08 この世界
その日は彼らの案内で森の中を移動した。
「俺達、迎えに来たんだ」というオレンジ茶髪の男は陸軍兵学校騎士科の学生だそう「あ、俺の名前はレオンな」と自分を指さして言う。
「私はエマです。よろしくお願いしますね」
「渡り人放流と聞いて」ブルネットの髪の男はギルド所属の冒険者だという「俺はキリル」
「久しぶりの放流なのでな」銀髪の男は陸軍特殊部隊・救難分隊長だそう「私はルパート」
「久しぶりなの? 渡り人ってよく来るんじゃないの」
「放流以外は周知されないから全然分からないんだぜ」
レオンという学生は気軽にポンポン話す。他の二人より年下っぽい。
「教会で分かるんじゃね?」冒険者キリルはその辺は素っ気ない。
「渡り人が来る国の教会だけだな。放流されるという情報が入ると他の国は場所を割り出して、近くの村に行ってどこが引き取るか話し合うんだ」
分隊長ルパートはきっちりと話す。
「私みたいに山賊やらに襲われて、死んじゃったらどうするの?」
男たちの顔が急に引き締まった。ザワリと気まずいというか、緊張するというか、怒りというか、それらを綯い交ぜにした気配が流れる。
「この頃、そういう話が出ていて、見張っていたんだが」
キリルが口笛を吹くと、灰色の小鳥が飛んで来て男の肩にとまる。
「あ、その鳥」
『チチチ……、ピヤッ』
私の無聊を慰めてくれた小鳥だ。この鳥には出発の日を言ってなかった気がする。そういえば出発の日、慌ててどこかに飛んで行ったな。ちょっと寂しかったんだけどそういう事情があったのね。
「普通は一か月は屋敷で生活して、慣れてから出て行くんだ。その間に俺たちも村を探して、集まって話し合いをしておくんだぜ」
オレンジ茶髪のレオンが呆れたように言う。
そうなんだ。一週間って落ち着く暇もないものね。
「鳥が慌てて帰って来たから、こちらも慌てて迎えに出たんだが」
「遅れてすまなかった。エマを襲った連中は手の者に捕縛させた」
銀髪の分隊長ルパートが謝罪した。
「手の者?」
「町ぐるみで襲ったりとか、国が金一封を惜しんだりとか、どこかが横取りしたとか、まあ色々あって、手練れの者を連れてきている」
町ぐるみとか国とか、大丈夫なのか。
「今はシステムを見直している最中なんだ」
そりゃあ、お金が絡んだら色々あるだろうけど。
「君が無事で何よりだ」
無事だったけどさ、スキルが発動していなければ危なかった。
ロンダリングされていなければスキルが発動されない。普通はロンダリングされてから来ると聞いたし、私みたいなのは珍しいんだろうか。
「あんたがいると魔物が出ねえ」
ブルネットのキリルが言う。
「魔物がいるの?」
「いるぞ。木の葉裏とか下草や根の陰に隠れて、こちらを窺っている」
「へえ」
キリルが葉っぱの裏側を引っ繰り返せば、お馴染みの透明な海にいるクラゲのようなモノが案外すばしっこくササッと逃げた。
「スライム?」メジャーな名前を聞けば頷く。そして足元の茂みを蹴ると黒い足がたくさんついた丸いモノがガサガサと逃げて行く。
「そうだ、こういう小物ばっかしだな」
「襲って来ないの?」
「小物はな」
やはり、この世界には魔物がいるのだ。
彼らは肩に銃を背負っている。銃は槍の穂先みたいなのが付いていなくて少し小型だ。子供の玩具のエアガンに木製の柄が付いている感じでそんなに怖くはない。
「マスケット?」と聞くと「魔道エアライフルだ」と答える。
「魔道ライフル! 何に使うの、速射とかできる?」私の瞳がキラリンと輝く。
「速射?」
「一度でバババと弾が出るの」
「できないな。これは信号弾とか麻痺とか睡眠弾とか網を放つのに使う」
「閃光弾とか火炎弾とか毒弾とか散弾とか──」
某狩りゲーな世界だろうか。
「それは──、作ったら面白そうだな」
キリルは考え込んでしまった。
「エマ、君の元居た世界にはそういう物があったのか?」
ルパートが聞いてくる。
私の銃に関する知識はゲーム程度で、それも照準を合わせるとか弾を選んでとかが苦手で、双剣や太刀で突っ込んでいたりする。
「えと、似たようなものはあったのかな。私はそういった仕事をしていないので分からないですけど、他の渡り人はどうなのですか」
「概ね我々と大差ない。渡り人について大元の話をしておいた方がいいな」
ルパートがこの世界と渡り人について説明してくれた。
『──昔、非常に魔力の多い魔術師が現れて、この世界の魔人や魔物を従えて世界征服を目論んだ。彼は自分を魔王と称し、見たこともない強大な魔法を操った。世界の人口はあっという間に半分ほどに減った。
人々は神に伺いを立てた。すると神は神殿に異界の民を召喚してくれた。異界の民はこの世界の人々と共に魔王に戦いを挑んだ。壮絶な戦いだった。空は真っ暗にかき曇り雷鳴轟き稲妻が走り、風は唸り逆巻き轟々と吹き荒れ、豪雨に混じって霰や雹が降った。大地は縦横に裂け、亀裂からマグマが噴き出した。
そして、異界の者と共に戦った者たちは死闘の末にとうとう魔王を斃したが、彼らもついに帰って来なかった。
その時に出来た裂け目は大地の亀裂、次元の裂け目と呼ばれ、多くの人が落ちたという。亀裂は時間が経つ内に徐々に塞がってゆき、その頃から異界の人間が神殿に現れるようになった。彼らが降りる神殿に神託があるという。彼らは異界から渡って来る渡り人と呼ばれた──』
壮大な叙事詩を語られた気分だ。
「色々な渡り人がいたが概ね実害はなく、偶に魔力や神気を持つ者がいて、そういう者は降りた国が預かったが、大抵は放流される」
そうなのか、私のような一般人が殆んどなんだね。
「魔物は魔王が斃されて弱くなった。魔素がないと生きていけないから、こんな森とか洞窟とか海や湖なんかの魔素が淀んだ奥地にいるな。国のギルドや地方警備隊が随時狩っている」
「なるほど」
この世界は魔法があって魔石があるという。魔法の話に目を輝かせる私に「生活魔法もできない者が殆んどだ」と期待外れなことを言ってくれる。
「魔獣からは貴重な素材が獲れるし魔石が出るからな。最近は鉱山や洞窟で魔石の鉱脈が発見されて広く行き渡るようになった」
魔石があって魔道具があるのなら、この世界は便利なのかな。
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