第28話 28 心配性な遊撃部隊指揮官ケイン大尉

 ピチューンッ!

 ダアーンッ!

 夜の虚空を一発の弾丸が切り裂いた。4人はとっさに伏せた。

 西からだ。かなり遠距離からの探索射撃、と思われる。でも、一発だけ。

「きっと遊撃部隊だわ!」

 ピーッ! ピッピッ!

 すかさずリーズルが呼子を取り出し、吹いた。友軍である、という合図だ。もちろん、レオン少尉たちにも聞こえるだろう。だが、ここは同士討ちを避けるのが、最優先だ。偵察部隊の上等兵だけに、リーズルはヤヨイよりも場慣れしている。

 すると、西の暗闇の向こうから同じ笛の音が鳴った。

 4人全員、ひとまずはホッとした。これで同士討ちは避けられる。向こうも同様だろう。暗闇の中での銃撃戦は怖い。誰だって、たとえ昼間だってイヤなものだ。しかも、同じ帝国軍同士。なおさらだ。

「動くなっ! 撃つぞっ! 官姓名を名乗れっ!」

 暗闇から誰何(すいか)の声がかかった。

「撃たないでくださいっ! 」

 ヤヨイは叫んだ。

「ヴァインライヒ二等兵です! 皇帝陛下直属の特務部隊、ウリル少将の命により臨時にポンテ中佐の指揮下におります! 指揮官どのに会わせて下さい!」

 ヤヨイが西の暗闇に叫ぶと西から二つの影が近づいて来るのがわかった。

「第六中隊のケインだ」

 と、こちらに銃を向けつつ、影の片方が言った。

 もう片方の影の持つカンテラに灯が付いた。

「灯りは消してください! 反乱部隊がこの先に布陣しています! 先ほどこの先約3キロの地点で南方向から攻撃を受けました!」

「さっきの爆発がそうか」

 小雨模様。曇りがちな月齢21の月明りに、ようやく影の顔が浮かんだ。胸の階級章も。ヤヨイたちと同じく完全武装の偵察部隊の指揮官は、金の樫の葉を着けていた。

 ケイン大尉は呼び笛を吹いた。変化のある、様々な音色。まるで、音楽だ・・・。

「ここまで前進。散開。警戒せよ。だっけ?」

 リーズルが大尉の呼び笛の意味を言葉にした。さすが偵察部隊の上等兵。

 呼び笛は吹き方で様々な命令を表現することができる。ヤヨイもクィリナリスでそれを学んだ。陣営地を持たずに敵前を遊弋する部隊間。電信線を敷設するなど悠長なことはしていられない。電波を使った無線通信機がまだ無い現在、これが最も有効な通信手段だった。

「おや、お前はもしかして、リーズル・ルービンシュタインではないか」

 ヘルメットから雨の雫を滴らせながら、ケイン大尉はよくアゴの張った強張り切っていた表情を、やや崩した。

「え・・・、あ、はい・・・」


 遊撃部隊である第六中隊の兵たちは、小雨模様の深夜にもかかわらず機敏に動き、軍用道路を中心にして南北に展開した。これで、西へ向かいたいレオン少尉の部隊を通せんぼする。

 丁度道路の脇に北の国境の川に注ぐ沢があった。アランが4頭の馬を引っ張って水を飲ませるのに苦労していた。

 リーズルの銃の腕にはまだ助けられてはいなかったが、彼女の連隊での顔のほうが先にヤヨイを助けてくれ、緊張を解いてくれた。昨年、軍団主催の射撃大会で惜しくもリーズルに優勝の座を譲ったのが他ならぬこのケイン大尉だと聞いて、おおきく胸をなでおろした。

 ヤヨイとリヨン中尉は雨を避けて張り出した木の枝の下に拠り、その辺りの枯れ枝を集めて即席の覆いを作り、灯したカンテラの下に地図を広げケイン大尉にこれまでの状況を説明した。

 第五宿営地を出てから二か所で、第三分隊の兵から擲弾筒で攻撃されたこと、第四軍団の宿営地が攻撃されて壊滅状態に陥り、つい先刻ここまで戻る途中で南の森の中から攻撃されたことを報告した。そして、ヤヨイの抱く疑念も併せて。

「それは確認した。我々もヨユーが無かったから縛り付けたままにしてきたがな」

 そう言ってケイン大尉は例の檄文のパンフレットを取り出した。弱い月灯りに、彼のヘルメットの下の銀髪がキラキラと光った。

「ううむ。では、貴官は先刻の攻撃は欺瞞だというのだな」

 ヤヨイは思うところを述べた。

「そう思います。彼らはすでに東の第四軍団の宿営地を攻撃しました。宿営地は今、レオン少尉の大口径のグラナトヴェルファーの攻撃を受けて大混乱に陥っています。死傷者も、少なからず、出ています。

 それだけのことをしたなら、東に包囲線が作られるのはわかっているはずです。

 そして、南にも行けない。

 偵察大隊司令部前の防衛線には強力な火砲が、連隊の大兵力が集結しているからです。

 だから西に行く。それが彼女の、レオン少尉の当初からの目的だからです。西の封鎖線、大尉の遊撃部隊を突破して、です」

 ヤヨイは地図から顔を上げた。そして、碧眼にチカラを漲らせ、言った。

「でも、それならおかしいのです。どうしても、腑に落ちないのです。

 それならば、わざわざわたしたちを攻撃するはずがないのです。

 あくまでも隠密に、静かに。

 大尉の遊撃部隊をやり過ごし、監視を掻い潜ってあくまでも西に向かおうとするはず。わざわざわたしたちを攻撃して発見され、大尉の部隊の目を惹くはずがない、と思うのです。

 現に今も、さっき攻撃してきた兵たちはわたしたちを追撃してきていません。まるで、大尉たちに包囲されるのを待っているかのように、見えるのです。

 ですから、少なくとも、レオン少尉がそこにいるかどうかだけは確かめる必要があると思うのです、大尉!」

「だが、どうやってだ?」

 ヤヨイは、言った。

「わたしが彼らに近づき、この目で見てきます。それまで大尉はここに留まっていて欲しいのです。ヘタに包囲網が絞られてゆくと、逆に彼女にスキを突かれ、自由に動かれる恐れがあると思うのです」

「貴官たちだけで行くのか?」

「それが、わたしの任務ですから」

「無謀だ!」

 大尉は銀髪の下の目を吊り上げた。心配性で律儀なタイプなのだろう。レオン少尉なら、「まさに偵察兵にうってつけの兵だ!」というかもしれない。

「危険すぎる!」

「確認するだけです。少尉がいるかどうかは、雰囲気でわかります。この10日間、ずっと彼女と一緒でしたから。確認したら、それ以上のことはしません。必ず戻って来ます。

 大丈夫です、大尉。『連隊一のスナイパー』と『地獄耳の千里眼』が付いていてくれますから。ね?」

 リーズルはジャキーンと槓桿を引いてヘルメットの下でニヤ、と笑い、湿り出した軍用道路の上でなおも気配を探っていたアランは黙ってうんうん、と頷いた。今日会ったばかりの二人なのに、なんだか古い付き合いの戦友みたいな気がした。

「リヨン中尉もここに居てくれますか? 馬たちが寂しがるかもしれないので」

 金髪の美男子は大きく目を見張り、口をへの字に曲げた。


 そして、ヤヨイと二人の助っ人は、軍用道路の南側、そぼ降る雨に湿った暗い森の中に入って行った。

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