28 攫った連中


 うーん。取り敢えず、もう一度結界を張ろう。

「ここは私のお立ち台~」

 広いのより、勝利者インタビューの狭い台をイメージしよう。

 おお、私の周りをグルンと何かが張り巡らされた。コレ最初の時より強くなっている気がする。スキル自体がレベルアップするのかな。それとも私も少しはレベルアップしているのだろうか。


 しかし、誰か助けに来てくれるんかね。私は牢を見回す。広い場所を鉄格子で幾つかに区切ったような一区画で、ここには私の他に誰もいない。誰もいないのに血生臭い臭いが立ち込めている。

 多分、間に合わないんじゃないかな。助けてくれなきゃ、こちらにも考えがあるんだから……。私の頭に恐ろしい考えがチラッと過ぎった。


 アレってどの程度の範囲なのかしら。範囲出るのかな。それとも一発で終わりだろうか。一発で終わりだと使えないな。使えないものをくれるんだろうか。

 ぐるぐると考え込んでいるとバサバサと羽音がした。


 小鳥の『チチチ……!』と鳴く声がする。見回すと牢の上の方に狭い鉄格子で囲まれた通気口みたいな穴があって、そこがどうやら地面らしい。灰色の小鳥が『ピイピイ』と呼んでいるけれど、狭くて入れないようだ。

「鳥さん!」と呼びかける。キリルは何処にいるんだろう。鳥は『ピピッ』と鳴いて飛び立っていった。誰か呼びに行ってくれたのだろうか。今までの事を考えるに誰かが来てくれると思いたい。



 暫らくして鉄格子側の上の方で、ギギィーと寂びた古い重いドアが開くような音がした。誰かがコツコツと階段を降りて来る。複数の足音だ。警報がジリジリ鳴って、私は牢の壁と小鳥のいた通気口を背にして鉄格子の方を見る。


 牢の前に案内してきた女性が後ろに声をかける。

「こちらですわ、閣下」

 この声は聞き覚えがある。公爵令嬢ゾフィーアが見知らぬ男を連れて牢の前に来た。後ろから何人か護衛が付いて来る。その中に見知った顔があった。オレンジ茶髪の若者だ。レオンが何で?


「この娘か、本当に? 報告してきた話とかなり違うようだが、確かに髪はピンクだが美しい。歳も随分と若い」

 見知らぬ男は四十前くらいだろうか、濃い顔だ。ぐりぐりのダークブロンドに青い瞳の王子様仕様なのにこの濃さは顔パーツがいちいち大きい所為か、イケメンではあるが。赤い軍服の上にマントを羽織って刺繍がゴテゴテでケバい。


「わたくしが最初に見た時は、すでにこの姿でございましたわ」

 この気位の高い公爵令嬢ゾフィーアが丁寧語を使うとは、相手は大物なのか。

「こちらに連れて来る時は、中年のご婦人の姿でした」

 レオンだよね? オレンジ茶髪にアンバーの瞳の大雑把な言葉つきの気のいい若者だと思ったが、騙された感が半端ない。私の長年の経験値はその程度のものだったのか。


「おかしな術を使うようですの、お気をつけあそばせ」

 実は令嬢ゾフィーアをラーニングしていない。なるたけ避けていたからだ。ちゃんとラーニングしておけばよかった。そうすれば彼のことも分かっただろうに。こんな所に攫われる前に報告できただろうに。

 もう手遅れだろうか。私、ここで殺されるのかしら。


「何も言わないな。お嬢さん、私は君の声が聞きたい。美しい声ならばこちらも考えを変えるかもしれん」

 声が聞きたいのか。どうしようかな。私の好みのイケメンじゃないし、無駄話をして余計なことを喋りたくないし。

 目は口程に物を言うというだろう。この怖がって口もきけない様を見て、怯えていると感じ取ってくれないかな。


 その時、ゾフィーアと男たちが降りてきた階段の方から騒がしい怒声とかドタンバタンと音がして、見張りの兵がどたどたと降りてきた。

「閣下、お逃げ下さい!」

 この男は閣下か。この男の顔も着ている服もこれまで見たことがない。どこの閣下だろうか。

「おい、鍵を開けろ」男は公爵令嬢に顎で命令した。

「か、鍵を……」

 ゾフィーアは気が気ではない様子で階段の方を見ながら番兵に命令する。

「はっ」

 番兵が牢の鍵をガチャリと外して扉を開くと、男は素早く私に手を伸ばした。

「いやっ、何すんねん!」

 喚いたけれどビクともしない男に捕まってしまった。


「ぐっ、なかなか痺れる声だ」

 ニヤリと笑うその顔は、けばけばしい衣装に似つかわしいけれど私はこんな男に捕まりたくない。男の身体を拳骨で殴りながら、誰か助けに来てくれたのならと牢の外に顔を向けて「助けてー!」と叫ぶと、牢の向こうで揉み合っている男たちが見えた。

「あ」

 あの厳つい大男、帝国将校のグイードが見えた。その後ろにヴィリ様が──。

「チッ! 『転移』」

「エマ! モンロー、その手を──」

 叫んだヴィリ様の声が途切れた。そう思った途端、景色がヒュンと流れた。転移だ。今回は気絶なしで行きたい。頑張れ私。



 どこか知らないけれど見覚えもあるような所に転移してしまった。広い部屋の真ん中に着いた。周りは五本の柱に囲まれていて、一段低くなった造りはゲートと同じだが、柱とか壁の装飾がゴテゴテしていて微妙に違う。

 ここは転移ゲートなのかしら。転移ゲートはどこもこんな造りなのだろうか。まあいいや。場所を調べてさっさと戻ろう。


(現在地を『転移』ポイントに登録しますか)

「登録」

(『ガリア東部転移ゲート』を転移ポイントに登録しました)


 ガリアって帝国の隣の国だよね。革命を起こして、戦争しまくっている国。私が居れば国が安定するというし、戦争をしたい国なら用事なんかない筈だわ。

 派手男にガッチリ捕まえられているけれど、サッサと転移して戻ろう。ヴィリ様の所に帰るのよ。転移にこの男が付いて来てもヴィリ様がやっつけてくれるわ、きっと。


「フェルデンツ公爵家の地下牢に『転移』」

(人数を指定してください)

「ひとり『転移』」

「貴様、何をブツブツと──」

 派手な男が私の腰を掴んだまま文句を言う。黒い軍服を着て銃剣を持った兵士たちがわらわらとこの男の許に集まって来る。銃を構えていようが槍を構えていようが私は帰りたい。彼の腕の中に──。


(公爵家地下牢にひとり転移します)

 面倒なんだけど便利だわ。失敗しませんように──。

 シュワッチ。

「がっ、待てい!」男が慌てたように叫ぶ。

 待つわけないでしょ!


(フェルデンツ公爵家地下牢に転移しました)

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