れたんだ?」と聞かれた。

「ええと、収納庫というかマジックバックというか?」

「エマは本当に規格外なんだな」

 呆れたようにヴィリ様が見る。そしてふと笑った。小首を傾げる私の頭を撫でて「君がいれば百人力、いや、万人力だ」と唇に軽くキスをくれる。


「ヴィリ様を愛し、共に生き、命果てるまでお側に──」

「誓おう。終生、そして来世もエマを愛し側に居ると──」

 抱き寄せて本格的な口づけをする。深くて、長くて、何度も角度を変えて舌を絡ませるようなディープなキスで、んん、息ができない……。

 ああ……、溺れる、溺れて死んでしまう、もう死んじゃおう……。


 息も絶え絶えな私を抱えて慌てるヴィリ様を乗せて馬車は宿舎の離宮に着いた。

「一体何をしてたんだ──」

 離宮に戻るとグイードとキリルが来ていた。

「いや、ただの暑気あたりだ」

 私の真っ赤に染まった頬にハンカチを当てるヴィリ様の頬も赤い。


 グイードがひとつコホンと咳をして告げる。

「アルンシュタット王国に戻って、準備が整い次第出発します」

「分かった」

 馬車の外を覗いてグイードの後ろにキリルがいるのを見つけた。

 あら、キリルってちゃんといるんだな。鳥さんしか見てないし、実物は王国の離宮以来じゃないかな。王家の影とか忍者っぽいイメージだったけど普通にいるし。顔がこちらを向いたので頭を下げると目を真ん丸にする。


「うわやっべ、マジやっべぇ」とヴィリ様をげんこつでこづいた。

「おま、彼女あんなとこ連れて行ったら、誘○監○凌○拘○薬○攻めコースまっしぐらだぞ。よく耐え忍んだな」

「エマが青ざめていたし、必死で全○位防○威○全振りした」

 何だろう、近い。というか、仲がいい。暗号みたいなこと喋っているし。

 そこに鳥さんがどこからともなく飛んで来る。

『ピュルピュルピー』

「鳥さん」手を差し出すと手の上に乗って『ピヨ』と鳴く。

「クソ、可愛い全振りしやがって」


 何となく分かる。鳥さんは可愛い。ヴィリ様を真ん中にしてグイードとキリルが並ぶと迫力がある。三角関係? ヨハンナ様も入れて四角関係? 『ピヨピヨ』あ、私と鳥さんも入れて六角関係ね。面白そう……。



 私はカステル伯爵夫人とハイデとカチヤと一緒の馬車に乗った。ヴィリ様達は騎馬で転移ゲートへと向かう。

 しかしごった返す転移ゲートに続く街道には帝国の兵士たちが並んでいてゲートへ向かおうとする馬車を追い返している。

「ゲートは封鎖されました。街道をお使いください」

 魔王が復活したことで早々にゲートは閉じられたのだ。


 街道沿いの空き地に馬車を入れて相談する。

「ゲートは全部閉じられるんですか?」

「魔王に転移ゲートを使われると困る。何処に現れるか分からないだろう」

「でも、私転移できますし、あの派手な人も転移していましたし、魔王も転移できるんじゃないでしょうか」


 私が疑問を口にすると「戦場では迅速に行動するが、彼が転移するという話は聞いた事がないが」ヴィリ様もグイードもキリルも聞いた事が無いという。

「大体、ゲートは一度に少人数しか使えない」

「そういや、モンロー将軍も自分の方がスキルが多いとか自慢していましたね」

「余程、彼の下手にいるのが嫌だったんだろうな」


 ヴィリ様は私を見る。

「エマは転移ができるんだな。何処に行ける?」

「ええと、私の部屋と、学校の小道と、保健室と──」

「君の部屋が手っ取り早いが──」

 少しためらう風なヴィリ様に「じゃあ行きましょう。何人くらい出来るのかな『転移』」こんな所で立ち往生していても仕方がないし。


(場所を指定してください『ハルデンベルク侯爵エマの部屋』)

(人数を指定してください。エマ、ヴィリ様、グイード、キリル、鳥さん、カステル伯爵夫人、ハイデ、カチヤで『七人と鳥』)

「え、鳥もいけるのか」

 キリルが驚いているけど「はい、飛んでもいいですか」聞くと、ここまで付いて来た使用人や警護の者たちに指図を終えたヴィリ様が頷いたので『転移』というとあっさり王都エルフルトの自分の部屋に飛んだ。



「「すごいなエマ」」

『ピヨ』

 やや呆れた声でグイードとキリルが言う。いや、こんなに簡単に飛んじゃうとは私も思わなかったというか、無事にみんな居るかなと顔を見回した。

「身体は大丈夫か?」ヴィリ様が聞く。

「はい」腕やら振ってみたが問題なさそう。眠くもならないし。


 みんなでゾロゾロ部屋から出ると、侯爵家の侍女さんたちが驚いて出迎える。

「まあ、エマ様。どうなさったので。きゃあ、皇弟殿下がお見えよ」

「奥方様、奥方様ー」

「なあに、どうしたの」

 屋敷が大騒ぎになって、お義母様が奥の方から出ていらした。

「火急の用にて失礼する。ハルデンベルク侯爵はどちらに」

「旦那様は王宮ですわ」

「では私も王宮に行こう」

「馬車の手配をいたしますわ」

「ご厚意かたじけない」

「侯爵夫人、それと馬を一頭貸していただけませんか」

「はいはい」

 お義母様がてきぱきと差配する。私もせめてお義母様くらいになりたい。


「エマちゃん。お化粧を落として衣装を脱いで食事をとったら一休みなさい」

「でも、お義母様」

「大丈夫、ちゃんと起こしてあげますからね」

「はい」

 ハイデとカチヤが部屋に連れて行って衣装を脱がしにかかる。

 私あんまり役に立たないんじゃないかしら。転移できても人数少ないし、一回転移したらくたびれて寝なきゃいけないし。


 カチヤが柔らかいパンとスープそれにフルーツの食事を持って来る。それを頂いてベッドに横になった。

 皇帝陛下に喧嘩を売るような事言わなきゃよかったな。少し後悔する。あの子と同じだ。犬みたいにキャンキャン吠えていた。

 あの子、何だってあんなことを言ったのかしら。何か事情でもあったのだろうか。目まぐるしい一日だったなと目を閉じる。

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