05 オバサンに冷たい世界


 この家は町の外れにあるようだ。古びた頑丈そうな馬車が一台と馬がいてサムが世話をしている。

 屋敷の近辺をぐるりと回ったが町は見えない。雑木林のような不揃いな木々が煉瓦塀の向こうにずっと生えていて、家の裏手は畑で玄関回りは花木が植わっている。ここから町までどのくらいかかるのだろう。


 ということで、サムに馬車に乗せて貰って町に行くことにした。しかし、サムは最初ダメだという風に手を横に振った。一度だけと、かなり頼み込んでやっと連れて行ってもらったのだ。二度はないな。



 町は馬車で三十分くらいの所にあった。長閑な丘陵地帯といえるだろうか。山で牛や羊を飼っていて、野菜畑や麦畑が広がっていて、農家がぽつりぽつりとある。少し高台にある町は頑丈な煉瓦塀で囲まれていて、入り口には見張りの塔があって番兵がいる。サムは顔パスであった。



 町の人は余所余所しくて、話しかけると、あの屋敷の事は知らない。聞きたい事は役場に行って聞けと、町の中央にある三階建ての建物を教えられた。


 役場に行くと受付の人に地図を渡された。ここは境界の町で川を南北どちらかに行くか、西の森の向こう、東の山の向こうで国が違うという。地図に村が三つ書いてあって、役場の人に聞くとどれも二日歩けば着くという。割と大雑把でいい加減な、地名も書いていない地図だ。


 町の人は誰も皆冷たい感じで、この町で暮らすという選択肢はなさそうだ。


 三つの村のどれに行くかを決めないといけない。それぞれ川の側を南北どちらかに歩くか、森の側を歩くかだ。この町から他の村に行く乗合馬車はないという。サムは町までしか送ってくれないという。この町から先は歩きになるのか。


 町でローブと肩から下げられるバッグと歩きやすそうなブーツを買った。旅立ちの支度ってやつだ。武器は売ってない。魔物とか出たりしないのかな。


 金貨は町で使えないというので、役場で両替して貰った。

 金貨一枚を銀貨二十枚に両替して貰ったが、手数料で銀貨一枚を取られた。何だか納得がいかない。ぼったくりに遭っている気分だ。町の物は割高な気がする。気の所為かもしれないが。だが旅の準備はしなければならない。

 サムは私をこの町に連れて来るのに乗り気ではないようなので、食料品とかを買ってこそっと【アイテムボックス】に収納する。道に迷ったら何日かかるか分からないしなあ。


 倹約をすることにして、クローゼットの中の下着と地味目のドレスを少し貰って行こう。念のためにメアリに聞くと、どうぞという感じで頷いた。



 屋敷の周りにある雑木林の中に手頃な空き地を見つけて、魔法が使えないかと試してみた。しかし、水も土も風も無反応だ。呪文を知らないからダメなのか。


『チチチ……』

 魔法の代わりに小鳥が飛んで来た。

『チュッチュッ、ピールル』

 私の頭が巣に見えたのか、頭の上に居座ってさえずる。グレーっぽい感じの綺麗な小鳥で、頭に乗ってもあまり重さを感じない。


 絶賛ボッチ中の私に懐いてくれた鳥は可愛い。

「鳥さん。私、戻って来たのよ」

 埒もないことを話しかけた。

『ピルル』

「神様がそう言ったの。あちらの世界に間違って生まれたんだって」

『ピッピッ』

「だから戻り人なの」

『チュチュ、ピルル』

 小鳥が返事をしてくれる。誰にも言えない事も鳥になら話せる。



  ◇◇


 一週間経って仮住まいの屋敷を出て行く日が来た。メアリがお弁当を作ってくれる。一応バッグに衣類などを詰めて、お世話になった二人に銀貨一枚ずつ渡した。二人は顔を見合わせて恐縮しているようだけど、この世界お金稼ぎ辛いんかな。

 私は若返っているから、給仕とか皿洗いならできるだろうか。


 服は生成りのシャツに男性用のズボンを穿いて編み上げブーツ、その上にチュニックを着てローブを羽織った。肩から鞄を下げてメアリに見送られ屋敷を出る。

 サムに馬車に乗せて貰い、町に行った。町からは馬車が出ておらず次の村まで歩きだ。私は川沿いの道を南下することにした。同じ側の西の森の方に村があるから、行った道がダメだったらもう片方の道にすればいい。


 しばらく歩くといつもの鳥が『ピチュピチュ』と、飛んで来て私の頭に止まる。

「鳥さん、しばらく話し相手をしてくれてありがとう。私ここから出て行くのよ」

 鳥に言うと『ピッ』と鳴いて飛んで行った。飛んで行った方向を少し見送って、気を取り直して歩き始める。


 季節は春だろうか、うららかに遠くの山々は霞み、河原に黄色い花が咲き乱れる土手の上の一本道を歩く。前の世界からこちらに着くまでに時間がかかったのかなと、前に考えた事をまた考えた。

 道は馬車一台が通れるほどの狭い土の道で、轍の跡と穴ぼこが開いた雑草だらけの道だった。緩い丘陵地帯の道を上ったり下ったり、てくてくと頑張って歩いた。

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