第10話 10 哨戒作戦第四日目 ヤヨイの煩悶とレオン小隊長 

 動悸を抑えつつ、テントに戻りシュラフに潜り込んで眠ることに専念しようとした。

 が、ダメだった。

 さっきの妄想の兵の顔がジョーになってしまった。妄想の中の彼は小隊長とまぐわい、キスを繰り返していた。胸が掻き毟られるように苦しくて切なかった。

 ジョーと愛を交わしたい。ジョーを自分だけのものにしたい。自分はジョーが、好きだ。・・・。

 こんな状態でそれを知らされるなんて・・・。

 デカいいびきの三重奏だけが救いと言えば救いだった。一人、こんな煩悶をしているのをみんなに知られたくはなかった。

 明日はこの宿営地での最終日。それに少尉が哨戒任務の番になるはずだから日中宿営地にはいなくなる。それを思えば少しは気がラクだった。でも、ジョーの顔を見られるだろうか。それについては自信がなかった。顔を見合わせてしまったのが、マズかった。それさえなければ、何食わぬ顔が出来たのに・・・。

 半時も経った頃、誰かが幔幕をガサゴソする気配を感じたが、気力を振り絞って、寝たふりをした。



 0500に起床。今日は第2分隊が留守居の日だ。

 他の3人はまだ眠っていたがジョーだけがいなかった。

 第一と第三が小隊長に率いられて出発するのを見送った後、朝食になった。

 昨夜に引き続き朝食もヤヨイが当番だった。夜と同じオートミールの主食に奴隷が調達して来たヤギの乳とパンとチーズと生野菜と岩塩での朝食だ。皆慣れているせいかそれに不平を言う者はいなかったが、ジョーの不在を気にする者もいなかった。

 何か、ある・・・。

「ねえ。誰かジョーを知らない?」

 当然にヤヨイは皆に訊いた。

「さあな。あいつ、小便が長ぇからな」

「クソも長ぇよな」

「おおうおう! レディーの前だぞ。少しは礼儀を弁えろよ」

「てめえだって長ぇじゃねえかよ、コラ!」

 そう言えば、居留守組を指揮監督するはずの軍曹もいない。

 おかしい。何かが、ある。

 朝食後、留守居組は宿営地の守備以外に柵の補修や水の調達を奴隷たちと共に担う。ヤヨイもまた銃を肩にして飼い葉桶を積んだ荷車を引く奴隷たちを指揮して川に水汲みに行った。

 そこに、哨戒に行ったはずの小隊長がいたから驚いた。彼女は素裸で川の中に立ち沐浴していた。ウグイスが歌い、空ではヒバリが鳴き、涼し気なせせらぎが辺りに流れていた。ヤヨイの内心にまったく不似合いな、のどか過ぎる風景。

「おはよう、ヤヨイ。どうだ、お前も水浴びしないか。気持ちいいぞ!」

 胸騒ぎがする。あまりにも、不自然だ。

 きっと昨夜ジョーと彼女のテントの前で鉢合わせしたことに関係している。直感だが、ヤヨイはそう、感じた。ウリル少将から命じられた任務と、ジョーへの思いとが、心の中でどうしようもないぐらいにぐちゃぐちゃになっていた。

「あんたたちは先に戻って」

 水を積んだ荷車を引かせて奴隷たちを先に行かせた。彼らが行ってしまうのを見届けて、ヤヨイは言った。

「水浴びは結構です」

 少尉は、そうか、と言った。

「お前とは一度、同じ女として裸の付き合いをしたかったんだがな。

 まだるっこしいのは、性に合わん。わたしは昨夜、ジョーと寝た。その前にはチャンとも」

 ヤヨイは戦慄した。なんと答えていいかわからなかった。

「言うまでもなく、軍規に違反した行為だ。お前が中隊に上申すれば、わたしは処罰されるだろう。こっちを向け」

 恐る恐る振り向いた。髪と頬から塗料を落とした大柄の魅惑的な美女がそこにいた。

 しかし、彼女は晴々と、堂々としていた。少しも悪びれることも、恥じ入ることもなく。何も作為も意図も感じなかった。身体を拭き終わっても服を着るでもなく、素裸のまま岩の上に腰を下ろした。もう陽は頭の真上に登っていた。

「お前がここに来てからまだたった2日だ。だが、どうだ、この小隊は。

 ジョーが言っただろう。信じるのは自分の目と仲間とこの銃と、わたしだけだと。

 これこそが、理想の戦闘部隊なのだ。

 偵察部隊は陸軍の中でももっとも緊張と危険を強いられる。だからわたしは以前から野戦部隊と同じ編成を要求して来た。しかし、それは受け入れられなかった。帝国には余裕がないのだ。それはわたしにもわかっている。だがそれを、毎日命を曝している兵たちにどうやって納得させればいい? 

 兵たちには緊張した分、休息と、発散が必要なのだ。そして、それを統べるわたしにも、必要なのだ。

 お前にそれが判ってもらえると、嬉しいのだがな・・・」

 安易に同調するのは危険だ。頭はそう判断したがっている。だが、心では、少尉の言葉に頷かざるを得ない。そういう自分が、いた。

 伸び伸びとしたように見えて、一糸乱れぬ統率。この小さな小隊は、軍隊運営の理想を体現していた。少なくとも、ヤヨイにはそう映っていた。

 階級章を付け、銃を持った上官として命令し、強制されたならば頷けたかどうかはわからない。だが、彼女はそうしなかった。彼女は生身の人間として自分を空しくしてまで、心からの同調を、ヤヨイの心服を求めている。しかも胸襟を開いて。もとより彼女は何も身に着けていなかったが。

 だが、ここでそれを言うことはできない。

「あまり遅くなると第二分隊の連中が変に思うんじゃないだろうか・・・。お前はそんな心配をしているかもしれないな。だが、気にするな。この小隊の全員がわたしの息子だ。そして軍曹は、わたしの夫だ。

 ここが、わたしの家なのだ、ヤヨイ」



 小隊長の残像をを振り切るようにして、ヤヨイは宿営地に戻った。

 ジョーがいた。

 のこぎりで丸太を切り、柵を補強する作業をしていた。ヤヨイを認めると汗を拭いて立ち上がり、奴隷を呼んだ。

「アレックス。悪いが片付けておいてくれ。ジロー!」

 新たに監視哨が設置されようとしていた。あの工兵隊の陣営地にあったほど高いものではないが、その三分の二ほどの高さのものを蛮族のいる北を望む宿営地の一辺の際に建てようというのだった。その櫓を組む作業をしていたジローに、ジョーは呼ばわった。

「小隊長の命令で明日の準備をしてくる。ヤヨイを同行させる」

 ジローは手を挙げて応えた。その顔がニヤリと歪んだ。

「ヤヨイ、来い」

 ヤヨイはジョーに伴われて再び宿営地を出た。

 ヤヨイ以外の全員が何かを知っている。ヤヨイだけがそれを知らなかった。

 彼の後について宿営地を降り森に入った。二人とも銃を携えている。

 歩いてほどない所に洞穴があり、ジョーはそこにヤヨイを誘った。ヤヨイは少し考えてそれに従った。南向きの洞穴は北に向かってやや潜るようにあったから中ほどまで日が差し込み、そこここの岩の隙間にシダや雑草が顔を出していた。

 腰ほどの岩棚の前でジョーは止まり、そこで革帯を外し、テュニカを脱ぎだした。彼が何をしようとしているのか、ようやくヤヨイも理解した。だから、ヤヨイもまた、服を脱いだ。裸で振り返ったジョーの前に、ヤヨイもまた裸で向き合った。

 やっぱり、自分はジョーが好きだ。それだけは、偽れない。任務は厳然として、ある。でも・・・。どうしても、ジョーが、好きだ。

「これは少尉の命令だ」

 とジョーは言った。

「だけど、命令が無くても、俺はお前が好きだ。俺の言葉はウソじゃない。この小隊にいる間、俺はお前を守る。絶対に、お前を死なせない。これは、必要なことなんだ」

 彼の唇が、ヤヨイの唇を奪った。その甘美な彼の言葉に、唇で応えた。

「俺たちと同じ、少尉の子供になれ。娘になれ、ヤヨイ」

「・・・抱いて、ジョー」

 二度目の彼のキスは、一度目よりも深く、甘く、激しかった。それが、研究にかまけて長い間忘れていたヤヨイの本能を呼び覚ました。ジョーが求めるよりもさらに激しく、彼を求めた。

 彼が埒をあけるまでに何度も達した。最後は共に高みに昇った。

「スゴイな・・・、ヤヨイは・・・」

「ジョーも・・・。好きよ、ジョー、大好き・・・」

 昂奮を静めるために、しばし彼の胸の中でまどろんだ。徴兵されてから初めて、人間に戻れたような気がした。

「もう、戻ろう。みんなが待っている」

「うん・・・、でも・・・」

「でも?」

「・・・ジョー。・・・大好き・・・」

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