第7話 07 最前線の初めての夜

 チャン軍曹に所持品の検査、および作戦行動に関するブリーフィングを受けた。テントではなく、それよりは天幕の高いタープの下に折り畳み式の軍用の机が置かれている。ここが小隊の指令所になるわけだ。

 テーブルの上に背嚢を下ろし、中を全て取り出す。その間に軍曹が小銃をチェックする。銃把じゅうはを握り槓桿こうかんを引き遊底ゆうていを開く。

「携行弾は?」

「こちらです」

 腰のベルトに挟んだ物入を外し、彼に渡そうとする。中には5発一連の小銃弾が10連、計50発の実弾が入っている。

「どれでもいい。一連よこせ」

 一連取って渡す。通常は端から順に銃身に送り込む弾だが、軍曹は5連の真ん中を遊底にセットしそれを閉じ槓桿を動かして装填した。時々不良品が混じっていることがある。肝心な時に火薬が発火せず、弾が出なくて命を落としてはたまらない。ヤヨイのような新兵が入ってくるたびに品質のチェックもするのだろう。あまりに不良品が多ければ兵站を担当する補給部隊に文句を言うために。

「試射を行うぞ!」

 宿営地全部に聞えるほど大声で宣言すると、彼は宿営地のそばのひと際高い杉の木の先端あたりに狙いを定め、間髪入れずに引き金を引いた。

 ズダーンッ!

 大きな乾いた銃声が山々に木霊した。200メートルはあるだろうか。狙った木の梢の少し下あたりに見事命中し、そこから折れていた。見事としか言いようのない腕前だった。それに宿営地の兵士たちも慣れていた。銃声に驚いて夕食の準備を中断するでもなく、普段通りの体で平然としていた。あらかじめ声がけされていたからとはいえ、さすが最精鋭の偵察部隊、歴戦の戦士の集まりだと感心した。

「お見事です。軍曹どの」

 彼はギロリとヤヨイを睨んだ。

「槓桿の滑りが悪いぞ。世辞を言う前に銃の手入れぐらいしておけ、肝心な時に発砲しなければ、死ぬぞ」

「はい、軍曹どの」

 彼から銃を受け取り遊底を外して実包を取り出そうとすると、

「実包は安全装置をかけて装填しておけ。前線には明日行くが、ここはもう敵の蠢動しゅんどう地帯に入っている。いつ敵襲がないとも限らん」

「わかりました、軍曹どの」

 一通り所持品の目通しが済んだ。禁止されている薬物や軍令違反の奢侈品や危険物を持っていないか。そんな検査は新兵訓練所で最初にあった。これも目的は同じだろう。型どおりのことをした。ただそれだけだったのだろう。

 ヤヨイが検査を受けている横を、何人かの兵士たちが通りすぎた。そのうちの一人と目が合った。が、彼は口をへの字に曲げて肩を竦めてみせるとシャベルを担ぎ、踏板用の板を抱えて宿営地の端に去っていた。

「よし。続いて作戦の説明を行う。掛けろ」

 ヤヨイは手早く背嚢を仕舞い、席に着いた。

 


 小隊は15、6名ほどか。それに輜重運搬用の奴隷が4人。通常の野戦部隊の編制の半分の人数。それが5つのテントに別れて眠る。一つのテントが一個分隊。この小隊は三個分隊の編成ということだ。あとの一つは奴隷用、5つめのテントは小隊長のなのだろう。その一つを指示され、そこに荷物を下ろした。入り口付近の一番悪い場所だが、新兵だから文句は言えない。

 訓練所でもたった一晩だけだったが男女は同宿だった。リセのころを思いだし、デリカシーなさすぎ! とは思ったが、あれはこういう場合も考えての施策だったのだといまさらながらに理解した。戦争で、いちいちメイルフェメールに配慮していたら、勝てない。これが軍隊の現実なのだ、と思い知った。

 上半身裸で歌を口ずさんでいた隣のシュラフの男が声を掛けてきた。さっき検査を受けていた時、肩をすくめて笑って見せた男だった。

「お前、新兵か」

「はい」

 ヤヨイは何度か繰り返した申告の言葉をまた、繰り返した。

「ヤヨイ・ヴァインライヒ二等兵です。本日独立偵察大隊第二中隊へ入隊しました!」

「ふふ」

 男は笑った。

「オレはジョー。一等兵だがここでは階級は無視だ。上下よりも、お互いの信頼が大事だからな。徴兵か。それとも志願か」

「徴兵されましたが、どうせならと偵察部隊を志願しました」

「ははん。金か」

「・・・ハイ、そうです・・・」

 少し恥じ入ってそう言うと、

「気にするな。俺らも一緒だ」

 そう言って手を差し伸べて来た。ヤヨイも握手に応じた。

「あっちのデブがハンス。その横でしかめツラしてヘタなチェスやってるメガネのがガンジー」

「おい、ヘタは余計だ。よろしく、ヤヨイ」

 ヤヨイも顎を杓った。

「よろしく」

 するとやたらイカツイのが幔幕に入って来た。

「おい、メシだぞ」

「こいつがジロー。今日の炊事当番だ。明日はオレが当番だから一緒にやろう。偵察部隊のメシの作り方を教えてやる」

 幕舎のすぐ傍で焚火を囲んで夕飯になる。

「自分は携行食糧がまだ一食分残っています」

「そんなマズいもの、食うな。俺らと同じもんを食え」

 そう言ってジョーは灰色の目尻を下げて微笑んだ。

「パトロール中はこのテントの分隊5人が一組になる。誰かが必ず誰かを見てる。誰かが必ず誰かの目になる。どこかの分隊が必ずどこかの分隊を見てる。わかるか?」

 彼は小隊長と同じことを言った。

「Watch over each other. I will be your eyes」

 フフン。ジョーは鼻で笑った。

「ようこそレオン小隊第二分隊へ。今日からこの5人がお前の家族だ。それをいつも忘れるな」

 そう言って厚手の木の椀に大鍋のオートミールを取り分けてくれた。

 レオン・ニシダ少尉。兵たちの信望の篤い指揮官と見た。


 食事の輪は主に新入りのヤヨイへの質問で沸いた。

「ヤヨイ、ってな聞かない名前だな。どういう意味なんだ。意味があるのか」

 ジローが配給の葡萄酒が注がれた木のカップを舐めながら言う。

「母から聞いたのは、月の呼び名だと。メルツ、マルティウスを指す言葉だと教わりました」

「どこの国の言葉だって?」

 デブのハンスが聞き返す。

「ヤーパンとか。母からはそう聞きました。今はもう海の底に沈んでしまったようですが、かつては南の方の海にあった島国らしいです。母はマリコという名でその血筋だと聞きました」

「月の名か。なるほど、12、だからな。名前を付けるのに面倒がない」

「そうだな。俺たち『国母貴族』から産まれた平民はみんな12人兄弟だからな。お前はその3番目というわけか」

「そうです」

「バカロレアってなそんなことまで教えるのかい」

 ガンジーが丸いメガネを外してテュニカの袖で拭きながら尋ねた。

「わたしは知りません。理数系で、歴史もあまり好きではなくて。ですが海洋考古学や海洋歴史学は今一番進んだ学問らしいです。かつて繁栄していた文明の遺跡は全て海の底なので。自分の勉強している分野も旧文明の海中遺跡から回収した遺物に頼っているので・・・」

 木のボウルに入った酢漬けのタマネギを刻んだのが回って来た。軽く塩がしてある。リセやバカロレアの食堂でも食べたけれど、ここでのほうが美味く感じる。

「学問のこたあよくわからん。でもマルティウス、マルスってなあ、いいな。俺らはみんな神々を信じてる。軍神がいつも隣にいるなんて、これほど心強いもなあ無えよ、なあ? みんな」

 ガンジーが言えば、

「そうだな。マルスのご加護があれば奴らのへっぽこな矢も石弓も当たらねえだろうさ。ヤヨイか。いい名前だ」

 ジョーがそんな風にまとめてくれた。どうやら、好意的に迎えてくれたらしい。少し安心する。

「ところで、明日の哨戒任務パトロールですが、軍曹どのからは2個分隊で行動すると聞きましたが」

「そうだ。第1と俺らの第2で前線に行く。指揮は小隊長が執る。第3はここの守備。明後日は第2と第3。軍曹どのが指揮を執る。第1と小隊長はここの守備。そんな風にして3つのエリアをチェックして次の宿営地に移動する。いつも同じだ」

「その、野蛮人の襲撃は、よくあるんですか」

 ジョーは迷彩した金髪をかき上げて笑った。

「怖いか」

「・・・実戦は、初めてなので」

 ガンジーが鍋からお代わりを注ぎながら「知ってるか?」と言った。

「奴らが俺たちを捕虜にするとどうするか」

「おい。新兵だぞ。怖がらせてどうするんだ」

 ジョーが調子に乗るガンジーを諫めようとした。

「どうするんですか?」

 ヤヨイは訊いた。

「生きたまま皮を剥いで鞣めすんだ」

 と、ガンジーは笑った。

 食事時の話題にはあまり相応しくない。でも、彼らにとっては「スパイスの利いたトッピング」程度のことなのだろう。

「奴らの村の入り口には殺した捕虜の首が飾ってある。その首の数が多い部族ほど強い部族だ。強いほど神が守ってくれると信じてるらしい」

「おい、そのへんでやめとけ」

「ま、いずれ帝国が奴らを飲み込むさ。そうしたらその首狩り共の神とやらも俺たちの神々の下っ端に置いてやってもいいがな」

 ハンスがチラと視線を向けた。

 ヤヨイたちのすぐそばを隣の分隊が使った鍋を下げた青白い皮膚の奴隷が通って行った。彼も同じテュニカを着ていたが手足は露出して顔にも白と赤で刺青を施していた。その冷たい目がヤヨイを射た。

「奴らは成人すると肌を青く染める。その方が強くなると信じているらしいんだ」

「しかし、敵対する勢力の捕虜を奴隷にして配置すると内通される危険があるのでは?」

 一般論だが、誰もが思う疑問を呈してみた。

「それは大丈夫だ」

 と、ジョーが言った。

「奴らは捕虜を殺す。俺たちも同じだと思ってる。だから奴隷として生きてるのは裏切り者だと思うらしい。捕虜にしたヤツらもみんなもう国へは帰りたくないという。帰れば、死刑にされるからな」

「それに少し帝国で暮らして俺らの扱いを受けただけで、自分らの未開さに絶望しちまうらしいぜ」

 ハンスが言うとジローもフフンと笑った。

 一般の野戦部隊の兵士に比べ偵察部隊の兵たちの方が数段たくましいし、帝国への信頼と愛国の情が篤いと聞いていたが、ヤヨイはあらためてそれを実感した。

「ま、捕まって皮を剥がれるのはカンベンだから、捕まりそうになったら、こいつらの誰かが俺を殺してくれることになってる。俺もこいつらがそうなりそうになったら、撃ってやる。俺たちは、戦友だ。お前も、そうしてやる」

 そう言って、ジョーはヤヨイの肩を叩いた。



 若い松キーファーバウムの枝を軍用ナイフで切り、端をささくれさせて火を点けるとよく燃える。これはリセの野外活動で習った。

 星灯りの下を緩やかに川が流れていた。そのほとりに即席の松明を挿し、少し離れたところで服を脱いだ。裸になり川の中ほどまで入ると腰までの深さだった。そこで支給品のヘチマの繊維で作られたゴワゴワのタオルを使って体を洗った。水は冷たかった。だが連隊本部から歩き通しでたくさん汗をかいたから気持ちよかった。

 そろそろ上がろうか。ヤヨイが川から出ようとしたときだった。松明のそばに人影が見えた。

 ヤヨイは瞬時に身を硬くした。

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