27 攫われてしまったの
学校での苛めは何となく下火になった。予備教室に呼び出されて閉じ込めようとした男子生徒たち、私が名前を聞き出したけれど、どうしようもなくて放置していた彼らは、いつの間にか学校から居なくなった。
お昼休みは図書館でのんびり地図とにらめっこをしている。最近よく一緒に居るレギーナ様がぽつんと呟くように言った。
「クレメンス卿は北部の戦線に行かれたとか」
それって誰? と思ってしまった私は悪くないと思う。他の方が言ったのなら本当に分からなかった。あの妾になれとか言った傲慢男。
兵学校に行ってなくて兵士としての覚悟もなく、いきなり軍隊で訓練とか受けて耐えられるんだろうか。ヴィリ様のお話を聞いていたら、とてもじゃないが何も分からないで鉄砲持たされて戦場に放り込まれたら、秒で死ねると思うんだけど。
「地図をご覧になっているのですね」
「ええ、地名を聞いたのですけれど何処か分からなくて。レギーナ様はボーツェンってご存知ですか?」
「ボーツェンですか、帝国の南部の山間部の辺りですわ」
レギーナ様が地図の下の方を押さえる。どうも町じゃなくて地域のようだ。領地の感覚なのかしら。
「まあそうなのですね。じゃあフロレンツはどの辺りでしょう」
「ランゴバルドの西のエトルリアの領都ですわね」
ボーツェンよりまだ下の半島にある都市だ。
「まあ、そうなのですか」
「ランゴバルドもエトルリアもガリアが侵攻して来て併合されて──」
元は帝国の版図だったという。戦争に負けて領地を奪われてしまったのだ。ヴィリ様の生まれ故郷なのに。
「う、あ、じゃあヴィエナは?」
「エストマルク帝国の帝都でございますけど」
ちょっと格式が高くて、権高くて、口煩い親戚……、ヴィリ様の親戚がそうなのか。皇帝の親戚って怖いんだな。まあヴィリ様とどうなるか分からないし、今から怖気ても仕方ないけど。
「あら、そうなのね。私この国の地理だけで一杯一杯だわ」
「いつでもお聞きくださいませ。わたくしももう少し勉強しなければ」
「レギーナ様の伯爵家のご領地はどの辺りに?」
「あら、父のコルフ領は西の方ですの。農地ばかりの田舎でございます」
聞いている内に私の中のこの世界の地図が色を持つ。白地図に緑の森や畑、茶色やグレーや白の山々、水色の川、そして石畳の街路、馬車が行き交う街が浮かび上がるのだ。まるでRPGみたいね。できれば隈なく歩いてみたいものだけれど。
「そういえば北部の戦線って?」
私は何気なく聞いたのだけれど「ツォレルン選帝侯とプルーサ公国を中心とした連合国ですけれど」レギーナ様が言った場所は帝国であるのかないのか玉虫色の自治区のような国々だ。
地図を見て思うのだが帝国もこの連合国も地図を塗りつぶすことができない。小さな領主、教会の自治区、主教の領地、国主の遺産分割で分かれた国々などが権利を主張し非常に複雑だ。真っ先に覚えるのを諦めて、大雑把に帝国領で囲えばいいやんと思った私は上に立てる人間ではないと思う。
「こちらの用意が整う前にガリアと戦争を始めまして」
単独で戦っているんかい、偉いなと思ったら、あっさりと負けたらしい。連合国は領地の割譲とお金で手打ちにするらしいけれど、そこに援軍で放り込まれた彼らはどうなったのだろう。弱い所から潰すらしいからなあ……。
レギーナ様と顔を見合わせてやるせない気持ちになる。
◇◇
密会の小道はヴィリ様がアレと言った王子様の他に、もう一人利用する人がいたのだ。小道を駆け抜ける私の後姿をきつい目で睨みつける人が。
その日呼び出されて、密会の小道ではなく、四阿のベンチで待った。ジリジリジリと警報が鳴るので結界を張る。私はゾフィーア様が正面から来ると思っていた。しかし、後ろから誰かが麻酔薬の布を当てたのだ。私の意識はそこまでだ。
迂闊過ぎるわね、私は──。
目が覚めると冷たい石の床の上だった。前にどこかの神殿で目覚めた時は大理石の床だったけれど、ここはそんな柔な所じゃない。ゴツゴツとした黒っぽい硬い石の床で、あたりには饐えた汚物と血生臭い悪臭が漂う。
「ここ何処? 何でこんな所に居るの?」
顔を上げて見回すと鉄格子が見えた。
「鉄格子? ヤダ、牢屋じゃない? 何でこんな所に、嫌よ、出たい!」
(【危機管理能力】が発動しました)
(エマはスキル『転移』を覚えました)
「へ? 転移? 転移覚えたんかい。めちゃラッキー!」何だか私が強く思うと、都合の良いスキルを覚えることがあるようだ。これがご都合主義なのか?
「よっしゃ『転移!』」
私は意気揚々と叫んだ。しかし──、
(『転移』ポイントを覚えていません。現在地を登録しますか?)
「えーーー!?」
何と、PCの復元ポイントみたいだな。私はがっかりして少し冷静になった。取り敢えず転移ポイントに登録。
(『フェルデンツ公爵家地下牢』を転移ポイントに登録しました)
ああ、そうなの。ゾフィーア様、私を自分ん家に連れて来てどうするつもりかしら。犯人まる分かりじゃないの。アホなの?
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